4-69話:仕掛人
「そう言えば、アリウス。お主も師匠のグレイとセレナと最難関ダンジョンを攻略して、SSS級冒険者に挑む資格を得たんじゃったな。最難関ダンジョンを、どこまで攻略したんじゃ?」
俺がSSS級冒険者に挑むときに、最初の最難関ダンジョン『太古の神々の砦』を攻略した証拠として、ラスボスの魔石を冒険者ギルドに見せた。
だけど二番目以降の最難関ダンジョンを攻略したことは冒険者ギルドに報告していない。あの時点で俺たちは金に困っていた訳じゃないし、最難関ダンジョン|魔物の魔石を換金すると目立つから、魔石も全部収納庫に死蔵していた。
だから俺たちが最難関ダンジョンをどこまで攻略したのか、知っているのは自分たちだけだ。俺がソロで最難関ダンジョンに挑んでいることも、話したのはグレイとセレナと俺の両親くらいだ。エリクとエリスは気づいて、他のみんなも何となく察しているみたいだけど。
「まあ、それなりには攻略したよ」
俺にはシンのレベルが解らない。つまりシンの方がレベルが高いってことだ。だからシンは俺のレベルどころか、ステータスや使えるスキルや魔法まで全部知っている可能性がある。だけど自分から手の内を晒すような真似をする必要はないだろう。
「なるほどのう。最難関ダンジョンを攻略すれば、普通は自慢するものじゃが。アリウス、お主は若いのに隙がないのう」
シンがカラカラと好々爺のように笑っているけど、目は全然笑っていない。
そんな話をしているうちに次々と料理が運ばれて来る。
焼き魚に煮魚、蒸し物に揚げ物など海鮮料理のフルコースって感じだ。だけど上品な感じじゃなくて、大皿に豪快に盛られた魚介類がテーブルを埋めるように並べられる。
飲み物も俺たちは個別に注文したのに、それ以外にも様々な種類の酒が瓶と樽で大量に出されて、不愛想な店員は無言で配膳を終えると。直ぐに部屋を出て行った。
「無論、今日は儂の奢りじゃから好きに飲み食いしてくれ。足りなければ、勝手に注文して構わんからな。ガルド、お主も暴れんなら飲み食いして構わんが……次に暴れたときは容赦せんぞ」
シンはガルドに鋭い眼光を向ける。それだけでガルドは咳込みながら動けるようになった。物凄い形相でシンを睨んでいるけど暴れようとはしない。
ガルドが怒りをぶつけるように、酒を瓶のまま一気に飲み干して、料理をガツガツと食べ始める。
エイジが殺意を込めた視線をガルドに向けているのは、ガルドが『奈落』の『処刑人』で、正義を執行する対象だからだろう。だけどエイジも師匠であるシンには逆らえないから、黙って酒を飲んで料理を食べている。
エイジはこんな状況でもマナーを守って、ナイフとフォークで料理を口に運ぶ。ガルドは対称的に、獣のような見た目通りに手づかみで肉にかぶりついて酒を煽る。
グレイとセレナはそんなことなんてお構いなしで、料理を食べながらシンの様子を窺っている。エリクとエリスは他の全員の反応を観察しているな。
「シンさん、そろそろ本題に入らないか。俺に話があるんだろう? それにガルドがここにいる理由も説明してくれないか」
俺としては、シンの実力の一端を見ることができただけでも来た価値がある。ガルドが全然相手にならなかったこともそうだけど、ガルドの動きを封じたときの魔力の使い方は凄く参考になる。
「儂は回りくどい言い方は嫌いじゃからハッキリ言う。アリウス、お主は魔王アラニスを倒したくないか? お主が魔王を敵視していないこと解っておる。じゃが強さを求める者として、自分よりも強い者がおるなら倒したいと思わんのか? お主とグレイとセレナが儂らと共に戦えば、魔王アラニスすら倒せるじゃろう」
「そういう意味なら、いつか俺はアラニスと同じステージまで辿り着きたいと思っている。だけど倒したいとは思っていない。俺は誰かに勝ちたいんじゃなくて、自分が強くなりたいだけだからな」
これが俺の本心だ。もしもアラニスが俺の敵で大切なモノを奪うなら話は別だけど、相手の方が強いというだけじゃ戦う理由にはならない。正義や悪は立場で変わるから、そんなことは関係なくて、俺は自分が守りたいものを守るだけだ。
「アリウス、お主は変わっておるのう。これも師匠の影響か?」
「シンさん、確かに俺もあんたに勝ちたいと思ったことはないぜ。あんたよりも強くなりたいとは思うが」
「そうね、価値観の違いだと思うわ。弟子のアリウスに負けたくないとは思うけど、実際に戦って勝ちたい訳じゃないわ。アリウスよりも強くあり続けたいと思っているだけよ」
グレイとセレナの影響だというのは正解だな。二人が俺に道を示してくれた。だけど今になって思うことは、もし二人と出会わなかったとしても時間の問題だけで、結局俺は同じような道に進んでいたと思う。
ギリギリの戦いの中で自分が強くなっていくことが楽しく堪らなくて、死と隣り合わせの戦いを延々と続けることが、異常だって自覚はあるからな。
「儂はお主らが羨ましいのう。無論、お主らにも柵があるんじゃろうが、儂に言わせれば自由に生きておるように見える」
シンが目を細める。
「だったらシンさんも自由に生きれば良いじゃねえか。しがらみなんて全部捨てちまえば良いぜ。これまでのシンさんの功績を考えれば、誰も文句は言えねえだろう」
「グレイ、お主は簡単に言うがのう……いや、お主のことだから全部理解して上で言っておるのか?」
「シンさんのことを全部理解できる筈がないわ。他人のことを理解できないから、お互いに歩み寄る必要があるんじゃない」
「セレナ、お主も正論を……じゃが、それが道理というモノじゃな」
シンはまるで自分を嘲笑うように苦笑する。
「ぶっちゃけ、儂も魔王を倒すことが正義などと微塵も思っておらん。強いて言うならば、儂らは偽善者の片棒を担ぐ悪党じゃな」
しれっと言うシンに、エイジが信じられない顔をする。
「シン師匠……どういう意味ですか?」
「魔族という悪が存在するからこそ、教会勢力は求心力を保てる。魔族という共通の敵がいなくなれば、内乱で乱れる国も多いじゃろう。権力者の全てがそうだとは言わぬが、多くが魔族と人間の争いを終わらせることなど望んではおらん」
世の中は綺麗ごとだけで成り立っている訳じゃないし、シンが言っていることは事実だろう。まあ、転生する前の世界も同じようなものだったからな。
「今回の魔王討伐も勇者アベルが死んで、新たな勇者となったアリウスが魔王と戦うつもりがないと宣言したことで、手に入れられる筈だった利益を失った者が仕掛けたことじゃ。
勘違いせんように先に言っておくが、仕掛け人は教会勢力ではないぞ。教会勢力を利用して利益を得ようとした奴らじゃ」