4-74話:戦闘開始
「それじゃあ、出発するぞ」
シンが空中に飛び上がるのを合図に移動を始める。全員が音速を超える速度で空中を駆け抜ける。これくらいの速度は、SSS級冒険者ならできて当然のことだ。
目的地は魔族の国ガーディアルの魔都クリステア。俺とグレイとセレナは少し距離を空けてシンたちの後を追う。
魔族の国ガーディアルの領域に入った直後、シンたちが動きを止めて身構える。周囲に出現した無数の魔力を感じたからだ。
シンたちを取り囲むように、一人一人が巨大な魔力を持つ魔族たちが五〇〇人以上『転移魔法』で出現した。一〇〇〇レベル超えもゴロゴロいる。アラニスに仕えるガーディアルの魔族たちだ。
「さすが数が多いな……おまえたち、勝手に動いて分散するな。囲まれて各個撃破されたら洒落にならないぜ」
漆黒の鎧を纏う隻眼の男、SSS級冒険者序列二位のオルテガ・グランツが指示を出す。オルテガは個人としても強いけどクランを率いているから集団戦に慣れている。
「うるせえ、俺に指図するな。殺られるのはそいつが弱いからだ。雑魚は勝手に死にやがれ!」
だけどガルドは従う気がないみたいだな。
『奈落』の老師バイロン・ガストレイも話を聞いていないで、魔族の中で一番強い奴を見ている。白髪の眼光の鋭い老人。あれはアラニスの側近シュメルザだ。
「魔族の国ガーディアルへようこそ。もっとも私は君たちを歓迎するつもりはないけどね」
突然、シンたちからわずか一〇mほどの距離にアラニスが出現する。
艶やかな黒髪に漆黒の瞳。滑らかな白い肌を包むのも、黒い天鵞絨のドレス。『恋学』の主人公を完全に食ってしまいそうな美女。膨大で濃密な魔力を纏う圧倒的な存在感。
シンたちは反射的に飛び退いて、アラニスから距離を取る。
「そんなに慌てることはない。部下たちが勝手について来ただけだ。君たちが私との戦いを望むなら、手出しさせるつもりはないよ」
距離を空けたところで、アラニスにとっては余裕で射程内だ。物理攻撃ですら間合いの中だろう。
「君たちが望むなら今直ぐ始めても構わない。準備の時間が欲しいなら、支援魔法を発動するなり、溜め技を使うなり好きすれば良い」
アラニスはどこまでも余裕だ。本気だったらシンたちが認識する前に仕掛けることができたからな。
アラニスが俺たちの方を見て面白がるように笑う。まるで『やはりアリウスたちは参戦しないのか? それでは詰まらないだろう』と言っているようだな。
「部下に手出しさせないなど……悪の権化である貴様の戯言など信じると思うか?」
エイジが紅蓮の炎を帯びた『裁きの剣』を構える。戦力の差も考えないで戦う気満々だな。
「信じる信じないは君たちの勝手だが――おまえたちは下がっていろ」
何でもないことのようにアラニスが発動したのは半径一km以上ある巨大な『絶対防壁』。
『転移阻害』も同時に発動したのはシンたちを逃がさないじゃなくて、部下たちに手出しさせないためだ。
アラニスの『絶対防壁』は部下たちじゃ絶対に破壊できないから、これで本当に一切手出しできなくなった。
「儂らも舐められたもんじゃのう……魔王アラニス、さすがにちと奢り過ぎではないか?」
アラニスの意図に気づいたシンが鋭い眼光を放つ。
「そういう台詞は私を倒してから言うモノだよ。SSS級序列一位シン・リヒテンベルガ―、君はそれなりに強そうだね」
「てめえ……舐めた真似しやがって。ぜってえ、後悔させてやるぜ!」
ガルドが全身の魔力を集束させて練り上げる。確かに俺と戦っときよりも強くなっているな。
「エイジ君、絶対に一人で突っ走らないでよ。フォローするのが大変なんだから」
肩まで伸ばしたドレッドヘアーのジュリアが無詠唱で支援魔法を連発する。エイジと違ってジュリアは、いきなり臨戦態勢に入っても冷静だ。
隣のエイジは魔力を溜めて全身に漲らせる。大地を貫いて上空へと立ち昇る魔力。エイジは最初から全ての魔力を注ぎ込むつもりだな。
最初に動いたのはガルドだ。音速の数倍まで一気に加速してアラニスとの距離を詰めると、禍々しい巨体な戦斧を正面から叩き込む。
ほとんど同時にオルテガが『短距離転移』を発動。アラニスの背後に回る。
『転移阻害』を発動していても、効果範囲内で転移するのは問題ない。悪くない判断だな。
オルテガの武器は双剣。俺やグレイと違うのは、オルテガの剣は一対の武器で二本同時に使うことを前提に作られているし、オルテガの剣技も双剣に最適化されたものだ。
前後同時の挟撃。ガルドと戦う前の俺には回避不可能な速度。膨大な魔力を込めた必殺の威力で動きも正確。
「君たちも少しは使えるみたいだね」
だけどアラニスは一瞬で身体を横に向けると右手の人差し指でガルドの戦斧を止めて、左手でオルテガの双剣を払う。それだけで二人の武器は粉々に砕け散った。




