3-30話
「クソ……どうして私の攻撃が当たらないんだ!」
イシュトバル王国の王宮にある修練場。勇者アベル・ライオンハートはSSS級冒険者序列一位のシン・リヒテンベルガーと模擬戦をしている。だがアベルが何度攻撃してもシンに掠りもしない。
「お主は戦いを舐めておるようじゃな。そんな素人同然の動きで、儂に当てられる筈がなかろう。お主は剣術の基礎からやり直す必要がある。まずは毎日素振り一万回。無論、只安穏と剣を振るだけじゃダメじゃからのう。自分の動きと魔力の流れを捉えて、正確に同じ動きを続けるんじゃ」
「今さら、そんなことができかるか! 私は勇者だぞ!」
「そんなことを言ておるから、アリウスの小僧にむざむざと敗北するのじゃ」
「貴様……それを誰から聞いた? 私はアリウスに負けてなどいない!」
イシュトバル王国の王宮でアベルがアリウスと戦ったことを、イシュトバル王国は一切公言していない。そしてアベル自身は戦いの最中に魔王アラニスが乱入したことで、アリウスとの戦いは決着がつかずに終わったと自分を誤魔化している。
「のう、アベル王太子。儂も暇じゃないんじゃ。本気で強くなる気が無いなら、儂は手を引くぞ。儂が言った通りにすれば、お主は確実に強くなれる」
「……その言葉に二言はないな? 良いだろう、貴様に暫く付き合ってやる」
アベルの鍛錬が終わって。シンが自分に宛がわれた部屋に戻ろうとすると、アリサ・クスノキが待ち構えていた。
「なあ、シン・リヒテンベルガー。あんた、どういうつもりなんや?」
「どうもこうもないわ。儂は冒険者ギルド本部の依頼で動いているだけじゃからのう」
冒険者ギルドの依頼に強制力はない。しかし断ることで睨まれて、条件の良い依頼が回って来なくなる。最悪の場合は、難癖をつけられて冒険者ギルドから除名される可能性もある。だから大抵の冒険者は余程の理由がない限り、依頼を断ることはない。
だがSSS級冒険者のシンほどの実力者が除名される筈がないし、仕事は向こうから幾らでもやって来る。だから冒険者ギルドの依頼など簡単に断ることができる筈だ。
「冒険者ギルド本部の依頼だから顔を立てた……って訳やないな。|もっと上《・・・・
》が動いているってことか」
冒険者ギルドは国から独立した組織であり、如何なる束縛も受けない――というのは、あくまでも表向きの話で。国という存在ではないが、冒険者ギルドが金と権力で支配されていることをアリサは知っている。
「のう。お主がどこまで知っているか解らんが、滅多なことを言うモノじゃない。お主がSSS級冒険者になれる実力がありながらならんのも、その辺が理由じゃろうが。せいぜい竜の逆鱗に触れぬように気をつけることじゃな」
シンの反応からアリサの予想は当たっているのだろう。
(これは追加報酬を貰わんと割が合わへんな。シンが敵に周ったら、さすがにアリウスはんも厄介なことになるで。冒険者ギルド本部がどこまで介入するつもりか、きっちり調べんとな)
※ ※ ※ ※
夏休みまであと二日。カーネルの街でみんなとジェシカを引き合わせた後、俺は学院をサボって三番目の最難関ダンジョン『冥王の闘技場』に挑み続けている。
少なくともソフィア以外の四人は、俺との関係を深めたいと思っていることが解った。俺もみんなのことは大切な友だちだと思っているし、関係を深めたいとは思っている。だけどそれは異性としての関係じゃない。みんなが良い奴だから、俺はみんなのために何かしたいと思っている。
マルシアが、俺がみんなを頼ろうとしないって言ったけど、その通りだな。俺はみんなを守りたいと思うけど、何かをして欲しいとは思わない。
俺が頼るとしたら師匠のグレイとセレナ、父親のダリウスとレイア、それにエリクくらいか。アリサとは利害関係で付き合っているから頼るのとは違う。それにグレイたちや両親、エリクにしたって、俺が死にそうになったときに頼ろうと思っている訳じゃない。俺にできないことができるから力を借りたいと思っているだけだ。
結局のところ、俺は戦うことと、自分が強くなることしか考えていないと思う。最難関ダンジョンで命を削るような戦いをしているときに、他のことは一切考えていないからだ。
全身の感覚を研ぎ澄まし、思考と反応速度を限界まで加速させて、戦うことだけに集中する。一〇〇分の一秒を争う瞬間が堪らなく楽しいんだ。だからみんなには悪いけど、俺は自分が恋愛するなんて考えられない。
そして俺は終業式に出ることもなく夏休みを迎えた。試験の成績が良かったから何の問題もない。
エリクから『伝言』で三日後にグランブレイド帝国に向けて出発するととう連絡があった。だから俺はそれまで毎日、一日中『冥王の闘技場』を攻略することにした。
アリサからSSS級冒険者序列一位のシン・リヒテンベルガーが勇者アベルを鍛えていることは聞いている。だけどアベルと勇者同盟軍ことは向こうが動き出すまで待つしかないからな。
問題はシンが勇者同盟軍に参加した場合だけど、そのときは戦うしかないだろう。俺は勇者同盟軍の『魔族の領域』への侵攻を止めると決めたからな。




