3-17話
「史上最年少のSSS級冒険者って話だから、いけ好かない奴かと思ったけど。アリウスは性格も悪くないみたいね」
突然の言葉に驚く。俺がSSS級冒険者だってエリスにバレているのか。
「エリクから聞いた訳じゃないわよ。これでも私はロナウディアの第一王女だから、それなりの人脈はあるわ。それに私が確信したのは、たった今よ」
つまりカマを掛けられたってことか。やっぱり、エリスは侮れないな。
「俺がSSS級冒険者ってことは、今は関係ないだろう?」
「あら、誤魔化さないのね。ロナウディア王国宰相の息子が世界に一○人しかいないSSS級冒険者だってバレると、色々と面倒じゃない?」
「エリスがバラしたらな。だけどバラしても別に構わないよ。俺が貴族を辞めれば済むだけの話だからな。まだ子供の弟と妹に宰相を継ぐことを押しつけることになるけど、そのときは全力でサポートするよ」
エリスはマジマジと俺を見る。
「アリウスは本当に貴族の地位に執着していないみたいね。だけど貴族の責任を放棄するなんて、無責任だと思わないの?」
「ジルベルト侯爵家に家臣はいないからな。だからもし弟と妹も侯爵の地位を継がなくても、形だけ治めている領地を王国に返還するだけの話だ。侍女や家庭教師とか雇っている人はいるけど、次の就職先を紹介することくらいできるし。今の俺なら今後の生活を保証する金を渡すこともできるからな」
俺の回答に、エリスは納得しなかった。
「だけど育ててくれたご両親や弟と妹に対して、無責任なことをするのは変わらないわよね」
「その通りだな。相手が家族というだけで、俺は責任を放棄することになる。だけど仮にジルベルト家に家臣がいたとしても、結局、俺は同じ選択をすると思うよ。みんなには悪いけど、貴族を辞めるか冒険者を辞めるかの二択なら、俺は貴族を辞める」
「それって無責任なことが解っているのに、自分の我がままを押し通すってことよね」
エリスが言っていることは正しい。だけど――
「ああ、俺は我がままなんだよ。自分がやりたいことを、人のために止めるつもりはない。 迷惑を掛けた奴には、できるだけのことをするつもりだけど。開き直っていると言われたらその通りだしな」
「アリウスは自分のためなら、他人を犠牲にしても構わないって思っているの?」
エリスは責めるように俺を見る。
「いや、それとこれとは別の話だ。大切な人のことを俺は守りたいと思う。だけど俺がジルベルト家を継ぐことが、大切な人を守ることに繋がるとは限らないだろう。
俺は他人の期待や責任に縛られることが正解だとは思わない。結局、選択するのは自分だからな。自分の頭で考えてどんな選択をしたとしても、自分がしたことの責任を取る覚悟があれば良いと思っているよ」
どんな結果になっても自分で責任を取れるなんて、己惚れている訳じゃない。責任を取れないことを罵られたり、その罪を背負うことも含めて覚悟しているだけだ。結局のところ、俺は自分がやりたいことしかやるつもりはないんだよ。
エリスは俺を見つめたまま、しばらく黙っている。海のように深い青の瞳が、俺の真意を見定めようとしているようだ。
「ねえ、アリウス。そんな風に言えるのは、貴方が強いからよね?」
「俺より強い奴はたくさんいるけどな。それに強さには色んな意味があるだろう。俺に言わせれば、エリスは十分強いと思うけど」
「それって、どういう意味かしら?」
エリスの瞳が挑発するように光る。まあ、この反応は予想していたけど。
「エリスの実力なら、ドミニク皇太子と結婚しない選択肢もあるんじゃないかってことだよ。俺はエリスのことを良く知らないから、それこそ無責任なことは言えないけど。エリスなら他の手段でロナウディア王国に利益をもたらすこともできるんじゃないか?」
今の俺に解るのは、エリスのレベルとステータスにスキルくらいだけど。それだけでもエリスという人間が才能だけじゃなくて、弛まぬ努力を続けて来たことが解る。
「アリウス。もしかして、私のことを口説いているの?」
「いや、そうじゃないって。だけど俺がエリスに興味があるのは本当だし。今日話してみて、エリスという人間にもっと興味が湧いたよ」
「それは……光栄ね。私もアリウスに物凄く興味があるわ。色々な意味でね」
エリスは揶揄うように笑う。俺と一歳違いの筈だけど、こういう表情をするとエリスは大人っぽく見えるな。
「エリスが本気で他の選択肢を選ぶなら、俺にできることは協力するよ」
エリスとドミニク皇太子の結婚を破談にするために協力すると、エリクに約束したからじゃない。俺はエリスの力になりたいと本気で思っている。
「ねえ、アリウス。本当に私のことを口説いている訳じゃないのよね?」
エリスがジト目をする。
「だから、さっきから言っているだろう。俺はエリスという人間に興味があるんだよ。エリスが本気なら、俺にできることをしたいと思うくらいにね」
「良いわ。今日のところは、そう言うことにしてあげる」
エリスは満面の笑みを浮かべる。何がそんなに嬉しいのか良く解らないけど、一点の曇りもない綺麗な笑顔だと思う。
「そう言うことも何も……まあ、良いけどさ」
「ねえ、アリウス。真面目な話はこれくらいにして、今日は私をエスコートしてくれるのよね? エリクの店を選ぶ趣味は良いから、ちょっと期待しているんだけど」
急に話を変えてエリスもマイペースだな。そういうところは、如何にもエリクの姉って感じだ。
「一緒に夕飯を食べる約束だからな。エスコートくらいするけど」
「それってエリクとの約束だから、仕方ないってこと?」
エリスが意地の悪い顔をする。だけど、そっちがその気なら――俺はエリスとの距離を詰めて、海のように深い青の瞳を覗き込む。
「ア、アリウス……な、何を……」
突然のことに慌てるエリスに、俺はニヤリと笑う。
「仕方ないなんて、そんな筈がないだろう。こんなに綺麗なエリスをエスコートできるなんて光栄だよ」
俺としては揶揄い返したつもりだけど、何故かエリスは真っ赤になった。




