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1.副官との再会



わたしは、物心ついた頃から、不思議な夢を見続けていた。


それはただの夢と呼ぶにはあまりにも鮮やかで、目覚めてしばらくは、ぼんやりと夢に浸ってしまうほどだった。


夢の中ではわたしは戦場にいて、味方からは『閣下』、敵からは『血染めの魔女』と呼ばれていた。ときには『血筋の卑しい化け物女め』と蔑まれることもあった。夢の中で、わたしはそう呼ばれる理由をきちんと理解していて、「連中は、わたしが出世したのが気に入らないのさ。平民に大きな顔をさせたくないなら、わたし以上に戦場に出て、生き延びたらいいものを」と笑っていた。


動乱の時代だったのだ。

とはいえ、夢の中でわたしは、案外幸せだった。苦しい頃を夢に見なかっただけともいうけれど、わたしには信頼できる友人がいて、大事な部下たちがいて、ついでに手のかかる副官もいた。


この副官は、ひんぱんに夢に出てきていた。

ものすごく『使えない』副官だったからだ。長くて癖のある赤髪が特徴的で、外見だけは端正な男だったけれど、副官としてねじ込まれた当初は、新兵よりも使えない男だった。すぐに訓練をサボり、すぐに泣き言をいう。逃げ足だけは早く、やる気もなく、熱心に活動するのは女性を誘うことだけときていた。


少なくとも、彼が17歳で副官に配属された当初はそうだったので、夢の中のわたしは、三歳年下のその男を、徹底的にシゴキ倒した。赤毛のその男が、訓練をサボるたびに叩きのめし、泣き言をいうたびに「甘ったれた台詞は死んでから吐け」と叱責し、逃げ出すたびにその背中を踏みつけにし、女にかまけて職場放棄するたびに「発情期の赤毛の犬め」と罵倒した。


二年、いや、三年ほどはそんな風にシゴキ続けた。さらにその後の五年くらいも、だんだんと使える副官になってきたその男を、死なない程度にシゴキ続けた気がする。五年ですんだのは、わたしが戦死したからだ。ちなみに、わたしの最期を看取ってくれたのも、その副官だった。



繰り返される、奇妙な夢だった。まるで記憶の欠片を思い出しているような夢だった。

実際のわたしは、公爵家の末娘だったから、夢の中の“わたし”とはまったく違う境遇で暮らしていた。

けれど、不思議と、そこに落差や違和感を覚えることはなかった。それはまるで、川の水が海の一滴になるように、巡り巡ってここにいるのだと、自然とそう思っていた。

わたしのその感覚が、妄想でも願望でもなく、事実であると突きつけられたのは、13歳のときだった。





父に連れられて訪れた王宮で、二歳年上の王太子殿下と引き合わされたときだ。

わたしが知っている副官は、17歳から25歳までだったから、15歳のときの顔なんて、知るはずがない。

だけど、王太子を見た瞬間、まるで雷が落ちてくるような衝撃とともに、悟ったのだ。


─── あの副官だ。


わたしが、かつて、さんざん「発情期の赤毛の犬」などと罵った、あの彼に間違いない。

わたしは思わず目を見開き、短い悲鳴を零し、つい逃げ腰になった。

あとから考えれば、そ知らぬふりを通すことが、最も賢い選択だったろう。だけどわたしは、かつてしごき抜いた相手が、王太子殿下などという身分で眼の前に立っていることに血の気が引き、『これはまずい』と防衛本能が働いてしまったのだ。


王太子も王太子で、呆気にとられた顔でわたしを見ていた。


それから、「彼女に庭を案内する、誰もついてくるな」といい張ると、わたしを連れて庭園へ出た。

薔薇が咲き誇り、風は爽やかで、散策するには最高の天気だった。

しかし王太子は、地獄の底のような、おどろおどろしい低い声と、恨みのたっぷりとこもった眼で、わたしをじいっと見ていった。


「あなた、覚えていますね?」


質問の形をした確信だったけれど、わたしは往生際悪く眼をそらした。


「何のことでしょうか? 意味がわかりませんわ、殿下」

「発情期の赤毛の犬」


わたしは沈黙した。沈黙するしかないときが、人生には存在する。

王太子は、今回もまた赤い髪の毛を、ぐしゃぐしゃとかき回して、動揺もあらわにいった。


「なんで、こんなことに……!」

「困りましたね」

「なにを普通に頷いてるんですか、閣下は!」

「閣下ではありません。今のわたしは公爵家の令嬢です。シルヴィアと呼んでください」

「はあ!? 閣下、あなたね、あなた……、いや、そもそもあなた……、いつ死にました?」

「いつって……。これが前世の記憶というものなら、あの大戦があったのはおよそ三百年前でしょう?」

「大戦のときに亡くなったんですか!?」


わたしは、さすがに、冷ややかな眼を王太子へ向けてしまった。


「あなたの眼の前で死んだでしょう。最期を看取ってくれたのは、副官のあなただったと記憶していますが?……わたしは感謝していたのに」

「感謝!? そんなことを考えていたんですか!?」

「おかしいことですか? 死に際に、手を握って励ましてくれた人に、感謝の気持ちを抱くのは?」

「それは、その……。ええ、まあ、正直にいうと、あなたの性格からして、意外過ぎました」


この人は、いったいどういう眼でわたしを見ていたんだろうか。

つい、遠い眼になってしまったけれど、まあ、鬼上官だったのだろうなあと、納得もする。

横暴な鬼上官と思われることしかしていなかった。今の時代だったら、職場環境の酷さを訴えられていてもおかしくないほどだ。

今が平和な世の中であることをしみじみ噛みしめながら、ふと、首を傾げて尋ねた。


「殿下は? いつ頃に亡くなられたんですか?」

「 ─── っ、ははっ、あははははは! 笑えますね! 俺は80歳まで生きましたよ! 当時としては驚異のご長寿記録です」

「それはよかったですね」

「年老いてもモテモテのプレイボーイで、目尻の皺まで素敵といわれて若い女の子と遊びまくりでした」

「作り話?」

「本当ですよ。あの頃から、俺は外見だけはとびきりだったでしょう?」


確かに、この男は顔だけはいい。昔も、今も、蜂蜜よりも甘ったるい顔立ちだ。

黙って立っていれば、いくらでも美しい蝶が寄ってきそうな男は、今やひときわ人相を悪くして、クククと笑っていた。


「ここであったが百年目、これはあなたに復讐する絶好の機会!」

「おおよそ三百年目ですが」

「今や立場は逆転しました。俺は王太子ですが、あなたは公爵家のご令嬢にすぎない。つまり俺があなたに求婚したら、あなたは絶対に断れないというわけです」

「……捨て身の復讐すぎませんか?」


求婚したら、その先にあるのは結婚である。恨めしい相手と結婚生活を送るなんて、自爆技のようだ。

しかし殿下は、意気揚々と宣言した。


「いいえ。あなたは俺をシゴキ倒し、叩きのめし、馬車馬のようにこき使った。この恨みは何百年経とうと消えません。今こそ俺がやり返すときだ、ざまあみろ! 今度は、あなたが犬呼ばわりされる番です」

「まあ、殿下にはそんな趣味が……」

「なにをサラっと人を変態扱いしようとしてるんですか。俺を犬呼びしていたのはあなたですからね、シルヴィア嬢」

「昔の話です」

「俺は忘れませんからね。水に流してなんかあげません」



殿下は、かつての副官のように口うるさかった。

しかし、それも庭園を出るまでだ。

侍女たちのもとへ戻ってくると、彼は完璧な微笑みを浮かべた。その場の誰もが心をわしづかみにされていただろう、天使のようなきらきらと光り輝く笑みだった。

それから彼は、こともあろうに、皆の前で跪き、わたしにプロポーズしてしまった。

美しい王太子が「一目惚れです」とはにかむのを、疑う者は、残念ながらいなかった。





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