397話:実家
冒険者ギルドと雰囲気が似た店で酒を楽しんだ後、俺とミリアは東京に戻って予約したホテルに向かうことにした。
俺たちの世界と時差があるから感覚的にはまだ午後2時くらいだけど、昼間に活動したいから朝までホテルで仮眠を取ることにする。俺1人なら徹夜しても何の問題ないけど、ミリアにつき合わせるつもりはないからな。
俺が予約したのは海沿いのホテルの最上階。スイートルームってほどじゃないけど、コンドミニアム風で居間とキッチン、ベットルームに分かれている。
「眠るためだけにしては豪華過ぎない?」
「金貨を換金すれば幾らでも金は手に入るから問題ないよ」
「全部違法だけど他に手段はない訳だし、そんなことを考えても仕方ないわね。アリウス、まだ全然眠くないわ。せっかくの2人きりの旅行だから……」
俺とミリアは唇を重ねて――
※ ※ ※ ※
少し眠った後、着替えてホテルを後にする。昨日ウインドーショッピングをしてるときに買ったカジュアルな服だ。服のセンスに自信がある訳じゃないけど、シンプルな格好だから問題ないだろう。
チェーンのカフェに行って朝食を済ませる。このチェーンも前世の頃は注文が面倒で行くことは少なかったけど、前世の世界を楽しむために挑戦してみた。
「ここまで甘い飲み物は向こうの世界にはないわね。でも意外と美味しいわ」
「気に入ったなら、帰ってから再現したらどうだ? ミリアならできるだろう」
「そうね。完璧って訳にはいかないけど、みんなにも飲んで貰いたいわ」
カフェを出て街を歩いているとスーツ姿の人をたくさん見掛ける。今は通勤時間帯だからな。俺も前世で働いていたけど勤めていたのが大学だから、見掛ける人はスーツ姿よりも如何にも学生って感じが多かった。
「ミリアは普通の会社に勤めていたから、こういうの懐かしく感じるんじゃないか?」
「そうね……満員電車には二度と乗りたくないけど、今思い出すと本当に平和な生活だったわ」
ミリアが少し寂しそうな顔をしたのは、前世で俺の方が先に死んだからだろう。俺が死ぬ前もミリアにはしばらく会っていなかったし、死んだ後のミリアのとは知る由もないけど――
「アリウス・ジルベルトはミリアを残して死なないって約束するよ」
「アリウス……絶対約束は守って貰うからね!」
次に俺たちが向かったのは街外れにある古いマンション。前世で俺が死んだときに住んでいた部屋がある。部屋で死んだ訳じゃないから事故物件じゃない。
空き部屋だったら中を見てみたいと思ったけど、俺が住んでいた部屋は他の人が住んでいた。場所もアパートの名前も同じだし、ここは本当に俺たちの前世の世界なのか?
「次はミリアの実家に行ってみないか。ミリアのお母さんって専業主婦だったよな? この時間でも、もしかしたら家にいるんじゃないか?」
「え……だけどこの姿で会う訳にもいかないじゃない。それに……」
ミリアは俺の母親がすでに他界していて、父親とは不仲で兄弟もいないことを気にしているみたいだけど。
「だから俺のことは気にする必要はないって。会うかどうかは別にしても、前世の家族や実家を見てみたいとは思うだろう?」
「ちょっと、アリウス……」
ミリアの手を強引に引いて歩き出す。本当に嫌なら断るだろう。ミリアが何も言わないから俺は『転移魔法』を発動。
だけど向かったのミリアの実家じゃなくて地下にある駐車場。転移した場所が監視カメラの死角なのは確認済みだ。俺は停めてあった青いツーシーターの車の鍵を開ける。
「アリウス、これって……」
「買ったんだよ。勿論免許もある。車で移動するなんて向こうの世界じゃないだろう」
偽造の国際免許だけど絶対にバレないレベルだし、前世で免許を持っていたから問題ない。この手の話になると、しんみりした雰囲気になると思ったから、気分を変えるために車を用意した。
車が軽快に走り出す。魔法を使えば簡単に移動できるけど前世の世界を楽しまないと。
「アリウスとドライブできるなんて……」
ミリアも気に入ったようだな。ラジオで音楽を聞きながら車を走らせる。ミリアの実家までは車で2時間ほど。
高速に乗ると途中でサービスエリアに寄って、軽食と飲み物を買う。こういうことも前世の世界じゃないとできないからな。
高速を降りて15分くらいするとミリアの実家につく。二階建ての普通の一軒家で、子供の頃や学生時代に帰省したときに良く来ていた。
俺の場合は実家に帰っても父親は仕事でいないから、形だけ帰省してミリアの家に遊びに来ることが多かった。
少し離れた所に車を停めて、歩いてミリアの実家に向かうと――
「お母さん……」
庭にいた女性を見てミリアが思わず呟く。俺の記憶と比べて少し年を取っているけど、ミリアの母親に間違いなかった。
ミリアの瞳から涙が零れる。ここで抱き締めると目立つから、俺はミリアの手を握って用意していたハンカチを渡す。
「アリウス、ありがとう……」
ミリアはそのまま庭にいる母親を眺めていた。すると母親が俺たちに気づいて、ちょっと驚いた顔をする。
「えーと……何かお困りですか? 日本語、解ります?」
ミリアの母親は凄く優しい人で、困っている人を放っておけない性格だったな。母親の言葉にミリアが何を言おうか困っていたから。
「はい、普通に喋れます。ちょっと道に迷ってしまいまして、この近くにイチゴ狩りができる場所があるって聞いたんですが」
「ああ、それでしたら……」
適当に言ったのに、ミリアの母親は丁寧に教えてくれた。母親が説明している間、ミリアはじっと見ている。
「ありがとうございます。良く解りました」
「お役に立てて何よりです。それにしても本当に日本語が上手なんですね」
このとき、母親がミリアに目を止める。ミリアが泣いていることに気づいたんだろう。
「あの……差し出がましいようですが、どうかされたんですか? もし具合が悪いようでしたら、良かったら家で休んで行きませんか?」
「……ありがとうございます。だけど大丈夫です」
ミリアが我慢しているのが解る。ここは背中を押すべきだろう。
「彼女はちょっとホームシックに掛かってしまいまして、貴方を見て国にいる母親を思い出したんでしょう。貴方は彼女の母親と雰囲気が似ているんですよ」
「ちょっと、アリウス……」
ミリアが慌てているけど。
「あら、それは光栄だわ。私にも貴方と同じ年くらいの娘がいたんだけど、若くして亡くなってしまって……あら、こんな話をしてごめんなさいね」
ミリアの母親が優しい笑みを浮かべる。
「いいえ、そんなこと……私もお母さんに会いたくなりました。今日は親切にしてくれてありがとうございました」
「こちらこそ。これも何かの縁ですから、近くに来ることがあったらまた寄って下さいね」
社交辞令のような言葉だけど、ミリアの母親のことだから本気で言っているんだろう。ミリアは笑顔を浮かべて母親と別れる。
「ミリア、もう良いのか?」
「うん。アリウス、ありがとう。お母さんに会えるなんて思っていなかったから、凄く嬉しいわ……」
車に戻るとミリアが俺の肩に頭を乗せる。俺はゆっくりと車を走らせた。




