3-35話
開始から数秒でドーガが倒されたことに、客たちは唖然としている。
「なあ。俺が勝ったってアナウンスはしないのか?」
職員に声を掛けても反応はない。しかないかと、俺は『拡声』の魔法を発動する。
「俺はアリウス・ジルベルト。ロナウディア王国の貴族だ。闘士ランキング八位のドーガだったか? 八位って言っても、大したことないんだな」
この瞬間、客席から一斉にブーイングと罵声が飛ぶ。だけど歓声も上がっているから、全員を敵に回した訳じゃないみたいだ。質実剛健のグランブレイド帝国の人間の中には、ドーガに勝った俺を認める奴もいるってことだろう。
「あいつら、アリウスをこのまま帰すつもりはないみたいね」
観客席から飛び降りて来たジェシカが言う。他のみんなが観客席に残っているのは正解だろう。ソフィア、ミリア、ノエルの三人が心配そうな顔をしているけど、俺は安心させるように頷く。
ジェシカの視線の先には、闘士が登場するゲートがあって。殺気だった顔の闘士たちがゾロゾロと出て来る。
「今回は俺の自業自得だからな。ジェシカは手を出すなよ」
「解ってるいわよ。あいつらがアリウスに手を出さない限りね」
いや、全然解ってないだろう。
登場ゲートから現れた闘士は全部で一五人。勝者に称えられた闘士たちも、俺たちを取り囲むように集まって来る。全員殺気立っているな。
ジェシカは闘士たちを睨みながら『収納庫』、から愛用のバスタードソードを取り出す。まだ鞘に入れたままだから問題ないだろう。
「おい、てめえ……どんな卑怯な手を使ったんだ?」
「ドーガさんが、てめえなんかに負ける筈がねえだろう!」
ああ、こういうパターンか。
「俺は普通に殴っただけだよ。派手に吹き飛ばしたから疑っているのか? だったら今度は自分たちで試してみるか? 俺は構わないけど」
「おい……ふざけやがって!」
「女を連れているからって、イキがるんじゃねえぞ!」
「こんな奴、フクロにしちまえ!」
ホント、簡単に挑発に乗るよな。客たちが見ている前で、こいつらをボコボコにするのは俺としては都合が良い。『索敵』と『鑑定』で闘士全員の位置と強さはすでに把握している。ジェシカも自分の身を守るくらいは問題ないだろう。
「おい! おまえら、止めろ! 客が見ているだろう! しかも相手は貴族だ!」
さすがに闘技場の職員は状況が解っているようだけど。
「やるにしても、控え室に連れ込んでからにしろ!」
おい、全部聞こえているからな。
だけど頭に血が上った闘士たちは、職員の言葉なんか聞いていない。客席からも『やっちまえ!』とか、無責任なヤジが聞こえる。
「おい、てめえら。馬鹿な真似をするんじゃねえ!」
不意にドスの利いた低い声が響く。闘士たちが一斉に振り向くと、登場ゲートから赤い鎧の男が現れる。
年齢は三○代半ばってところだ。顔中に傷があって眼光が鋭い強面。使い古された鎧は血のように赤く、左右のガントレットから鉤爪ような三本の突起物が突き出ている。
「「「「「ディ・ア・ス! ディ・ア・ス! ディ・ア・ス!」」」」」
強面の闘士の登場に客席が沸き立つ。
闘士たちが当然のように道を空けて、ディアスはゆっくりと歩いて来る。
「おい、王国の貴族様は、悪ふざけが過ぎるみてえだな。腕自慢なのは解ったからよ。俺とも遊んでくれや」
「あんたが闘士ランキング二位『鮮血』のディアスか」
情報収集は冒険者の基本だからな。ドミニクに喧嘩を売ると決めた時点で、上位の闘士の情報くらいは把握している。
「俺のことを知っているとは光栄だぜ。だがその上で引かねえとは、俺も舐められたもんだな」
負けることなんて微塵も考えていない自信。ディアスの自信は踏み越えてきた修羅場の数と、実力に裏打ちされたモノだろう。こういう奴は嫌いじゃない。
「別に舐めている訳じゃないけど、俺は負けるつもりはないよ」
こいつが出て来るとは思わなかったけど。上位の闘士を倒した方が、ドミニクを煽るには都合が良い。
「まあ、そんなに慌てるな。これは予定通りのエキシビションマッチだろう?」
ディアスがニヤリと笑う。
「おい、俺を倒した奴の賞金は幾らだ?」
ディアスが職員を促すと、これがエキシビションマッチ第二試合で賞金は金貨五○○枚だとアナウンスされる。いや、そんなことで誤魔化せる筈がないだろう。試合ということにすれば、少なくとも暴力事件にはならないってことか?
「アリウスなら解っていると思うけど、こいつ……結構強いわよ」
ジェシカが剣に手を掛けたままディアスを見据える。
「ああ、解っているよ。おまえが心配するほどじゃないけどな」
今回は俺が名前を名乗った後だから、俺の名前もアナウンスされる。闘士ランキング二位『鮮血』のディアス対、挑戦者『ロナウディア王国の貴族』アリウス・ジルベルト。
石敷きの試合場で、ディアスと対峙する。ディアスは肩の力を抜いた構えで、挑戦者に対する王者のように俺が仕掛けるのを待っている。
俺が仕掛ければ一瞬で終わるけど、さっきと同じパターンでまた疑われても面倒だし。どうせなら目立つように派手に演出するか。
「なあ、ディアス。遊んでやるから、好きに仕掛けて来いよ」
自分で言いながら馬鹿っぽいと思う。まるでバトル漫画の悪役みたいだな。
「……良いぜ、遊んでやるよ!」
言葉とは裏腹にディアスは油断なく、ゆっくりと距離を詰める。八位のドーガを瞬殺した奴に油断するような甘い奴じゃないな。
間合いに入った瞬間、ディアスは一気に加速する。足元を狙うローキック。続けざまに左右の拳を放つ。その一撃一撃が速くて正確で、鎧を貫通するほどの威力がある。
ディアスと戦った相手は鮮血に塗れて倒れるしかない。だから『鮮血のディアス』って呼ばれているらしいけど、相手が俺じゃなかったらって話だ。
「おい……何の冗談だよ?」
ディアスの攻撃は全部命中したけど、俺はノーダメージで一歩も動いていない。
別に『絶対防壁』を使った訳じゃない。魔法を使ったら卑怯な手を使ったと文句を言われるだろう。普段の俺なら絶対にやらないけど、ディアスのレベルとステータスなら俺のDEFだけで防げることは解っていたからな。
「なあ、もう終わりなのか?」
本音を言えば、こんな恥ずかしい台詞を言いたくないけど。これも噂を流してドミニクを煽るためだ。
「言うじゃねえか……ふざけるんじゃねえぞ! まだまだ、これからだぜ!」
ディアスは全力で攻撃を続ける。だけど幾ら殴っても俺には効かないからな。
傍から見ると熱いバトルに、観客たちが盛り上がっている。だけど当のディアスは、俺との実力の差に気づいている。このまま精神的に痛ぶるような真似は、さすがにしたくないな。だから腹に一発入れてディアスを床に沈める。
予想外に湧き上がる歓声。やっぱりグランブレイド帝国の人間にとっては、強さこそが正義ってことだな。
「俺が勝ったんだから、さっさと賞金を出せよ」
別に金が欲しい訳じゃないけど、これも演出のためだ。唖然としている職員を急かして、金貨が詰まった二つの袋を持って来させる。
まだ俺のことを睨んでいる闘士もいるけど、目の前でディアスを倒した俺に掛かって来る奴はいない。
俺は再び『拡声』を発動する。
「ホント、闘士なんて大したことないな。俺が気に食わない奴がいるなら、いつでも挑戦を受けるから。俺はアリウス・ジルベルトだ。この名前を良く憶えておけよ」
俺は袋に詰まった金貨をバラ蒔く。
「今日は俺の奢りだ。この金で好きに飲み食いしてくれ」
観客たちがさらに歓声を上げる。唖然とする職員と闘士たちを残して、俺は試合場を立ち去る。
「ねえ、アリウス。もし私が困ったときも、同じことをしてくれる?」
ジェシカが真剣な顔で俺を見ている。
「ジェシカ、何を言っているんだよ。当たり前だろう」
俺が応えると、ジェシカは嬉しそうに腕に抱きつく。
「ありがとう、アリウス!」
いや、お礼を言われるようなことはしていないだろう。観客席のソフィアとミリアがジト目で見ているし、そんなに密着するなよ。




