57話:それぞれの想い
ソフィアが言ったように、ヨルダン公爵との戦いはすでに決しているけど。
エリクの騎士と諜報部の連中は、襲撃者たちの殲滅を続ける。
エリクは最後まで手を緩めるつもりはないみたいだな。
最後まで付き従っていた騎士が倒れて、ヨルダン公爵はついに1人になった。
「エリク、貴様だけは……」
それでもヨルダン公爵は怯むことなく、城壁の上のエリクを睨みつける。
「ヨルダン公爵、最後まで戦ったことには敬意を払うよ。だけど勝てない戦いに挑んだ時点で、貴族としては失格だね。公爵のせいで多くの人たちが全てを失ったんだから。
ああ、勘違いしないで欲しいんだけど。僕は今回の襲撃のことを言っているんじゃないよ。僕の命を狙った時点で、ヨルダン公爵の敗北は確定していたからね」
エリクはいつもの爽やかな笑みを浮かべながら、無慈悲に最後の命令を下す。
エリクの騎士の剣が、ヨルダン公爵の首を切り飛ばした。
「さあ、これで終わりだね。後始末はレオンに任せて構わないかな」
「はい、エリク殿下。1時間で終わらせますよ」
オールバックの第3課課長が指示を出すと、諜報部の連中が魔法で戦いの後始末を始める。
俺も戦いに関わったからな。全部やらせるのは悪いと思ったけど。気掛かりなことがあるから、レオンたちに任せることにした。
「兄貴、終わったのか」
別荘の中に戻ると、ジークが真っ先に駆け寄って来る。
戦いの音は中にも聞こえていた筈だから、状況を察しているんだろう。
「ああ。襲撃者は全て始末したよ。ヨルダン公爵を含めてね」
「そうか、さすがは兄貴だな……だけど、なんで俺の騎士を使ってくれなかったんだよ? 俺だって役に立ちたかったぜ」
ジークがめずらしくエリクに文句を言っている。確かにエリクはジークの申し出を断ったけどな。
「さっきも言ったよね。戦力は十分足りているって。それにジークは護衛なしで自分の身を守れるのかな? 僕が守ることを当てにして騎士を貸すと言われてもね」
そう言われたら、ジークは反論できないよな。
落ち込むジークに、サーシャは気遣わしげな顔をするけど。何も言葉を掛けることはできなかった。
「良いかい、ジーク。君は自分が何をすべきか真剣に考えた方が良いよ。たとえば今回も、護衛以外の戦力を事前に用意することもできたんだからね」
エリクはジークを諭すように告げる。突き放すようなことを言っても、結局エリクはジークのことを考えているんだな。
「襲撃者を全て始末したって……」
「マルス卿、そのままの意味だよ」
爽やかな笑みで応えるエリクに、マルスは顔を引きつらせる。
そう言えば、マルスの父親の枢機卿とエリクが取引して。ヨルダン公爵と繋がっている教会の新興勢力を、マルスをエサに今回の襲撃に関わらせて潰すって話があったよな。
だけど襲撃者の中に教会関係者は見当たらなかったし。教会と関わっているだけじゃ見分けがつかないからな。
まあ、エリクから何も聞いてないし。とりあえず今は放置だな。
それにしても。みんなはエリクがヨルダン公爵を殺したことを普通に受け止めているよな。
王族や貴族だから人を殺す覚悟ができているってことか。
マルスも襲撃者を殲滅させたことじゃなくて、エリクの実力を恐れている感じだからな。
権力争いの中で生きているから、マルスも覚悟はあるんだろう。
だけど、ミリアは違うからな。
ミリアはソファーに1人で座って、青ざめた顔をしている。
ミリアは転生者だし、この世界でも平民出身の『恋学』の主人公だからな。殺し合いとは無縁の世界で生きてきたんだろう。
この旅行に来ることはミリアが望んだことだけど。ミリアはこんな結末を想像していなかったんだろう。
みんなとの楽しい旅行の途中で何が起きるのか。ハッキリ言ってやるべきだったよな。
「ミリア、先に言っておくべきだったな。これまで俺やエリクが襲撃者を殺さなかったのは情報を聞き出すためで。戦う以上は理由がなければ、殺すことを躊躇ったりしないんだよ」
「そうよね。襲撃の話を聞いてから、私もこうなる可能性を少しは考えていたけど……ねえ、さっきアリウスは面倒な奴を片づけたって言ってたけど……」
「ああ。俺が殺したってことだよ」
俺はグレイとセレナと一緒に世界中のダンジョンを攻略して回ったけど。8年間ずっとダンジョンの攻略だけをしていた訳じゃないからな。
俺は人も沢山殺していて、人を殺すことに慣れているんだよ。勿論、理由はあったけどな。
「ミリアが嫌なら、こういうことに関わる必要はないからな。『恋学』の世界だけで生きるのは無理があるけど、戦いと無縁な生き方はあるよ」
だからってミリアに慣れて欲しいとは思わないよ。自分の感覚が普通じゃないって自覚くらいはあるからな。
「それは今さらよ。私はソフィアとサーシャの友だちだから。2人が生きている現実から目を背けるつもりはないわ。それに私はアリウスとだって……」
ミリアは強くなりたいって言ったからな。ソフィアやサーシャと一緒にいるために強くなりたいんだろうな。
「ミリア、だったら俺のことも頼ってくれよ。偉そうなこと言うつもりはないけど、俺はこの世界で色々経験しているからな」
「そうね。アリウスなら規格外の経験を沢山してそうよね」
ミリアが悪戯っぽく笑う。無理に笑っているのが見え見えだけどな。
「まあ、ミリアに呆れられても仕方ないと思うくらいにはな」
「呆れるなんて、私は……ううん、何でもないわよ。ねえ、アリウス。頼って良いって言ったんだから……」
ミリアが突然俺の手を握る。赤い顔で恥ずかしそうに視線を反らしながら。
「……責任は取って貰うからね」
まあ、こういうときは人の温もりが欲しいモノだからな。
恥ずかしがらなくても、俺は子供っぽいだなんて思っていないからな。
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アリウス・ジルベルト 15歳
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