69話:戦い方
シュタインヘルトは冒険者になる前から、世界屈指の剣豪として知られていた。
そして剣の道を極めた自分の力を証明するために、こいつは冒険者になったんだよな――
音を置き去りにして、シュタインヘルトは刃だけで2mを超える長刀『神殺し』を一閃する。
俺は左の剣で斬撃を受けると同時に、魔力を放つ右の剣で切り付ける。
だけどシュタインヘルトは『神殺し』を滑らせるように動して、俺の攻撃を受け止めた。
「アリウス、おまえの力はこんなものか」
音速を軽く超えるシュタインヘルトの斬撃は、放つ度にさらに速くなる。攻撃の精度も増していく。
速くて正確なだけじゃない。膨大な魔力を込めた斬撃は一撃一撃が必殺の威力で。真面に喰らえば、鎧ごと真っ二つにされる。
「逃げても無駄だ。そんなことも解らないのか」
シュタインヘルトは機動力もハンパじゃない。俺が短距離転移で距離を取っても、一瞬で詰めて来る。『転移魔法』を使っている訳じゃなくて、動きそのものが速いんだよ。
上空に飛んでも、シュタインヘルトは空間を蹴るように追い掛けて来る。スキルや魔法を使っているんじゃない。自分が放つ魔力の反動で跳んでいるんだよ。
これなら『飛行魔法』を使わなくても問題ないよな。
派手なスキルや魔法は一切使わないけど。シュタインヘルトは魔力操作のレベルが尋常じゃないんだよ。シンプルに刀で相手を切るだけ。それがシュタインヘルトの戦闘スタイルだ。
『魔物の暴走』のときも、1万を超える魔物を刀だけで切り捨てたって話だからな。
「なあ、シュタインヘルト」
斬撃を受けながら話し掛ける。
「シュタインヘルトさんだ」
シュタインヘルトも攻撃を止めることはない。
「そんなことはどうでも良いだろう。おまえが強いことは解った。だけど俺を殺すつもりで攻撃しているよな」
「無論だ。真剣勝負で死ぬなら本望だろう。おまえは俺を殺さないように戦っているとでも言うのか? 負けたときの言い訳など聞くつもりはない」
シュタインヘルトは鼻で笑う。そういうところが、俺には理解できないんだよ。
自分の力を証明するために人を殺しても良いとか。負けたら死んでも構わないとか。相手も同じだと勝手に決めつけるところとかな。
俺も強くなりたいけど、誰かに勝ちたいからじゃない。
一瞬でも気を抜けば死ぬギリギリの戦いの中で、自分が強くなっていく感覚が堪らなく楽しいんだよ。
だけど強くなるためには、生き残る必要がある。だから死んでも構わないなんて、俺は絶対に思わない。
ギリギリの戦いの中で、頭をフル回転させているときも。俺は生き残る方法を常に考えているからな。
「いや、俺は死ぬつもりも、おまえを殺すつもりもないからな。だってこれは勝負だろう。殺し合いじゃない」
俺が魔力を込めると、剣が魔力の刃を帯びる。最難関ダンジョンの巨大な魔物が相手じゃないからな。刃を長く伸ばす必要はない。
「何を甘いことを。勝手に抜かしていろ」
シュタインヘルトはさらに加速して斬撃を放つ。だけど加速できるってことは、こいつも全力じゃないってことだよな。
俺は『神殺し』の一撃を受けると。そのまま押し返してシュタインヘルトを弾き跳ばす。
シュタインヘルトは両足で踏み留まろうとしたけど。地面を削る跡を200mほど残して、ようやく止まった。
「まあ、お互い様だし。俺を舐めているとまでは言わないけどさ。俺を倒すつもりなら、最初から全力で来いよ」
相手の力を見極めようと思っていたのは、俺も同じだからな。だけどこいつのレベルになると、殺さないで倒すのは結構難しいんだよ。レベルやステータスだけで強さは測れないからな。
さらに剣に魔力を込めると、凝縮した魔力が膨大な光を放つ。
「シュタインヘルト、次は全力で防御しろよ」
「アリウス、おまえは何を――」
シュタインヘルトの表情が厳しくなる。こいつも変化に気づいたようだな。まあ、これなら本気を出すだろう。
シュタインヘルトが反応する前に、一瞬で距離を詰める。音速を超えられるのは、おまえだけじゃないからな。
俺は『神殺し』に剣を叩き込む。今度は力を逃がさないように、上から叩きつけて。
爆発したような魔力の光。シュタインヘルトは両足を地面にめり込ませて、なんとか受けきったけど。
「な、なんだと……」
シュタインヘルトが間抜けな声を上げたのは、『神殺し』の刀身にヒビが入ったからだ。
こいつが本気で魔力を込めていなければ、『神殺し』は折れていたな。
「まだ続けるなら、次はその刀を完全に壊すからな」
高位のマジックアイテムには自己修復能力がある。だけど粉々に砕けば、修復不可能だ。
「アリウス、好きにしろ。俺は敗北など認めん。俺を倒したいなら殺しに来い」
シュタインヘルトはヒビが入った『神殺し』を構えて、全身から魔力を放つ。本当に死ぬまで戦うつもりだな。
だったら仕方ないか。俺は2本の剣にさらに魔力を込める。
だけどホント、グレイは凄いよな。こんな性格のシュタインヘルトを毎回殺さずに、敗けを認めさせるんだから。
俺にどこまでできるか解らないけど――やってやるよ。
「シュタインヘルト、今回はそれくらいで良いんじゃないか。君はまだまだ強くなれるんだから。焦る必要はないよ」
突然現れたのは黒づくめの女だ。
艶やかな黒髪に漆黒の瞳。滑らかな白い肌を包むのも、黒い天鵞絨のドレス。
客観的に見れば『恋学』の主人公のライバルとして登場しそうというか。主人公を完全で食ってしまいそうなくらいの美人だな。
だけどそんな見た目よりも。俺が目を奪われたのは、こいつの圧倒的な存在感の方だ。
「おまえ……何者だよ」
警戒心全開で意識を集中する。こいつの存在に、俺は本当に一瞬前まで気づかなかった。アリサみたいに『索敵』の効果範囲外から短距離転移を連発した痕跡もない。
そして俺は『鑑定』を使っているけど、こいつのレベルやステータスが全く見えないんだよ。
『索敵』も『鑑定』も抵抗できるスキルや魔法はあるけど――
俺の『索敵』が効かないレベルの『認識阻害』が使えて、『鑑定』も効かないってことは。こいつのレベルは少なくとも俺以上ってことだな。
「そんなに警戒しないでくれるかな。私は君と戦うつもりはないからね」
黒づくめの女が苦笑する。
「失礼、自己紹介がまだだったね。私は魔族の国ガーティアルの現国王アラニス・ジャスティア。君たちが魔王と呼んでいる存在だよ」
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 15歳
レベル:????
HP:?????
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