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3.恋愛音痴と遊び人



それから、三年後。

いつもの美しい庭園で、わたしたちは向かい合って座っていた。

テーブルの上には、香りのよい紅茶と、美味しいケーキがある。

甘い物を食べながらのお花見は、わたしの前世からの夢だった。王宮に来ると、毎回、ここでしか食べられない、王宮料理人の手作りケーキが出てくるので嬉しい。


そう思いながらケーキを口に運ぶ私の前で、アドニスは頭を抱えていた。


人脈の広い彼に、さまざまな素敵な男性を紹介されても、わたしの胸はキュンともスンともしなかったからだ。

もっとも、人柄の良い方ばかりだったので、アドニスを挟んでの友人や知人にはなった。恋の訪れがなかっただけだ。


アドニスの作った『前世で仕事人間だった可哀想な閣下のための恋愛候補リスト』は、残念ながら最後の一人に至るまで、わたしに恋の灯をともすことなく、役目を終えたのだった。



「どうしてこんなことに……!」

「だから、捨て身すぎるといったじゃありませんか」



そもそも、わたしが王太子の婚約者であると知っていて手を出してくるような男は、前世の副官のように、どうしようもない女好きのろくでなしだろう。アドニスがまともな男性しか紹介しなかった時点で失敗している。


わたしは何度もそう進言したのだけど、彼は、


「昔のあなたならともかく、今のあなたみたいなぼやっとした人に、ろくでなしの男なんて近づけられるはずないでしょうが! 公爵家ごと身包みはがされて一家離散ですよ。俺はあなたに復讐したいだけで、あなたのご家族まで不幸のどん底に落としたいわけではありません」


といって聞かなかった。


ついでに、


「あなたが恋に落ちたら、その時点で俺の復讐は終了です。婚約も解消して、バカップルの誕生を大いに祝って差し上げますから、心おきなく恋愛に励んでくださいね」


ともいわれた。


ここまでくると、もう、意地になっているとしか思えない。ただの意地っ張りだ。どうしても一度は『この発情期の栗毛の犬め!』と罵倒したいらしい。そんなに言いたいなら、ちゃんと聞いているから、今言ったらどうですか? と提案したら、カタルシスのない復讐なんて復讐ではないと嘆かれた。


しごかれた恨みも実際にあるから、今さら後には引けないという心境なんだろう。

命に関わる案件でもないのだから、大人しく引いてくれたらいいのに。





「あなた、自分は何も悪くないですみたいな顔していますけど、元凶の9割はあなたですからね? あなたが恋愛音痴すぎるからです」


そういわれても……と思いながら、わたしは紅茶を一口飲んだ。


「人には向き不向きがあります」

「昔、俺がそういったとき、あなたは『黙れ、この駄犬が。そんな台詞は生き残るための努力をしてからいえ』と殴り飛ばしましたよね?」

「そういう時代でしたから……」

「あなたが異例だっただけです」


いや、時代もあった。あったと思う。だって毎日誰かがいなくなっていた。昨日あった顔が、今日はないなんて当たり前だった。だからわたしは、生き残ることを第一の信条にしていたし、部下たちも生き延びさせるために鍛え上げた。昔のアドニスが80歳まで生きられたのだって、わたしの教えが、多少は効いていたはずだ。そう思いたい。


「だいたいあなた、恋愛小説は好きじゃないですか。どうして自分の恋愛になると、打ち上げられたトドのように動かなくなるんですか」

「あっ、殿下、最近のおススメについて聞きます!?」

「本の話になった途端にテンションを上げるのはどうかと思います。瞼が普段の三倍は開いていますよ」


失礼な、普段の二倍程度だ。

読書は、二回目の人生における、わたしの一番の趣味だ。剣の訓練は、昔からの癖というか『やらないと不安になるからやっている』という類のものだけど、本を読むのは純粋に好きだ。もしかしたら、前世と今世を合わせても、初めて見つけた趣味といえるかもしれない。


「こちらをご覧ください。この重厚で色気のある装丁。今日、殿下にお貸ししようとお持ちしたのは、先日発売したばかりの話題作『失楽の花』です」

「タイトルからして嫌な予感しかしないんですが。この前、あなたに勧められた本は、三角関係どころか、六角形の痴情のもつれを描いてましたよね?」

「あぁ、『闇夜の六芒星』ですね。あれも名作ですけれど、こちらはなんと、かの聖女伝説を題材にした新境地なんです」

「聖女の愛の物語なんて、教会に腐るほどあるじゃないですか」


珍しくもなんともないというアドニスに、わたしはふふんと胸を張った。


「新境地だといったでしょう? この本は、実は聖女が愛していたのは騎士ではなかったという斬新な解釈なんです」

「斬新すぎません!? よく出版できましたね」

「わたしも、よく焚書されなかったものだと思いました。三百年前なら確実に燃やされていた一作です」

「あぁ、あの頃なら、作者ごと燃やされていたでしょうねえ。まぁ、教会の勢力も、昔に比べるとだいぶ落ちましたよね。いい気味です」


わたしも、うんうんと頷いた。わたしが知る限り、教会というのは、神のために死ねとしかいわない連中だった。とても嫌いである。


「この『失楽の花』は、王家の権力争いに巻き込まれた聖女が、どろっどろの骨肉の争いに苦しめられながらも、愛する人と結ばれるためにもがくという、たいへん胸キュンな一作なんですよ」

「小説以外にも胸キュンしてくださいよ。というか、教会だけでなく王家にも喧嘩売ってません、その本?」

「自由とは素晴らしいものですね、殿下。読者はみな、王家の寛大さに胸を打たれていることでしょう」

「まぁ……、いいですけどね。王家の歴史がどろっどろなんて、ただの事実ですから。聖女を題材にしているなら、なおさらリアリティがありますよ」


わたしは小さく首を傾げた。

聖女でどろっどろしているといえば、王家より教会じゃないだろうか?


アドニスは、薄く笑っていった。


「王家は聖女の血筋ですよ。聖女の力を再現させようと、昔から躍起になっていたのは王家です。人でなしな実験も、相当繰り返したらしいですよ?」


わたしはぎょっとした。それは、王家の人間だけが知る秘密というものではないのか。わたしに話してしまっていいのか? 今は婚約者だからいいんだろうか。

動揺するわたしに、アドニスは、くすりと笑っていった。


「……なんてね。ただの冗談ですよ。王家の記録は、あの大戦ですべて焼けてしまいましたからね。俺がいったのはあくまで推測です。だって、やりかねないでしょう? 権力者なんてろくでなしの集まりですからね。俺を含めて」

「殿下は真っ当な方ですよ。昔は確かに、ろくでなしだったころもありましたけど」

「俺の黒歴史を発掘しようとしないでください」

「でも、昔だって、わたしは頼りにしていましたよ。五年目くらいからは」

「俺の中では二年目から頼りにされていたことになっていたんですが」


それは記憶違いというものだ。

二年目なんて、まだまだ全然ひどかった。仕事をサボっては、女性の部屋に入り浸っていたから、昔のわたしが怒鳴り込んで、コトの真っ最中に遭遇してしまったことも、一度や二度ではなかった。

そこまで考えて、わたしはふと疑問に思った。


「殿下は、昔は『日替わりで恋人を変える男』と呼ばれていましたよね?」

「お願いですから忘れてください」

「わたしが副官を罵倒したのも、そういう経緯があったからで」

「俺が全部悪かったです犬と呼んでくださいワンと鳴きますから」

「いえ、責めているのではなく。ただ少し、不思議に思ってしまって。どうして殿下は、わたしに、真実の愛を勧めるんですか? 殿下のほうこそ、本気の相手なんていなかったでしょう?」


アドニスは、しばらく押し黙り、むっすりとした声でいった。


「……あなたが知らないだけですよ」




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