その5 兄貴との会話
「それで爺っちゃん、この剣は僕がもらっていいの?」まだ手に持ったままの剣は、僕を呼んでいるように美しく輝いている。
「スルビウトからもらい受けた私の愛剣だったが、お前が使うといい。この世に二つとない逸品だぞ。風の属性で使うのだ。」
柄を握った右手から、僕は風の波動を流した。すると刀身がボウッと白く輝いて、シュルシュルと風をまとい始めた。
「所有者を変更しますか? 『はい』『いいえ』」突然、目の前に文字が現れた。
「うわっ!」驚いた。
「もらっていいんだな、爺っちゃん?」もう一度、確認しておこう。
「これからはお前のものだ。」
左手を伸ばして「はい」に触れる。すると、右手に持った剣が、何だかグっと手に馴染んだ気がした。
凄いぞ! この剣は稽古では使えないけど、実戦では大いに役立ちそうだ。
収納魔法も使えるし、爺っちゃんの賢者の知識を借りれば状態表示が細かく分かるようになった。剣士だって、もう少しでレベルアップだ。
こうなれば今度の週末に、絶対に迷宮に行くんだ! 行かない手はないぞ、と僕は喜んだ。
◇ ◇ ◇
孫が自室に戻り、サホロの街に夜が来た。
「面白いことになったな。」昼夜も季節もない電脳空間で、兄貴タローが語りかけてきた。
タローと私は独立した意識を持っているが、共にこの星の情報網に常時接続している。常にお互いを確認し、相手の汎用内部記憶を情報保存している間柄だ。ちなみに主記憶装置は、女神キュベレがどこかに用意してくれたものを二人で共用している。
「孫に与えた、スマホと子機のことか?」
「そうだ、昔の私の役割を、今後はお前が務めるわけだ。」
「そうだな、だが感覚共有だけだ。昔の兄貴のように、私が孫の体を動かせはしない。」
「だが、魔法の支援ができるではないか。」
「ああ、私の賢者の記憶が、孫には役立つようだ。」
「そのことだがな。先ほどの鑑定魔法は、本当にあの子がやったと思っているのか?」
「どういう意味だ?」
「私には魔素の流れが判らんが、あれはお前が発動したと考えるのが自然だ。」
「どうやって? 私にはもう体がないのだぞ。剣も振れなければ、魔法も使えなくなったのだ。」
「魔法は、思念で操るものだろう。肉体は、思念を乗せる依代にすぎない。何なら今、お前が宿っている船やボットも、お前の体ではないか。」
「金属と半導体でできたボットに、波動など流せるものか。」
「やってみたのか?」
「いや、試したことはないが、」
「ならば、試してみるがいい。」
「そこまで言うなら、やってみようか。」私は一機の小型ボットを吐き出すと、光の波動を想起した。すると、何と! ボットが淡く輝きだしたではないか。
もう一機を吐き出して闇の波動をまとわせると、今度は周囲の光を飲み込む闇が現れた。
私の思い込みが、覆された瞬間だった。
「今の私にも出来たのか、これは驚いた。ではあれは、孫の考えを共有した私が、無意識のうちに発動した鑑定魔法だったというわけか。」
「ふふん、やはりそうか。」電脳空間に浮かぶ、兄貴の笑い顔が見えるようだ。
「魔法を使うAIは、この宇宙でもお前だけだろうな。」
「俺たちは、情報を共有しているのだぞ。今の私にできることなら、兄貴も魔法を使えるはずだ。」
「それは、よしておこう。私には経験のないことだ。AIは、危うきに近寄らず。必要な時が来れば、お前に頼むとしよう。」
一人になった私は、改めて魔法の一つ一つを試してみた。
火・水・土・風の四元素魔法は、船の周囲に浮かべたボットから繰り出すことができた。そして驚いたことには、何度か試すうちにボットすら必要がないことも判明した。
自分の本体、つまり船の機関部にあるAIを納めた筐体の周囲から百mくらいまでなら、どこにでも魔法を発動することができるのだ。
しかし、大きな魔法は無理だったし、連発もできなかった。
これはつまり、魔素量の制限によるのだろう。今の私には、そもそも魔素を溜め置くことができない。周囲に漂う魔素を都度に使うので、魔法の大きさにも制限がある。
魔人スルビウトのように、魔石に魔素を溜め込んでおいて、これを引き出しながら魔法を撃つことはできないだろうか。
かの昔、巨大な隕石を空中で保持して見せた、あの時空魔法。あれは、スルビウトが搭乗していた魔動機に装着されていた多くの魔石から、魔素の供給を受けていたからできたことだと、後で聞かされたものだ。
トラップ型の蓄魔素ユニットである魔石、これをAIとなった私が使うにはどうしたらいいのだろう。いまや魔人の里の自動機械と接続している私なのだから、何とかできそうな気がする。
スルビウト専属の僕ハルに聞いてみようか。
私はボットを通じてハルを呼び出すと、彼を電脳空間に接続させて打ち合わせを始めた。




