3-21話
エリスと別れると、俺は実家であるジルベルト家の邸宅に向かう。俺が行くことは『伝言』で伝えてある。
「アリウス。おまえにしてはめずらしく、久しぶりって感じじゃないな」
勇者アベルの件では父親のダリウスと母親のレイアにも心配を掛けたから。魔族の国ガーディアルから戻ったその日に実家に顔を出して、とりあえず俺が無事だったことを伝えた。
魔王アラニスとガーディアルのことについても大よそのことを伝えてある。アラニスにボコボコにされたことは、これ以上心配させたくないから言わなかったけど。
すでに午後一○時を過ぎているから、双子の弟と妹のシリウスとアリシアはもう眠っている。まあ、アベルの件を報告したときに二人に会っているから問題ないだろう。
「それでアリウスの用件は、エリス殿下のことでしょう?」
エリスがグランブレイド帝国から戻って来たことは、父親のダリウスと母親のレイアも当然知っているだろう。だけど俺の考えを見透かしたようなレイアの発言は、今日俺とエリスが一緒にいたことを知っているってことか?
「父さんと母さんは、どこまで知っているんだよ?」
「グランブレイド帝国のドミニク皇太子とエリス殿下の結婚を破談させる計画に、おまえが関わっていることについてか? エリク殿下から話は聞いている。俺たちに無断でアリウスに協力させる訳にはいかないと、エリク殿下が気を遣ってくれたんだ」
「さっきまでアリウスとエリス殿下がデートしていたことも知っているわよ。アリウスも隅に置けないわね」
母親のレイアがニマニマする。だから知られたくなかったんだよ。
「言っておくけど、俺とエリスはエリクにハメられただけだからな」
「あら。エリス殿下のことを呼び捨てにするなんて、本当に隅に置けないわね」
これじゃ話が進まないだろう。
「全部知っているなら話が早い。俺とエリクはドミニク皇太子に喧嘩を売るつもりだけど、父さんと母さんも承諾済みと考えて構わないな?」
「おまえが自分で決めたことなら、止める理由がないだろう」
「アリウスを止めても無駄なことは解っているわよ」
下手をすれば国際問題に発展することだけど、二人は平然と答える。
「その上で教えて欲しいんだけど、国王陛下は俺とエリクがどこまでやることを許容すると思う?」
俺とエリクは今回の件で手段を選ぶつもりはない。勿論、グランブレイド帝国とロナウディア王国の関係が抉れないように注意して行動するつもりだ。
だけど優先順位はエリスのことが第一で、二つの国の関係は二の次。エリクがやることだから、そこまで心配していないけど。最悪のことも想定しておく必要がある。
「どんな結果になっても許容すると思うわ。国王陛下はエリス殿下とドミニク皇太子を婚約させたことを後悔しているから」
ダリウスが答えると思ったけど、答えたのはレイアだった。
当時七歳のエリスと一一歳のドミニクが婚約したとき。ドミニクの本性がクズだと、誰も見抜けなかったらしい――エリク以外は。
ドミニクが本性を現わすようになったのは一五歳になった頃。陰で悪巧みをするようになったドミニクに、グランブレイド帝国の皇帝はそれとなく何度も忠告したそうだ。
だがドミニクは表向きは皇帝に従っても、裏で悪巧みを繰り返した。見かねた皇帝はロナウディア王国のアルベルト国王に、エリスとの婚約を解消することを提案したらしいけど、婚約解消を拒んだのは他ならぬエリス自身だった。
「エリス殿下はロナウディア王国のことを第一考えているわ。自分が犠牲になれば王国の利益になるなら、それを厭わない人よ。だからエリク殿下からエリス殿下とドミニク皇太子の結婚を破談にさせる話を最初に聞いたときは、私は正直に言うと賛成する気になれなかったわ。エリス殿下の覚悟を踏みにじることになると思ったから」
エリスがグランブレイド帝国の大学に留学する一年ほど前まで、社交界に一切顔を出さないエリスも母親のレイアとは仲が良かったらしい。
「だけどエリク殿下から、エリス殿下がグランブレイド帝国でどんな目に遭ったか聞いたわ。アリウスがやる気になったのは、エリス殿下も同意したってことよね?」
「エリクは姉のエリスのことを本当に大切に想っている。だけどエリス本人が望んでいないならエリクを止めることも考えたよ。俺はエリスの本心を知ったから、どんなことをしてでもドミニクとの結婚を破談にさせるつもりだ」
「だったらアリウス――一切、遠慮なんてしなくて構わないわ。たとえグランブレイド帝国との関係が抉れたとしても、私とダリウスがどうかするから。アリウスは全力でエリス殿下を助けてあげて!」
「ああ、母さん。俺もそのつもりだよ」
母親のレイアがこんなに言い方をするのはめずらしいけど。それだけエリスのことを想っているってことだな。
エリスのことは、これで問題ないだろう。
「話は変わるけど、父さんと母さんにもう一つ話すことがあるんだ。これまで黙っていたけど、俺はソロで最難関ダンジョンを攻略している」
グレイとセレナに自分から話すと約束したからな。父親のダリウスと母親のレイアが目を丸くする。
「二人に黙っていたのは悪かったよ。だけど安全マージンは取っているし、俺としては、そこまで無茶をしているつもりはなんだ。だからできれば止めないでくれると助かるよ」
父親のダリウスと母親のレイアは無言のままだ。それだけショックだってことか?
じっと答えを待っていると、どういう訳か二人が突然笑い出す。
「いや、済まない。何を言い出すのかと思えば、そういうことか」
「アリウスは私たちが気づいていないと思っていたのよね」
つまり二人はとっくに気づいていたってことか?
「さすがに俺たちも元冒険者だからな。学院に通うようになってからも、おまえがどんどん強くなっていくことは気づいていた。グレイとセレナのパーティーを抜けたことは知っているから、SSS級冒険者のおまえが強くなる理由を考えれば、ソロで最難関ダンジョンを攻略しているとしか考えられないだろう」
そう言われてみれば、元SS級冒険者の二人が気づかない方がおかしいか。
「だけどアリウスが無茶をすることを許容した訳じゃないわ。言っても聞かないと解っているから文句を言わないだけよ。貴方も親になれば、私たちの気持ちが解ると思うわ」
父親のダリウスと母親のレイアは俺のことを本当に理解してくれているんだな。
そんな二人に心配させて、本当に申し訳ないと思う。だけど俺は強くなることを諦めるつもりはないし、絶対に死なないと約束することはできない。死なないことを前提で戦うようなやり方じゃ、俺が目指す強さに――魔王アラニスと同じステージに辿り着くことはできないだろう。
「父さん、母さん。礼を言うようなことじゃないのは解っているけど、俺のことを見守ってくれてありがとう」
だから、こんなことしか言えなかった。




