閑話:エリクとエリス
※こちらも時系列的に前後しますので、閑話としました。エリスの恋人役についての内容が変わっていますが、Web版を書いた後に修正しました。現在、書籍版のための修正作業を行っておりまして、明日からは更新が不定期になると思います。
「エリク。私をハメるなんて、良い度胸しているじゃない」
エリクのサロンで侍女が入れた紅茶を飲みながら、私はエリクと正面から向き合っている。
「アリウスから、ドミニク皇太子を失脚させて、私との結婚を破談にさせると聞いたわ。そんなことをしても、ロナウディア王国の利益にならないことは、貴方なら解っているでしょう? 全く、エリクらしくないわね。どういうつもりなの?」
エリクが私のことを思って行動を起こしたことは解っている。だけどエリクも王族なら、王国の利益を第一に考えるべきだわ。
「姉上から見て、アリウスはどうでした?」
エリクは私の質問には答えずに、悪びれることもなく訊き返す。
「ダウリス宰相とレイアさんから息子がいることは聞いていたけど、史上最年少のSSS級冒険者だなんて聞いていないわ。だけどアリウスは自分の実力を少しも鼻に掛けていない。自分のことも私のことも、全部素直に話してくれたわ。王女としての私にも、女性としても一切興味がないけど、私という人間に興味があるなんて言われたのは初めてよ」
エリクが強かな笑みを浮かべる。私の反応がエリクの狙い通りってことね。悔しいけど、素直に認めるしかないわね。
「出会ったばかりの相手なのに、自分でも不思議に思うけど、私はアリウスを信じるわ。アリウスが嘘や適当なことを言うとは思えないの。アリウスには誰にも屈しない意思の強さと、優しさを感じるわ。本気で私のことを考えて、何の見返りも求めずに行動してくれる。そんな都合の良い相手なんて、普通なら信じないけど。アリウスだから信じられるのよ」
まるで初めて恋を知った少女のように、恥ずかしいことを言っている自覚はあるわ。だけどこれが私の素直な気持ちだから。
「さすがは姉上ですね。一度会っただけで、アリウスのことをそこまで見抜くなんて。ジークやソフィアもアリウスの影響を受けて良い意味で変わりました。やっぱり、アリウスを姉上を会わせて正解でしたね」
エリクは笑うどころか、当然という顔をしている。
「アリウスは僕にとって特別なんですよ。こんなことを言うと己惚れていると思うでしょうが、僕は誰にも負けるつもりはありませんでした。たとえ今は勝てなくても、いつか必ず追い越してみせると思っていました」
エリクが追い越すつもりの相手には私も含まれている。私も弟に負けるつもりはないけど。
「ですがアリウスと出会って、僕は自分の尺度では測れない相手がいることを知りました。出会った五歳の時点でアリウスは想像を超えていましたが、僕よりも早く成長するから絶対に追いつけない。アリウスは強いだけじゃなくて、父親のダリウス宰相に匹敵する才覚の持ち主です。今の僕では力不足ですが、僕はアリウスと肩を並べて歩いて行くと決めました」
エリクは才能だけじゃなくて、弛まぬ努力を続けている。そんなエリクが負けを認めるなんて。嬉しそうに話すエリクが私には意外だった。
「エリクがそこまで他人を認めるなんて、あの女以来じゃない?」
この瞬間、エリクの雰囲気が一変する。笑顔のままだけど目が笑っていない。
「姉上、昔のことを言うのは止めてください。もう過ぎたことです。今の僕にとって彼女は越えるべき高い壁ですよ」
エリクの反応を見れば、決して過去のことじゃないことは解る。だけどある意味で、私とドミニクの結婚を破断にさせるよりも面倒な問題だから。今のところは、これ以上踏み込まない方が良いわね。
「そう言えば、言い忘れていましたが。アリウスが『伝言』で、姉上の恋人役をやると言って来ましたよ。ロナウディア王国に帰国した姉上と激しい恋に落ちた年下の男。こんな筋書きで如何ですか?」
「どういうこと? アリウスは何を考えているのよ!」
そんなことをしたら、アリウスがドミニクの標的になる。自分の顔に泥を塗った相手にドミニクが容赦する筈がない。どんな手を使っても、アリウスを叩き潰そうとする筈だわ。
「訳が解らないわ。アリウスは王女としても女としても、私に興味がないって言っていたのに……」
「アリウスが恋愛に興味がないのは本当です。自分が矢面に立てば、ドミニクの悪意を僕や姉上から逸らせると考えたんですよ。確かにその方がドミニクに勝つ確率が上がりますし、姉上が気にやむことはありませんよ。アリウスはそういう奴ですから」
私の反応にエリクが、してやったりという顔をする。
「アリウスは自分のリスクを承知の上で、目的を果たすためなら手段を選ばない。どうすれば勝てるか、それだけを考えているんです。勿論、アリウスはドミニクに負けるなんて、一切考えていませんから」
普通に考えれば、アリウスがやろうとしていることは、傲り以外の何ものでもないわ。だけどエリクが止めないのは、アリウスなら問題ないと思っているってことね。
「アリウスのことだから、婚約者を奪った自分の悪評なんて気にしないと思うけど。アリウスを想って傷つく娘がいるんじゃないかしら」
自分のことを真剣に考えてくれるアリウスに惹かているのが、私だけの筈がないでしょう。他にもアリウスを想っている人がいるのに、たとえ役でもパッと出の私が恋人になるなんてフェアじゃないわ。
「ねえ、エリクはアリウスの交友関係に詳しいわよね? アリウスに恋人役を頼むかどうかは、周りの人たちに会ってから考えるわ」




