3-2話
しばらく床に寝転んで休んでいると、MPが少し回復した。
俺は『完全回復』で傷を癒す。これで身体は元に戻ったけど、MPがまだ全然足りないからな。今はまだアラニスに再戦を挑むつもりはない。
魔王アラニスが風呂に入るように勧めるので、配下の魔族の案内で浴場に向かう。今の俺は汗だくだけど、アラニスは汗一つ掻いていない。
魔族の国ガーディアルの王宮は浴場も巨大で、湯気のせいで端が見えない。魔導具のシャワーで汗を洗い流して、プールのような浴槽で身体を温める。
浴場を出ると執事のような服を着た魔族が待っていた。二○代後半に見えるけど、魔族は寿命が長いから本当の年齢は解らない。だけどハッキリしているのは、こいつが二○○○レベル超えの強者だってことだ。
「イルシャ・バウラスと申します。アラニス陛下より、アリウス殿を食事に招待するように承りました」
イルシャに案内されて王宮の最上階に向かう。そこは壁一面がガラス張りのように透明な部屋で、バルコニーの先から魔族の街を見渡せる。
アラニスに聞いたけど、この街は魔都クリステラと言うらしい。極彩色の建物が距離を空けて立ち並んでいる。建物の数が少ないから、人口はそこまで多くないだろう。だけど街全体の面積はロナウディア王国の王都に匹敵する。
広い部屋の中にあるのは、中央にテーブルセットが一つ。あとはサイドテーブルの上に、氷で冷やした瓶が置かれている。他には何もない。
給仕役らしい魔族が俺のグラスに瓶の中身を注ぐ。飲んでみると口当たりの良い果実系の甘い酒だ。
「アリウス、待たせたようだね」
アラニスが部屋に入って来る。黒い天鵞絨のドレスから、少しラフな赤いドレスに着替えている。超絶美人なアラニスは黒ずくめの格好していないと、とても魔王には見えない。
アラニスの合図で料理が運ばれて来る。
料理はどれも貴族が好むような上品な感じじゃなくて、肉の塊がそのまま皿に載っているような豪快な感じだ。だけど決して雑に調理した訳じゃなく、断面が綺麗にカットされている。
「あれだけ死力を尽くしたのだから、腹が減っているだろう。アリウス、遠慮なくて食べてくれ」
「ああ。そうさせて貰うよ――うん、美味いな」
スパイス控えめで素材の味を生かした料理は俺好みだ。次々と料理を平らげて行く俺を、アラニスは面白がるように見ている。
「喜んで貰えるのは何よりだが、私が毒を盛るとは思わないのか?」
「アラニスが俺を殺すつもりなら、いつでも殺れるだろう」
今、この瞬間も、俺の命は絶対的強者であるアラニスに握られている。だけどアラニスは俺を殺す気がないみたいだからな。
今ならアラニスが『転移阻害』を発動していないから、逃げることもできる。だけど俺はアラニスと、もっと話がしたいと思っている。
「君たちは本当に良い度胸をしているね。私の実力を知った上で平然と振舞うなんて、君たちのような人間に会うのは初めてだよ」
『索敵』に反応した微かな魔力で、ずっと二人と一緒にいた俺には解ったけど、アラニスも気づいているのか。俺の師匠のグレイとセレナが魔力を隠した上に『認識阻害』と『透明化』を発動して近くにいる。
二人が俺のことを心配して駆けつけてくれたことは解っている。そんな二人には悪いと思うけど、もう少し待っていて貰う。俺はアラニスの真意が知りたいんだよ。
「アラニスなら勇者たちを殲滅するなんて簡単だろう。なんでイシュトバル王国の王宮までわざわざ来て、ほとんど何もしないで帰ったんだ?」
アラニスは勇者アベルに力を見せつけたけど、結局殺さなかった。
「アリウス、何度も言わせるな。私を討伐しようという愚かな勇者に、挨拶をしに行っただけだ」
「じゃあ、質問の仕方を変えるけど。あのタイミングでアラニスが現れた理由は何だよ? 偶然にしては出来過ぎているだろう」
俺がアベルを追い詰めたタイミングを狙ったようにアラニスは現われた。
「君たちが面白そうなことをしていたから、終わるまで待っていただけの話だ」
これで一応説明がつくけど、俺を魔族の国ガーディアルに連れて来たのは、たまたま俺がイシュトバル王国の王宮にいたからか?
アラニスは最初から俺の名前を知っていた。つまりアラニスには俺の情報を掴む手段があるってことだ。己惚れている訳じゃないけど、俺がイシュトバル王国に行ったタイミングを狙った可能性がある。
「アリウス、私の質問にも答えてくれないか。君は人間なのに勇者と敵対しているようだが、君の目的は何だ?」




