302話:犯罪都市国家の支配者
俺の『索敵』の効果範囲は半径10kmを超えている。だからフレッドが高難易度ダンジョン『マリージアの断罪』のどこにいるのか、直ぐに解った。
フレッドを助け出すまでに2日間も掛かったのは、フレッドの家族とアーチェリー商会の人間の安全を確保する必要があったからだ。
デュランを手引きした奴は、アーチェリー商会の幹部の一人で。身内を誘拐した東方商会の連中に脅されて、アーチェリー商会の本社の中に魔道具で転移ポイントを作った。デュランは誰にも発見されることなく、『転移魔法』で直接中に入ることができた。
これからはアーチェリー商会内部のチェック体制を強化して。社員の中にも戦力を忍ばせておく必要がある。
「アリウス。こっちとしては、悪くねえ取引だが。他人のために幾ら使うつもりだ? てめえはつくづく、お人好しだな」
俺は非合法組織『奈落』の支配者ガルドに、アーチェリー商会への潜入を依頼した。
『奈落』は殺しを生業にする組織で。暗殺のために潜入に長けた連中がたくさんいる。
俺はアーチェリー商会の会長であるフレッドの父親に接触して。商会の社員の中に『奈落』の暗殺者を紛れ込ませる同意を得た。形の上ではアーチェリー商会の正式な社員としてだ。
アーチェリー商会の本社と各支店に暗殺者を送り込んだから、結構な金が掛かったけど。金で解決できるなら問題ない。売れば市場が崩壊するレベルの大量の魔石を、俺は持っているからな。
魔導具体対策も『魔法感知』を発動する魔道具をアーチェリー商会の各所に配備した。
あともう一つ。今回の件で解ったことがある。ここ最近、マバール王国の始祖級ヴァンパイアとか、2,000レベルを超える魔物が突然出現する事件が頻発しているけど。デュランのレベルは以前に会ったときと大差なかった。つまりRPGの神は勇者以外の人間には、直接力を与えるこてはできないってことだな。
翌日。俺は『犯罪都市国家』ドータの路地裏にある安酒場で、男と差し向かいで酒を飲んでいる。
「俺のシマで好き勝手しやがって」
年齢は40歳半ば。黒髪に無精髭。浅黒く日に焼けた肌。鋭い眼光で、皮肉な笑みを浮かべる男はリアン・ヴェート。SSS級冒険者序列2位で『犯罪都市国家』ドータの実質的な支配者だ。
『犯罪都市国家』ドータは盗賊が勝手に造った都市で、国として認められていない。だから国家元首も存在しないし。ドータの支配者と公言すれば、ドータが犯した様々な犯罪の責任を追求されることになる。
だからリアンは自分からドータの支配者と公に名乗ることはない。
「オルテガから話は聞いたが。高難易度ダンジョン『マリージアの断罪』は俺のモノだ。勝手に荒らしてるんじゃねえぞ」
「それはデュランも同じだろう。俺はデュランに用があっただけで、ダンジョンの魔物には手を出していないからな」
「デュランのことは問題ない。あいつの依頼人が金を払ったからな」
つまりデュランは初めからフレッドを『マリージアの断罪』に連れて行くつもりだったのか。
『マリージアの断罪』を支配しているはSSS級冒険者の中でもオルテガに匹敵する実力者のリアンだから、足止めくらいできると思ったんだろう。
「アリウス。この落とし前を、どうつけるつもりだ?」
「リアンさん。今さら金を払えば済むって話じゃないんだろう」
俺はリアンと面識はないけど。情報収集は冒険者の基本だからな。リアンのことも当然調べてある。
リアンは実力だけでのし上がって、法にも権力にも支配されない『犯罪都市国家』ドータの主になった。ある意味では、俺と似ているかも知れないな。
「俺の面子はそんなに安くねえからな。この世界で見縊られたら終わりだ。それくらい、おまえも解っているだろう?」
『犯罪都市国家』ドータが独立を保っているのは、力を示しているからだ。勿論、大国が攻め込めばドータを滅ぼすことはできるけど。リアンを敵に回すのはリスクが大き過ぎる。
「じゃあ。俺が『自由の国』の国王として、『犯罪都市国家』ドータに正式に謝罪するってのはどうだよ?」
「アリウス、おまえ……自分が何を言っているのか、解っているのか?」
「ああ。勿論、理解しているつもりだよ。『自由の国』はドータの犯罪行為に加担するつもりはないけどな」
国王の俺が正式に謝罪するってことは、『自由の国』が『犯罪都市国家』ドータを国として認めることになる。
リアンは金でデュランがしたことを見逃したけど。別にデュランの味方をした訳じゃないし。東方教会とは金だけの関係みたいだからな。
「なるほど……師匠が馬鹿だと、弟子は大馬鹿になるってことか。良いだろう、アリウス。おまえの提案を受け入れるぜ」
実は俺の師匠のグレイとリアンはお互いを認め合う気の置けない関係らしい。
「アリウス。デュランの奴のことはどうするつもりだ?」
デュランが殺したのはアーチェリー商会の人間だし。デュランをどうするかはフレッドに任せるつもりだったけど。
『デュランには罪を償って貰う。甘いって言われるかも知れないけど。デュランを殺しても、死んだ奴が生き返る訳じゃないからな』
フレッドがそう言うから、デュランは冒険者ギルド本部長のオルテガに引き渡した。
デュランはアーチェリー商会に押し入って人を殺したんだから、完全に犯罪者だ。冒険者資格を剥奪されて。生かしておいても一生牢獄の中か、強制労働ってところだろう。
ブリスデン聖王国で犯罪を犯したんだから、聖王国に引き渡すことも考えたけど。デュランはジョセフ公爵や聖王ビクトルの手には余るだろうし。オルテガには何か考えがあるみたいだからな。
とりあえず、デュランのことは片づいたけど。東方教会や他のRPGが他にも何か仕掛けて来る可能性があるから。
フレッドは、しばらく行方をくらましたことにして。『自由の国』で匿うことにした。
※ ※ ※ ※
そして一月ほどが経って。『星屑』製の魔力を封じる魔道具が完成した。
「本当に俺の魔力が封じられている……これで勇者のスキルは使えないってことか」
フレッドは両腕に白銀のブレスレッドを嵌めている。これが魔力を封じる魔道具だ。
魔力を完全に封じられたフレッドはステータスが下がって。一応、今でも1,000レベル超えだけど。勇者の力で無理矢理上げたレベルだから、そこまで強くない。
「フレッド、解っていると思うけど。RPGの神はおまえを利用できないと解れば。今度はおまを殺しに来る可能性があるからな」
この世界に勇者は一人しか存在できない。それが『神たち』が決めたルールだからだ。
だから魔力を封じて勇者の力が使えなくなったフレッドを、RPGの神は始末しようとするだろう。
「ああ、解っている。だけどアリウス、本当に良いのか?」
フレッドはみんなに迷惑が掛かるからと。もう家族やアーチェリー商会のところには戻らないと言ったけど。
「フレッドは商人として生きたいんだろう? だったら、そのために護衛を用意したし。俺はRPGの神の思い通りにさせるつもりはないんだよ」
それでも結局のところ。元凶であるRPGの神をどうにかしないと、この話は終わらないからな。




