306話:ミリアの記憶
「アリウスと二人きりなんて。ホント、久しぶりね」
俺は今、ミリアの部屋で二人でいる。
俺とミリアが転生者だってことは、みんなには伝えてあるけど。これから話すことは、ミリアと俺の前世に関わることだから。まずはミリアに伝えようと思ったんだ。
「ミリアにも……みんなにも悪かったと思っているよ」
「そう言ってくれるだけで十分よ。アリウスにはやることがあった訳だし。私たちは一人じゃないから……アリウスのことが大切なみんなと一緒だから、不安なことはなかったわよ。勿論、アリウスの傍にいたかったけど」
ミリアは幸せそうな顔で、俺の肩に頭を乗せる。
「アリウスがダンジョン攻略を止めるとは思わないけど。これからは、ほどぼとにしてよね」
ミリアが悪戯っぽく笑う。
「ああ、そうだな。これからは、みんなと一緒にいる時間を増やせると思うよ」
ダンジョンの神になったことで、俺にとって都合の良い力を手に入れたからな。
「アリウス、物凄く嬉しいわ。だけど私はアリウスが戦いが好きなことは解っているから。戦うことを止めろとは言わないわよ」
ミリアは俺にとって、本当に良くできた奥さんだな。
そんなミリアに俺は言うことがある。このまま知らなかったと、シラを切ることもできるけど。
「なあ、ミリア。話は変わるけど。俺とミリアが同じ転生者なのは、今さらの話だけど。前世の俺とミリアのことと、ミリアが前世の記憶を思い出せない理由を、俺は最近になって知ったんだよ」
「アリウス。それって……」
ミリアが驚いたように大きく目を見開く。自分の失った記憶を取り戻せると思って、期待しているのが解る。
「期待させて悪いけど、良い話ばかりじゃないんだ。だけど俺はミリアに嘘はつきたくないし。ミリアも本当のことを知りたいだろう?」
「そうね……だけど、どんなことを聞いても今さらだもの。私とアリウスの関係は変わらないわ。私が好きになったのはこの世界のアリウスだから」
ミリアの瞳は揺るがない。
「ああ、そうだな。じゃあ、俺が元ダンジョンの神から聞いた話を伝えるけど――」
俺とミリアは前世で幼馴染みだった。俺が『恋学』を全ルートクリアするまで、一緒に付き合った幼馴染みが、前世のミリアだったんだ。
だけど俺はある事件に巻き込まれて突然死んで。俺が死んだことを知った後、ミリアも俺とは関係ない事故で死ぬことになる。
この世界に転生するときに、ミリアは転生することを拒んだ。
俺が同じ世界に転生したことを、ミリアは知らなかったから。俺がいない世界に転生などしたくないと。
だから俺たちをこの世界に転生させた奴は、ミリアの記憶を消して。この世界に転生させた。
俺たちをこの世界に転生させた奴――そいつが誰かってことは、元ダンジョンの神である草薙渉も知らないそうだ。
転生に関わっているのは、神たちとは別の存在で。神たちが創ったこの世界に、ときどき勝手に干渉するらしい。
草薙渉がミリアが転生したときのことを知っているのは、神たちの『魂の記録』を知るスキルによるものだ。
俺という存在に興味を持った草薙渉は、まずは俺の『魂の記録』を調べて、俺が転生者であることを知って。俺に関わる者たちを調べているうちに、ミリアのことを知った。
「中途半端な情報で悪いけど……つまりミリアは記憶を消されて、無理矢理この世界に転生されたんだよ」
こんなことを伝えても、ミリアは理不尽なことをされたと知るだけだし。前世で俺とミリアが馴染みだって知ったところで、今さらどうと言う話じゃないだろう。
「そうなんだ……私が転生することを拒んだから、記憶を消されて……」
ミリアが泣いている。余計なことをしたかと思って、俺が謝ろうとすると。ミリアが唇で俺の口を塞ぐ。
長いキスの後。ミリアは嬉しそうに微笑む。
「アリウス。勘違いしないでよね……私はほんの少しだけど、前世のことを憶えているのよ。だけど一緒に『恋学』で遊んでくれた大切だった誰か……その人を思い出せないことが、ずっと心残りだったわ。それがアリウスだったなんて……実はそんな気はしていたけど。嬉しいに決まっているじゃない!」
ミリアが思いっきり俺に抱きつく。俺もミリアを抱きしめる。
「なあ、ミリア。この世界に俺たちを転生させた奴の目的は、結局解らないままだし。ミリアの記憶を消したことは許せないけど。この世界でミリアやみんなと会わせてくれたことだけは、感謝しているよ」
「そうね、アリウス……勝手に転生させたことは別にして。私とアリウスは転生したから再び会えた訳だし。みんなに出会えたのも、この世界に転生したからだから」
俺とミリアは話をして。他のみんなにも俺たちの前世ことを伝えることにした。
俺とミリアの前世の関係を知っても、俺たちの関係は変わらないだろう。




