3-23話
五人前のランチブートを持ったバーンがやって来て、俺たちは食事を始める。
「エリス、旨そうだな。食べて良いのか?」
「勿論よ、アリウスのために作ったんだから。さあ、遠慮なく食べて」
「じゃあ……うん、美味いな。エリスは料理が上手いんだな」
お世辞じゃなくて、エリスの料理は本当に美味かった。素材が良いのもあるけど、味付けが完璧で形や並べ方も整っている。丁寧に作った感じがする。
「そう言ってくれると嬉しいわ。私は何事も自分でやってみないと気が済まないのよ。基本的なことを知らないと、人に何も言えないから」
こんなエリスを王族らしくないと思う奴もいると思うけど。
「エリスの気持ちは、俺もよく解るよ。人に訊く前に自分で調べるのが基本だと思うし、知識だけじゃ解らないことも多いから、俺も自分で試してみるな」
「そうでしょう。アリウスと私は気が合うわね」
エリスが嬉しそうに応える傍らで、他のみんなはエリスに遠慮しているのか無言だ。
「あら、ごめんなさい。せっかくだから、みんなでお喋りしましょう。ねえ、ミリア。普段のアリウスってどんな感じなの?」
いきなり話を振られて、ミリアは一瞬戸惑う。だけどミリアは物怖じしない性格だからな。
「アリウスは授業をサボり捲るから、生徒としては不真面目だと思います。だけどみんなとの約束は必ず守ってくれる。それに相手のことを良く見ていて、真剣に考えて悪いところは指摘してくれる。ホント、優しくて面倒見が良いんですよ」
「へー……そんな感じなんだ」
エリスが悪戯っぽく笑って俺を見る。
「いや、約束を守るのは当然だろう。それにミリアが言うほど、俺は人の面倒なんて見ていないからな」
「そんなことはないわよ。アリウスはみんなのことを守ってくれるし、朝練にも付き合ってくれているじゃない。私たちはアリウスに助けられてばかりだわ」
「そうだよ。アリウス君は私に勉強を教えてくれるし。みんなと友だちになれたのも、アリウス君のおかげだよ」
ミリアとノエルが真剣な顔で言う。だけど俺は好きでやっただけで、大したことはしていないだろう。
「なあ、親友。アリウスに感謝しているのは俺も同じだぜ。俺が少しは強くなれたのも、アリウスが教えてくれたからだ」
何だよ、バーンまで。おまえの笑顔は暑苦しいから止めろって。
「バーン殿下、みんなもアリウスが困っているわよ。アリウスのことだから、自分は大したことをしていないって思っているに決まっているわ」
ソフィアは相変わらず、俺のことが良く解っているな。だけどソフィアまで困った顔をすることはないだろう。
「アリウスはみんなから本当に好かれているみたいね。素直に認めないところも可愛いわよ」
「エリス、だから俺を揶揄うなって」
「エリス殿下、私からも訊いて良いですか」
ミリアは真っ直ぐにエリスを見る。
「エリス殿下とアリウスが昨日一緒だったことは、エリク殿下から聞いています。だけど会ったばかりなのに、アリウスと随分親しそうですね」
ソフィアとノエルもエリスをじっと見る。エリクがみんなに話していたのか。別に隠すようなことじゃないけど。
「そう見えるなら嬉しいわ。たぶん私も貴方たちと同じよ。アリウスは私のことを真剣に考えてくれて、私が思い違いをしていることに気づかせてくれたわ」
エリスが嬉しそうに俺を見る。
「私はアリウスのことをまだ良く知らないけど、誰よりもアリウスのことを知りたいって思っているわ」
「エリス殿下、それって……」
ミリアにしてはめずらしく言い淀む。
「ねえ。ミリア、ノエル。いきなりやってきて、強引なことをやっていると思われても仕方ないけど。私は貴方たちの邪魔をするつもりはないわ」
エリスはミリアの視線を正面から受け止める。
「だけど貴方たちに負けるつもりもないわ。私は私のやり方で、やりたいようにやる。貴方たちも自分の気持ちに素直に行動すれば良いと思うわ」
ミリアはエリスを見つめたまま。
「ええ、解りました。エリス殿下、受けて立ちますよ」
「ミリア、貴方とは良い友だちになれそうね。ノエルも自分のやり方で頑張りなさい」
「え……あの……が、頑張ります」
エリスは満足そうに頷くと、ソフィアの方に視線を向ける。
「ソフィア、貴方も自分の気持ちに素直になった方が良いわよ」
「エリス殿下、すみません。私には殿下が何を言いたいのか解りません」
戸惑うソフィアに、エリスは優しく笑い掛ける。
「ソフィアがそれで構わないなら、私が口出しすることじゃないわ。だけどアリウスは貴方にも何をすべきなのか、教えてくれたんじゃないの?」
俺とソフィアのことを、エリスはどこまで知っているのか。全部知っているような口ぶりだな。
「ソフィアがビクトリノ公爵家を守りたい気持ちも、エリクの役に立ちたいという気持ちも解るわ。だけど自分が本当に何をしたいのか。後悔だけはしないようにね」
ここまであからさまだと、俺にもエリスが何をしたいのか解る。
宣戦布告――大げさかもしれないけど、そういうことだな。
「なあ、エリス。悪いけど、俺にそのつもりはないからな」
ここまでハッキリした態度を取られて、いい加減なことを言うつもりはない。
俺はみんなのことを大切な友だちだと思っている。エリスのことも、エリスという人間には興味がある。エリスのことをもっと知りたいと思うし、エリスのためにできることをしたいと思う。だけど俺は恋愛には興味がないからな。
「アリウス、そんなことは解っているわよ」
エリスは自信たっぷりに笑う。その笑顔が眩しくて、俺は思わず見惚れてしまう。
「だけど今はって話よね。私は貴方の気持ちを絶対に動かして見せるわ」




