396話:夜の街
「このミルクレープ、意外と美味しいわね」
食後のデザートを堪能するミリアが嬉しそうだ。今どきの回転寿司のスイーツは結構馬鹿にできないんだな。
会計を頼むと予想通りに結構な金額になった。スマホにチャージした金で支払いを済ませて店を出る。
「ミリア。どこか行きたいところはあるか?」
この世界に来たタイミングは俺たちの世界と時差が10時間あった。だから今は午後10時過ぎだけど、俺たちの感覚としてはまだ昼の12時くらいだ。
「そうね……せっかく前世の世界に来たんだから映画館に行きたいわ」
俺たちの世界に映像を記録する魔法はあるけど、使えるのは俺やセレナとか極一部だし、映像を楽しむって文化はないからな。
ミリアの希望で選んだの恋愛モノのアニメ。オリジナル作品だからミリアも原作を知っているとかじゃないらしい。
ペアシートのチケットにポップコーンと飲み物を買って席に座る。映画の内容は高校生の陰キャ男子が夏休みの旅行先でアニメ好きのギャルと出会って、二学期になって高校に行くとクラスにそのギャルが偶然転校して来る。
高校の日常生活の中で、陰キャ男子とギャルは次第に惹かれ合ってやがて恋に落ちる。こうしてあらすじを書くとシンプルだけど、二人の感情がリアルに描かれていて結構面白い。
スクリーンに映る映像を眺めながらキャラメル味のポップコーンに手を伸ばして、コーラで流し込む。この感覚は俺たちの世界じゃ味わえないな。
映画が終わって外に出ると午前零時を過ぎている。
「あー、面白かった! 恋愛モノだからアリウスは退屈だったんじゃない?」
「そんなことはないよ。結構楽しめたな」
みんなと結婚して子供もできた今なら、恋愛というモノが理解できる。いや、恋愛は理解するんじゃなくて感じるモノだよな。
感覚的にはまだ昼間だけど、この時間に開いているのはナイトスポットとファミレスやファーストフードの店にマンガ喫茶くらいか。
だけど俺とミリアはクラブを楽しむようなタイプじゃないし、二人で酒を飲むなら元の世界に戻ってからもできる。
「ミリア、まだ遊び足りないだろう。ちょっと趣向の違う場所にいかないか?」
「え……どういうこと? 良いわ、アリウスに任せるわよ!」
『転移魔法』を発動して、俺たちが向かったのは東南アジアの某国。東京とは時差が2時間あるから今は午後10時過ぎだ。
パッと見の街並みは東京と大差ないけど、一歩路地裏に入ると建物が密集していてゴミゴミしている。
「ここには金貨を換金したり、パスポートを作るために何度か来ているんだ」
ここなら金貨を売るときに身分証を提示する必要がない。大量に換金しても怪しまれないけど、その代わりにガラの悪い連中に後をつけられる。
「完全にイリーガルじゃない。だけど転生した私たちには戸籍がないから仕方ないわね」
俺とミリアは通りを歩いて酒場に入る。酒と煙草の匂いがする店内には様々な国籍の人間がいる。しかも大半の客がホルスターに拳銃を差しているし、お世辞にもガラが良いとは言えない雰囲気だ。
入って来た俺たちに視線が集まる。それなりにフォーマルな格好をしているから、場違いな観光客とか思われたんだろう。
「なるほど……確かにちょっと雰囲気が似ているわね」
ミリアは俺がここに連れて来た意図が解ったみたいだな。
「俺はバーボンソーダにするけど、ミリアはどうする」
「じゃあ、私も同じもので」
隣合って空いていたカウンター席に座って酒を注文する。酒が運ばれてくる前に、隣の客に声を掛けられた。
「兄ちゃん、良い女を連れているじゃねえか。ここがどういう店か解っているのか?」
「ただの酒場だろう? 場違いな格好で来たことは解っているけど、カモだと思って声を掛けたなら止めておいた方が良い」
「言うじゃねえか。口だけじゃねえと良いがな……姉ちゃん、こんな奴放っておいて俺と飲もうぜ」
ミリアの肩に触れようとした瞬間、男は投げ飛ばされて頭から床に叩きつけられる。
「人を見た目で判断するなって言われたことない? あんたみたいな人の相手をするのは慣れているのよ」
ミリアはロナウディア王国の諜報部にいたから荒事には慣れている。男は脳震盪を起こしているけど、後頭部から叩きつけ訳じゃないから死んではいない。
男の連れらしい連中が席を立って俺たちを取り囲む。
「姉ちゃん、やるじゃねえか。男の方はどうだ?」
「俺はこういう店の雰囲気が好きで来ただけだ。喧嘩を売るなら相手になるけど?」
俺が軽く見据えると、男たちは青い顔になって動きを止める。どうやらそこまで馬鹿じゃないみたいだな。
この店は冒険者ギルドと雰囲気が似ている。余所者が来ると喧嘩を売る馬鹿がいるところとか、武器で周りを威嚇しようとする奴とか。知らない街の冒険者ギルドを初めて訪れたときみたいだ。
「おまえら、それくらいにしておけ。こんな格好しているが、こいつは何人殺して来たか解らないってレベルだぜ」
奥のテーブルからやって来たのは頬に傷のある40代の男だ。鍛え上げられたゴツイ身体はとても素人って感じじゃない。
「あんたもこんな店に高い服を着て来るな。勘違いする馬鹿がいるから迷惑だ」
「ああ、それは悪かったよ。みんなに酒を奢るから許してくれ」
「良いだろう。話が解る奴は嫌いじゃねえぜ。おまえらも解ったな? これで手打ちだ」
男が店と他の客たちに話をつけて、俺とミリアはゆっくり酒を楽しむことにした。




