3-32話
エリクたちがグランブレイド帝国に向かってから三日後の午後。エリクから帝都に到着したと『伝言』が届いた。
三番目の最難関ダンジョン『冥王の闘技場』から戻ると、『転移魔法』でグランブレイド帝国に向かう。
俺はグランブレイド帝国の帝都に来たことがあるから、帝都に直接『転移魔法』することもできる。だけど今回はドミニク皇太子とトラブルになることが確定しているから、不法侵入のような形で帝都に入るのは不味いだろう。
念のために『認識阻害』と『透明化』を発動した状態で、帝都近くの荒野に『転移魔法』する。『索敵』で周りに人がいないことを確認してから魔法を解除、普通に歩いて帝都の門を通ることにした。
グランブレイド帝国の帝都グランエッジは人口二○○万人の大都市だ。一○m近い高さの三重の外壁に囲まれた城塞都市は、巨大な要塞って感じだ。
外壁の上には巨大なバリスタが幾つも置かれているし、グランブレイド帝国が誇る竜騎士たちが帝都を守っている。竜騎士と言っても大半が乗るのはワイバーンで、本物の竜を駆るのは極一部だけど。
街並みもロナウディア王国の王都はもっと開放的だけど、帝都グランエッジは壁に囲まれた空間に建物が詰め込まれた感じだ。
普通は王族が他の国を訪れるときは、相手の国が用意した公邸に泊まることになる。だけど今回はエリクがグランブレイド帝国の皇帝に話を通して、非公式の訪問という形にしたから市中の宿屋に泊ることになった。帝国の施設に泊まると行動が制約されるからだ。
宿屋と言っても貴族の邸宅のような建物で、しかもエリクは建物ごと借り切っていた。
「アリウス、思っていたよりも遅かったじゃない」
宿屋に着くと、俺のことを待っていたのかミリアが入口で迎える。
「普通に門から帝都に入ったから時間が掛かったんだよ。帝都の中に直接『転移魔法』する訳にもいかないだろう」
「言われてみればその通りね。アリウスのことだから、いつも普通じゃ考えられないことをすると思ったけど。そういうところは、さすがに抜け目がないわね」
ミリアと二人で宿屋の中に入ると、一階のフロアでグレッグたち冒険者や傭兵上がりのエリクの護衛たちが待機していた。
「今回もアリウス卿が動くなら、俺たちの出番は限られてくるな」
「いや、そんなことはないだろう。相手はグランブレイド帝国の皇太子だからな。グレッグたちに頼むことも多いと思うよ」
エリスとソフィア、ノエルが二階から降りて来る。
「アリウス君、いらっしゃい!」
「少し時間が掛かったから、途中から歩いて帝都に来たんでしょう? アリウスだから大丈夫だとは思っていたけど、余計なトラブルに巻き込まれていないか心配したわ」
ソフィアは鋭いから、俺の行動を読んでいたみたいだな。
「ところでアリウスは、お腹が空いているんじゃない? 貴方のことだから、私たちと別れた後ずっとダンジョンに行っていたのよね」
なんかエリスにも見透かされている感じだな。
「まあ、腹は減っているけど」
「だったら、すぐに用意するわ」
用意させるんじゃなくて、用意するって言うのがエリスらしいな。
みんなと一緒に宿屋の食堂に向かうと、広い空間に幾つもテーブルが並べられていて。その一つでエリクが灰色の髪をオールバックにした二○代後半の男と話をしている。
王国諜報部第三課課長レオン・グラハム。ダリウスの腹心の部下で、学院のダンジョン実習以来、エリクの指揮下で行動している。今回も先乗りでグランブレイド帝国に来て、エリクのために情報を集めていた。
「アリウス、ようやく主役の登場だね」
「エリク、茶化すなよ。何か話があるなら、メシを食べながらでも構わないよな」
エリスが厨房から料理を運んで来る。パンに肉を挟んだサンドイッチとか、短時間できるボリュームのあるメニューだ。ホント、エリスは俺のことが良く解っているよな。
「とりあえず、ドミニクと明後日の午前中に会うことになったよ。アリウス、君にも同席して貰うからね」
帝都に到着してから数時間で、もうそこまで話が進んでいるのか。さすがはエリクってところか。俺はエリスの恋人役だから、ドミニクと直接会った方が話は早いだろう。エリクがどこまで話したか知らないけど、ドミニクを挑発することには成功したみたいだな。
「お膳立ては整ったわね。エリクは情報収集を続けるみたいけど、明日は時間ができたことだし、みんなで帝都の観光でもしない? 私が案内するわよ」
俺もドミニクに会うまでやることがない。だからメシを食べたら、また『冥王の闘技場』に挑みに行くか。そう思っていたんだけど――
「ねえ、アリウス。まさか直ぐにダンジョンに行くつもりじゃないわよね?」
ミリアがジト目で見ている。
「ミリア、アリウスには何かやることがあるんだから仕方ないわ。だけどアリウス、あまり無茶はしないでね」
ソフィアが心配そうな顔で俺を見る。俺が何のためにダンジョンを攻略しているのか、ソフィアは薄々察しているようだな。
「それは私だって解っているけど……」
ミリアが俺を止めようとしたのも解った上で、あまり無茶をさせないためってことか。
「わ、私はアリウス君のために何もできないけど……一緒に帝都の街を見てみたいな」
ノエルは俺から目を逸らして呟く。さすがに俺もここまで言われると――
「たまには、みんなと観光するのも悪くないな。今日と明日は俺もオフにするよ」
このところ、ずっと休まずに『冥王の闘技場』を攻略していたからな。たまには休息を取ることも必要だろう。
「「「アリウス《君》……」」」
ミリア、ソフィア、ノエルの三人が嬉しそうな顔をする。エリスも自分の問題にみんなを巻き込むのは嫌みたいだし、ここは素直に従っておくか。
「アリウス、来ていたのか」
ここでサーシャを連れたジークが入って来る。これまでジークとサーシャがいなかった理由は、二人だけ『恋学』モードでデートを楽しんでいた訳じゃない。
「俺たちをずっと監視している奴らがいた。だけどさすがに手は出して来なかったな」
ジークとサーシャはお気楽なカップルのフリをしてドミニクの襲撃を誘ったんだろう。自分たちがエリスのためにできることをしようと思って。勿論、諜報部の連中が姿を隠して周囲を護衛していたんだろう。
「ジーク、サーシャ、ありがとう。だけど私のために、あまり無茶なことはしないでね」
エリスの二人を見る目が優しい。そうは言っても、二人が自分のために行動してくれたことが嬉しいんだろう。だけど自分の問題に二人を巻き込みたくないのも事実だろう。




