転生そして葬式
意識が体を離れて、数分が過ぎたようだ。
俺は、壁のレンズを通して、操縦室を見渡す事ができた。そこにいる嫁たちの声をマイクで拾って、それらの情報を理解することもできた。
操縦席の画面には俺の顔を映し出し、スピーカーからは俺の声を発して、周囲と会話することもできた。
画面の俺を見ていても、俺の体を取り囲む三人の嫁たちは、皆して悲しそうだ。だが俺は、愛するこの嫁たちとの永遠の別れにはならなかった事で、一安心といったところだ。
新たに獲得したカメラ視覚はとても大きな情報量があり、同様にマイク聴覚も人間だった頃より遥かに鋭敏だ。
そのうちに、空気中の気体分子を感知するセンサからの膨大な情報が、もたらされ始めた。この複雑に絡み合う情報を、以前の嗅覚と関連付けて認識するには、まだまだ時間が必要らしい。
触覚と体の存在感がまるごと無くなり、替わりにこれら周囲の新たな情報に晒された俺は、即座に対応できず大きな違和感に戸惑っている。
「まずは、葬式だな。二日後に俺を墓地に埋葬することにしよう。それまで、この新しい環境に馴染むために、少し時間をくれないか?」そう言って、三人の嫁たちには船から降りてもらった。
俺の体が横たわる医療ポッドの傍には、あらかじめ空の棺を運び入れてある。これに俺の死体を安置するのが、俺がボットを動かして行う初仕事となるだろう。
◇ ◇ ◇
さーて、いろいろと確かめることがある。
まずは、常時相互接続しているはずのタローだ。彼は船ごと既に「竜の眼」に移動しているが、この星を取り巻く中継網によって実時間で繋がっているはずなのだ。
「タロー、いるのか?」俺は思考で呼びかけた。すると「ああ、ここにいるぞ。」返事が来た。音として聞こえたのではない、直接にタローの声を構成する周波数の変動と強度、そしてその意味が瞬時に伝えられたのだ。
なるほど、相互接続とはこんなふうなのだな。とても新鮮な感覚だ。しかも俺には、今の声が空間的にどこから届いたかが、明確に認識ができていた。
タローの船がいるのは、あの小惑星の欠片が作ったクレーター「竜の眼」の中の島だ。そこから上空に放たれた集束波が、外気圏に増設配置された大型ボットによって受信され、いくつかの他のボットに中継されて、この俺の船に向けて放たれたと言うわけだ。
「うまく行ったようだな。しばらくは、記憶の海に潜り、演算能力と思考速度の兼ね合いを試すがいい。」
「ああ、そうだな。ぼちぼちやってみるよ。」
「その後は、手足となる船とボットの操作だな。分からんことがあれば呼んでくれ。」タローに先輩面をされたが、相変わらず頼りになる兄貴だ。
「ああ、当てにしている。」俺は言われるままに、移植された自分の記憶を確かめつつ、ベースとしてある過去からのタローの記憶との照合作業の海に身を投じた。
そして、二日があっという間に過ぎた。
膨大な記憶量に、そして思考速度の速さに、俺は酔いしれていた。
あることを考えながら、別の記憶を探る並列作業ができる。いや、やろうと思えばいくらでも、他の作業ができるのだ。これは素晴らしい。
変調を来した肉体を捨てて、失ったものは大きい。剣も振れず、魔法が使えなくなった。しかし、得たものも大きかったようだ。俺は嬉々として、記憶と思考の海を泳ぎまわり、視聴覚を駆使しボットを動かして、あれこれ新しい体を試していた。
俺は、母星の仲間が置いて行った二機目の搭載艇のAIに、意識を融合したのだ。生き物係の俺が、機械の知性になる日が来るとは、人生とは判らないものである。
◇ ◇ ◇
お別れの会も、そろそろ終盤に差し掛かっていた。
「と言うわけで、俺は死んだ。これまで有難うと、皆にはお礼を言いたい。」葬式で、本人が話すのも珍しかろう。集まった里の衆は、ボットからの俺の声に怪訝な顔だ。
「これまでのタローに代わり、ボットの中に私がいる。何かあれば呼んでもらっても結構だが、どうか俺のことは早々に忘れて、皆は明日に向かって欲しい。治療院と学校を、宜しく頼む。」そう言って俺は、葬儀の本人挨拶を終えた。
浮かんだ二機のボットがマニピュレーターを伸ばして、棺を持ち上げ運んでいく。参列者は、ぞろぞろとその後に続く。天気は快晴、今日は絶好の葬式日和だった。
この治療院と学校がある広い敷地の片隅に、墓所がある。
俺がこの里に流れて来た時に、流行り病で亡くなった大勢の人々、そして俺にこの治療院を託して逝った老治療師の墓もある。
その並びに、新しく墓穴を掘った。ボットが、その穴の底に俺の棺を静かに置く。参列者が土をかけてくれるのを、俺はボットのカメラで眺めていた。棺は、生物分解性が良好な素材を選んである。遺体を早く土に返すためだ。
「後を任せられる仲間や家族が見送ってくれる。幸せな事だ。」タローの声が聞こえた。
「ああ、そうだな。これで安心して、次に行ける。」俺は、そう答えた。
「私のときにも、こうしてお前や子供達が見送ってくれたのだな。」
「そうだったな。」
棺を埋め終わり、参列者が散り始めた。
「さあ、俺たちも次の仕事に向かおうではないか。」皆をぼんやりと見送っていた俺を、タローが現実に引き戻してくれた。