その1 墓荒らし
深夜だ、そして今夜は月も暗い。
私は、数機の小型探査ボットを静かに吐き出すと、それを広い敷地の隅にある墓地に向かわせる。目指す墓を見つけて、ボットのマニピュレーターと重力子ビームを使って、墓を掘り返し始めた。
自分の墓を暴く、か。
あまりやりたい仕事ではないが、これも可愛い孫のためだ。しばらくすると、五年前に土葬に付された私の昔の体、もう土壌微生物によって骨だけになった頭蓋骨を掘り当てる事ができた。
◇ ◇ ◇
埋葬されたこのクローン体を、周回軌道上で半年かけて作ったことを思い出す。そして私はこの星に降りてきて、八十年ほどを暮らした。
本当は、まだまだこの体で生き続けなければならなかった。遠い星に向かった仲間が戻ってくるのを、待っている必要があったからだ。
だが、ひょんなことから仲間の帰還が早まった。
この星で合流した仲間たちは、一年ほど留まってこの星の文明を調査すると、母星に帰っていったのだった。
そして私は残った。もう私は、この星の生態系に適合したこの体を作っていたのだし、愛する嫁が三人、生まれた子供も沢山いて、私にとってはこの星が母星になっていた。
仲間を待つ間は、船の医療ポッドによる賦活化措置を続けていた。長生きをして待つために、二十代前半の姿を保っていたのだ。だが、仲間たちが母星に帰った後は、私はその措置をやめた。
嫁たちと子供達と一緒に歳をとり、死ぬことを選択したのだ。私は生き物係だ。魔人や竜族ではあるまいし、人間の寿命には従うべきだ。
仲間と別れて三十年が過ぎた頃、外観年齢では六十歳の手前辺りで、私のクローン体と移植した脳髄とに齟齬が目立つようになり、体のあちこちが不自由になってきた。
母星で生まれてから百年近く、そしてこの星でも八十年を暮らした私だ。もうこの星の人類の平均寿命から見れば、倍ほどを生きていることになる。
仲間は、母船に積まれた舟艇、つまり惑星探査用の搭載艇の予備を一機、私のために残しておいてくれていた。
死を悟った私は、その船の医療ポッドに横たわり、肉体の死と同時に、その意識と記憶を船に搭載されたAIに移した。この操作は、以前タローで実証済みだ。
昔、私が一人でこの星まで乗ってきた搭載艇のAI:ゾラックは、既に兄貴分の意識と記憶を受け継いで、人間味たっぷりのAI:タローと化していた。
そして、新たな搭載艇のAIには、私の意識と記憶を乗せた。つまりAI:ジローと言うわけだ。ちなみに私たち二つのAIは、独立した自我を持ちつつ常時接続している。
◇ ◇ ◇
頭蓋骨の中に、あった、あった、これこれ。
このクローン体の前頭葉下部、言語中枢近くに置いた機械だ。
チタンと酸化ジルコニウム合金で作られた、小さく薄い楕円体が、まったく腐食を受けずにそのまま残されていた。
これは、女神の贈り物。スマホに入れてもらった、私の脳とAI:タローとの感覚共有アプリの子機なのだ。脳の近くに置いておけば、私の五感は常にAIと共有できていた。
わざわざ頭の中に置かなくてもいいのだが、当時はクローン体を作るときに脳と体との情報授受を行う応答チップを置いたから、それと接続するために子機も脳の下に埋め込んだ。だからAI側から、つまりタローが私の体を操作することもできたのだ。必要ならば、だが。
この子機だけでは、AIと情報共有ができるだけだ。体は操れない。だが、それでいい。
これを、可愛い孫のジローの帽子にでも仕込めば、私は孫の五感を即時に監視できて、言語による意思疎通ができる。
昔、タローが私にしてくれたように、孫のジローの視野に情報を被せることだってできる。上空に、私のボットを飛ばして俯瞰地図を転送すれば、魔獣との戦いに役立つだろう。
スマホのアプリで起動してもらえば、私は孫を助けられる。邪魔なら切ってもらえばいい。出しゃばらず、五月蠅い爺っちゃんだと言われないように気を付けながら、可愛い孫の冒険を手伝ってやりたい。
いつかジローに、スマホと一緒に授けてやろう。
孫に甘いと、嫁たちに叱られるかな。
いいさ、いつの世も爺様にとっては、孫は可愛いものなのだ。




