3-11話
その日の夜。エリクから『伝言』が来て、俺は二日後にエリス王女と会うことになった。
「アリウス、そろそろ始めるか」
「ああ。グレイ、セレナ、よろしく頼むよ」
俺はグレイとセレナと最難関ダンジョン『太古の神々の砦』に来ている。だけど、ひさしぶりに三人でダンジョンを攻略ためじゃない。
最難関ダンジョンの広大な空間を使って、魔王アラニスを想定した模擬戦をするために、俺たちはここに来た。
俺の当面の目的はアラニスに一撃を入れることだ。グレイとセレナも今後何が起こるか解らないから、アラニスがどれだけ強いか知っておく必要がある。
だからアラニスと実際に戦った俺が、二人と同時に戦ってアラニスと比較することで、アラニスの強さを測ろうってことになった。
「じゃあ、アリウス。最初から遠慮なく行くわよ」
セレナは『絶対防壁』を多重展開すると同時に、光の球体を無数に出現させる。まるで魔王アラニスが黒い球体を出現させたように。
この光の球体はセレナが魔力を集束させたモノだ。魔力操作が上達すれば、魔法の威力と精度は上がる。だけど魔法には属性があるから、相性の悪い相手には効果が落ちるし。魔法的な構造が制約になって、魔力を効率的に使うにも限界がある。
結局のところ、魔力操作を突き詰めて行けば、純粋な魔力で攻撃した方が確実にダメージを与えられるってことだ。
俺も剣で戦うときはスキルを使わないで、魔力操作だけで戦っている。魔力操作を極めたセレナは、攻撃魔法を発動する代わりに収束させた純粋な魔力を放つ。
超高速で飛来する光の球体の集中砲火を『短距離転移』で躱す。だけど俺の動きを予測したグレイが先回りしていた。
「アリウス、遅えぜ!」
グレイが左右の手に持つ二本の大剣に、膨大な魔力を込めて叩き込む。音速の数倍の速度で放つ大剣の連撃に、俺は黒と青の二本の剣で応戦する。
そこにセレナが『短距離転移』で背後に回って、無数の光の球体を再び放つ。
俺の師匠で、俺のことを知り尽くしたグレイとセレナの容赦ない同時攻撃。だけど魔王アラニスのように回避不能な魔力の波動を放つ訳じゃないし。今の俺なら二人の動きに反応できる。
光の球体を『短距離転移』で回避すると、グレイが当然のようについて来る。だけどそれくらいは予想していた。
俺は一気に最加速して、黒と青の剣がグレイの『絶対防壁』を全部削る。そこにセレナが無数の光の球体を同時に操って、不規則な動きと時間差で放って来る。
それでも最難関ダンジョンの広大な空間を埋め尽くすほどの数じゃない。俺は光の球体の間を擦り抜けるように駆け抜けて、セレナの眼前に迫る。
「接近戦なら自分に有利と考えたなら甘いわよ」
セレナは魔力を集束させた光の壁を出現させる。面積が広ければ普通なら魔力の集束度が低い筈だけど。魔力操作を極めたセレナなら、極限まで集束させた魔力で壁を作ることができる。
光の壁が俺を押し潰すように迫る。だけど俺だって魔力操作の精度は上がっている。
二本の剣に全力の魔力を込めて叩き込む。収束した魔力同士が正面からぶつかってスパーク。黒と青の二本の剣は、セレナの光の壁を真っ二つにする。
「アリウス、やるじゃない。でも、まだこれからよ!」
「おお、そうだな。アリウス、そろそろ俺たちも本気を出すぜ!」
グレイとセレナが獰猛な笑みを浮かべる――ああ、そう来なくちゃ。俺も二人と同じように笑っていた。
俺は思考速度と反応速度を限界まで加速させて、グレイとセレナと戦い続けた。
「ねえ、グレイ、アリウス……さすがに終わりにしない?」
「ああ……予想はしていたが。俺とセレナが全力でも、魔王アラニスには全然届かねってことか」
「アラニスの強さは次元が違うからな……俺と戦っても汗一つ掻いていなかったよ」
俺とグレイとセレナは二時間ほど戦い続けた。途中で何度か戦いを止めて、二人の動きとアラニスを比較して、戦い方を変えてみた。だけど結論を言えば、グレイとセレナ二人掛かりどころか、そこに俺が加わったとしても、今の俺たちじゃアラニスには全く歯が立たないってことだ。
「それにしてもアリウスは、俺たちのパーティーを抜けてから大した時間は経ってねえが、随分と成長したじゃねえか」
「そうね。私とグレイを相手にして、ここまでやるとは思わなかったわ」
グレイとセレナが嬉しそうだ。弟子の俺の成長を喜んでくれているんだろう。
「グレイとセレナに比べたらまだまだよ。二人は本気で俺を殺すつもりで戦った訳じゃないだろう?」
本気で戦ったと言っても、二人から殺意を感じた訳じゃない。あくまでも模擬戦で出せるレベルの本気だから、実戦レベルの本気なら結果は変わっていたかも知れない。
「そんなことを言ったら、アリウスも同じだろう。まあ、それは良いが……おまえ、ソロで最難関ダンジョンを攻略しているだろう? さっきの魔物との戦いぶりを見たら解るぜ」
ソロで最難関ダンジョンを攻略していることは、グレイとセレナにも話していない。だけど今回『太古の神々の砦』で模擬戦をやるために、一階層に出現した魔物を俺が一人で殲滅したから、二人にはバレたみたいだな。
「別に隠すつもりはなかったけど、まだ攻略の途中だからな。グレイとセレナには全部攻略してから放すつもりだったんだよ」
俺とグレイとセレナは三人で五番目の最難関ダンジョンまで攻略済みだ。だからすでに攻略済みのダンジョンをソロで攻略したって報告するのは、子供が自慢するみたいで嫌だった。
「まあ、アリウスの気持ちも解らなくはないわね。だけど茶化したりしないから、教えなさいよ。何階層まで攻略済みなの?」
「まだ半分も進んでいないからな。『冥王の闘技場』の二階層までだよ」
俺の言葉にグレイとセレナが一瞬固まる。
「『冥王の闘技場』の二階層って……『太古の神の砦』と『魔神の牢獄』はソロで攻略済みってことか?」
「一応、ソロでラスボスに完勝するまで攻略したけど。さすがにソロだと火力不足で苦労したよ」
「……アリウスの魔力操作が妙に上達していたから、どうしたのかと思ったけど。これで納得したわ。アリウス、貴方は本当に無茶をするわね」
セレナが呆れた顔をする。
「ダリウスとレイアは……当然、知らないわよね?」
「ああ。グレイとセレナに報告しなかったのはそれも理由だよ。二人が知ったら、父さんと母さんにも伝えるだろう? だけどセレナはそう言うけど、俺自身は無茶しているつもりはないんだ。ギリギリだけど死なない程度の安全マージンは取っているし、撤退するタイミングを間違えるほど馬鹿じゃないよ」
ギリギリの戦いをしないと強くなれないし、魂を削るような戦いが楽しくて堪らない。だけど過信して死ぬのは間抜けだから、敵の力を見極めて引くときは引く。
だから俺としては何の問題もないけど、この感覚を理解してくれるのはグレイとセレナくらいだろう。
「まあ、アリウスが何を言いたいかは解るが。俺たちが知っちまった以上、ダリウスとレイアに黙っている訳にもいかねえだろう。アリウス、一週間時間をやるから、おまえが自分で話せよ」
「そうね。せめてソロで最難関ダンジョンを攻略しているってことだけでも」
父親のダリウスと母親のレイアもグレイとセレナと一緒に『太古の神々の砦』を攻略済みだからな。ソロで最難関ダンジョンに挑むのがどういうことか、実体験から想像できるだろう。
「ああ。グレイ、セレナ、解ったよ」
父親のダリウスと母親のレイアが反対しても、止めるつもりはないけど。




