3-16話
※ソフィア視点※
「ソフィア……どうかしたの?」
アリウスが乗る馬車を見送った後、ミリアが私を見て心配そうな顔をする。
「いいえ、何でもないわ」
別に心配するようなことじゃないのは本当のこと。馬車の御者席にいた老婦人はロゼッタ・ウイリアム、エリス殿下の側近だわ。だから馬車の中にエリス殿下がいたのは間違いない。
どうしてアリウスとエリス殿下が一緒にいるの? アリウスはエリク殿下も一緒だって言っていたけど、殿下の姿は見えなかった。
「アリウスは出掛けたようだね」
不意の声に振り向くと、エリク殿下がいつもの爽やかな笑みを浮かべていた。とういう状況か解らないミリアが驚いている。
「エリク殿下……アリウスと一緒じゃなかったんですか?」
「僕は急用ができてね。姉上のことをアリウスに任せたんだよ」
「え……アリウスが言っていたもう一人って、エリス殿下だったんですか?」
ミリアが複雑な表情をする。たぶんこれはエリク殿下の差し金だって、ミリアも気づいたみたいだけど。エリク殿下の意図が解らないのは私も同じだわ。
「僕は姉上のことで、アリウスに頼み事をしたんだよ。これからアリウスは姉上と関わることになるから、二人ともお互いを知る必要があると思ってね」
エリク殿下が私とミリアの考えを見透かしたように言う。自分が仕組んだことを隠すつもりはないみたいね。
「エリク殿下は……アリウスに何をさせたいんですか?」
ミリアが訝しそうにエリク殿下を見る。
「君たちには先に行っておくけど、僕はアリウスを面倒なことに巻き込むことになる。申し訳ないけど、これ以上のことは言えないんだ」
「エリク殿下、それって……」
エリス殿下絡みの面倒なことと言えば簡単に想像がつく。勿論、エリク殿下もそれが解った上で言っているのね。
「これは僕たちの問題だけど、君たちは君たちで好きに行動してくれて構わないよ。特にソフィア……君は僕の婚約者としてじゃなくて、自分の気持ちに素直に行動すれば良い。僕に言えることは、それだけだよ」
エリク殿下はそう言うと、私たちに背を向けて立ち去ろうとする。
「エリク殿下、待ってください! それって、どういう意味ですか?」
「答えを出すのは僕じゃなくて君自身だ。ソフィア、僕は君がどんな答えを出しても歓迎するよ」
エリク殿下は振り向かずに、そのまま行ってしまう。
「ソフィア……私はアリウスに会ったら、どういうことか直接訊くわ」
ミリアがアリウスのことをどう想っているのか私は知っている。ミリアは私の大切な友だちだから。
アリウスも私にとって大切な友だち。だからアリウスがまた無茶をするような状況になるなら、アリウスのために何かしたい。私がアリウスの力になれるか解らないけど。
※ ※ ※ ※
俺とエリス王女は馬車に乗って、王都の街中をゆっくりと移動している。エリス王女が御者に何か指示をした訳じゃないから、エリクの意図を感じる。
夕食の時間までまだ時間があるけど、エリス王女はどこに行っても目立つからな。馬車という密室の中が、誰にも聞かれずに話をするには一番良いんだろう。
勿論、『防音』は発動済みだ。
エリス王女は黙ったまま、じっと俺を見ている。まだ半信半疑というか、俺を疑っているよな。まあ、簡単に信じる筈がないか。
「貴方は女としても、王女としても私に興味がないと言ったわよね。だったら私のことはエリスって呼びなさい。私も貴方のことをアリウスって呼ぶわ」
「じゃあ、遠慮なく。エリスが貴族が嫌いな理由って何だよ?」
エリスは一瞬唖然とすると、突然クスクスと笑い出す。笑われるようなことを言った憶えはないけど。
「本当に呼び捨てにして、いきなりタメ口なのね。エリクのことも呼び捨てにしているから、何なのよと思っていたけど。貴方ってあのダリウス宰相の子息なのに、貴族としての常識がないのね」
エリスも父親のダリウスには一目置いているみたいだな。ダリウスは一番下の爵位である騎士爵から王国宰相になったから、成り上がりと陰口を叩く貴族は多い。だけどダリウスの実力を疑う奴はいないからな。
一八年前の『ロナウディアの危機』を救った実力もそうだけど。父親のダリウスは王国宰相になってからも政治的な手腕を発揮して、王国内外の問題を次々と解決して来た。
「貴族としての常識ね……知識としては知っているけど、正直どうでも良いと思っているよ。エリクを呼び捨てにするは友だちだからって言っただろう。エリスにタメ口で話すのも、呼び捨てにするならタメ口で構わないと思ったからだ。嫌なら止めるけど?」
「別に嫌じゃないわ。普通は私が呼び捨てにしてと言っても断るから驚いただけよ。私に気に入られようとして、わざとやっている訳じゃないのよね? 私も貴族の仕来りは好きじゃないわ。勿論、それが必要なことを理解した上でね」
国を統治するには権威主義が手っ取り早く、この世界の国の大半は権威主義だ。貴族の仕来りは権威主義に基づいて、権威主義を解りやすく教えるために存在する。
仕来りによって社会が機能している訳だから、仕来りは必要なんだろう。だけど仕来りに拘る貴族は、目的と手段を履き違えていると思う。仕来りという形にすれば解りやすいけど、そんなものは俺に言わせれば思考停止だ。
「権威主義の貴族社会と、仕来りに拘って思考停止した頭の固い貴族たち。そんな奴らと話しても面白くないから、エリスは社交界に出なかったってことか」
「その口ぶりだと、アリウスも私と同じ考えのようね。私は王族や貴族に生まれただけで自分は特別だと勘違いしている人や、自分たちの既得権を守るためにそれを強制する貴族社会が嫌いなのよ」
文句を言っているけど、エリスは楽しそうだな。まあ、王女のエリスがこんなことを考えているなんて、他の奴には言えないからな。
「エリスがそう考えるのは、国王陛下の影響が大きいのか? 俺は何回か会ったくらいだけど、陛下は貴族たちの反対を押し切って、うちの父親を王国宰相にした張本人だからな」
「そうね。陛下は権威主義を上手く利用しながら、王国の利になることなら手段は選ばない強かな人よ。私も陛下のことを尊敬しているわ」
エリスの柔らかな笑みは、父親に対する親愛と尊敬の両方を感じさせる。だけどその父親がエリスを政略結婚の道具として使ったんだよな。
「なあ、エリスはグランブレイド帝国に二度度と行くつもりはないって言っていたけど。それってどこまで本気なんだよ?」
「ドミニク皇太子を含めて、帝国の皇族も貴族も脳筋な人が多過ぎるのよね。だからウンザリしたのは事実だけど……」
エリスは仕方ないかという感じで苦笑する。
「アリウスはもう解っているみたいだけど、二度と帝国に戻らないって言ったのは本気じゃないわ。私がドミニク皇太子と結婚することが、ロナウディア王国の利益になることは解っているもの。自分の我がままを通すほど私は子供じゃないわ」
エリスが突然王国に帰って来たのは、自分が言いなりになるだけの飾りじゃないという意思表示で。これくらいのことで王国と帝国との関係がおかしくならないと計算した上の行動らしい。
ドミニク皇太子がエリスを力づくで自分のモノにしようとしたことは言わない。今日初めて会ったような俺にそこまで話す筈はないし、ドミニク皇太子から逃げて帰って来たことを認めたくないエリスの意地を感じる。
「だけどエリクには、ドミニク皇太子に二度と帝国に戻らないと伝えろって言っていたよな」
「あら、エリクが素直に伝える筈がないわよ。あの子が計算高いことは、私が一番良く解っているもの。エリクがいるから、私も安心して帝国に行けるのよ」
天才と呼ばれるエリスとエリクは、エリスがドミニク皇太子と婚約するまで王位を継ぐライバル関係にあると言われていた。だけどエリクのことを話すエリスは、如何にも弟に対する姉の態度って感じで、ライバルに対する敵対心なんて微塵も感じない。
「なるほどね。エリスとジークとの仲はどうなんだよ?」
「ジークはエリクと自分を比較してばかりいたから心配だったの。だけど理由は解らないけど、久しぶりに会ったあの子は変わったわ。何か吹っ切れたみたいで、自分らしく生きようとしている。私とドミニク皇太子のことも、自分にも相談してくれって生意気なことを言っていたわね」
ジークもエリスのことを心配していたけど、話をすることができたみたいだな。エリスにとってはエリクもジークも同じように可愛い弟なんだろう。
「アリウスはジークとも仲が良いの?」
「まあ、それなりには。あいつは普段悪ぶっているけど、本当は素直で良い奴だからな」
「アリウスは解っているじゃない。エリクが貴方を私に会わせた理由が少し解った気がするわ。もしかしてジークが変わったのは貴方の影響かしら?」
エリスが悪戯っぽく笑う。
「史上最年少のSSS級冒険者って話だから、いけ好かない奴かと思ったけど。アリウスは性格も悪くないみたいね」




