46-2(1)話:夜空の散歩
「ちょっと! アリウスに何をしているのよ!」
息が掛かるほど俺に近づいたアリサに、ジェシカが乱入して来る。
『防音』で声は聞こえなくても、姿は見えるし。物理的な壁を作る訳じゃないから、普通に中に入ることができる。
「そんな慌てんでも、うちはアリウスはんと内緒話をしとっただけやで。まあ、うちがアリウスはんを狙うとるのは、ホンマのことやけど」
しれっと言うアリサに、ジェシカが慌てて俺を見る。
「アリウス、それって……」
「おい、アリサ。ジェシカに、わざと誤解させるような言い方をするなよ。アリサは俺と手を組みたいだけだからな」
「そうやな。うちはアリウスはんのパートナーになりたいんや……公私ともにな」
アリサは完全にジェシカを揶揄って楽しんでいるな。それにしてもジェシカの反応は……
「アリサ、いい加減にしろよ」
「確かに、ちょっと悪ふざけが過ぎたな。アリウスはん、堪忍やで」
アリサは小さく舌を出すと、『防音』を解除する。
「ほな、うちは帰るわ。あんたらも、さっさと行くで」
話は済んだという感じで。アリサは支払いを済ませると、仲間たちと一緒にアッサリと帰って行った。最後な意味深な台詞を残して。
「まあ、アリウスはんとは、また直ぐに会うことになると思うわ。うちは楽しみにしとるで」
どうせ何か企んでるんだろう。俺は全然楽しみじゃないけど。
とりあえず、アリサの件は保留だな。アリサは転生者だと言っていたけど、まだ本当なのか解らないし。手を組みたいと言われても、何を考えているか解らない奴と組むつもりはないからな。
勇者やアリサたちが何か仕掛けて来るなら、そのときは相手になるけど。
「アリウス君。結局、勇者パーティーの連中の用って何だったの?」
アリサたちが帰った後。アレはまだ夕飯を食べていないから、冒険者ギルドで食べることにした。
テーブルの向かい側には、マルシアとジェシカが座っている。
「クリスの奴と同じように、俺を勇者パーティーに誘いに来たんだよ。勿論、断ったけどな」
「そこまでは聞こえていたんだけど。『防音』を発動してから、アリウス君はあの女と何の話をしていたのかな? 傍目で見ていると、なんか良い雰囲気だったよね」
マルシアがジト目で見る。マルシアは勇者パーティーの奴らに対して敵対的だな。まあ、クリスの件があるから当然だけど。同じ斥候タイプのグラスランナーのリンダには、対抗心を抱いているみたいだな。
「アリサって人は、公私ともにアリウスのパートナーになりたいって言っていたわ」
ジェシカが俺から目を逸らして、横を向いたまま言う。
「へえー……アリウス君のパートナーね」
マルシアがまたジト目をする。
「あの女は、見た目は小動物みたいな感じだけど。きっと物凄く腹黒いから、アリウス君も気をつけた方が良いよ」
「それくらい、俺だって解っているよ。それにアリサが変な言い方をしたけど、あいつは俺と手を組みたいだけで。俺は何を考えているか解らない奴と、組むつもりはないからな」
クリスの件も今回も、みんなを巻き込むことになったからな。俺には説明する義務があると思うけど。今話していることは、趣旨が違うだろう。
今日、冒険者ギルドの前で会ったとき。ジェシカが惚気ていると、マルシアが揶揄っていたけど。あれくらいでツッコむのはどうかと思ってスルーした。
だけどアリサと話していたときや、今のジェシカの態度とか。さすがに俺でも気づくし。マルシアが考えていることも、解っているからな。
「なあ、2人とも。悪いけど、ちょっと付き合ってくれよ」
俺は『短距離転移』を発動。ジェシカとマルシア一緒に、カーネルの街の上空2kmの地点に転移する。勿論、『飛行』も発動済みだ。
ここなら他の奴に聞かれることも、見られることもないからな。
「え……アリウス、いきなりどうしたのよ?」
ジェシカが戸惑っている。
「良い機会だから、ハッキリ言っておくけど。俺は女子と付き合うとか、そういうことは一切考えていない。恋愛なんて興味ないんだよ。
俺は戦うことしか考えていない戦闘狂で、もっと強くなりたいんだ。だからアリサのことも含めて、的外れな話をするのは止めてくれないか」
ジェシカの気持ちをハッキリ訊いた訳じゃないけど。気づかないフリをしているのは、どうかと思うからな。
マルシアも連れて来たのは、こいつにも言っておかないと、ジェシカを煽りそうだし。ジェシカ一人に言っているんじゃないと、印象付けるためだ。
「そ、そうだよね。アリウスは昔から、強くなることに一生懸命だから……」
ジェシカが俯く。申し訳ないとは思うけど、変に期待させる訳にはいかないからな。
足元には、カーネルの街の明かりが小さく見える。
「解ってくれれば良いんだ。たまには夜の空を飛ぶのも悪くないな。ちょっと散歩でもしていくか」
気分転換には、なるだろう。俺は2人を連れて加速する。
「ちょ、ちょっと、アリウス……キャァァァ!!!」
『絶対防壁』を風よけとして展開して、一気に音速を超える。
ジェシカは目が点になっているけど、マルシアは全然余裕だ。
「へー……凄いね。これがSSS級冒険者のスピードって奴だね。アリウス君、もっと地上スレスレを飛べないかな? その方が楽しそうだから」
確かに何もない空中だと、イマイチスピード感が解らないからな。
一気に加速したから、カーネルの街からとうに離れている。俺はマルシアのリクエストに応えて、斜めに地上に向けてダイブすると。月明かりに照らされた地上スレスレを、滑るように駆け抜ける。
「う、嘘でしょ……地面にぶつかる、キャァァァ!!!」
再び悲鳴を上げることになったけど。ジェシカも次第に慣れて来たみたいで、涙目で堪えながら、一瞬で流れる景色を見ている。俺たちは30分ほど、夜の荒野を駆け抜けた。
「あー、最高だったよ。アリウス君、また一緒に飛んでよね」
「アリウス。私も最初は怖かったけど、楽しかったわ。ありがとう」
ジェシカが嬉しそうに笑う。気分転換にはなったみたいだな。
俺たちは入口の扉を潜って、冒険者ギルドに戻る。
「アリウス。突然いなくなるから、どうしたのかと思ったぜ」
「そうだぜ、アリウスさん。また勇者パーティの奴らの仕業かと思いましたよ」
ゲイルとアランがホッとした顔をする。
「悪かったな。ちょっと夜の散歩に行っていたんだよ」
「うん。アリウス君との散歩は凄く楽しかったよね」
「そうね。私は心臓バクバクだったけど、スッキリしたわ」
ジェシカの雰囲気が変わったことに、ゲイルとアランも気づいたようだな。
悪い方向に変わった訳じゃないから、2人は細かいことまで訊かなかった。
夕飯の途中だったから、再びテーブルについて食べ始めると。
「ねえ、アリウス君。ジェシカとアリウス君は、昔からの冒険者仲間。つまり友だちってことで、良いんだよね?」
「ああ。俺はそのつもりだけど」
「あたしだって、アリウスのことは友だちだと思っているわよ」
俺とジェシカの答えを聞いて、マルシアはニマニマする。
「友だちなら、一緒に買物やご飯を食べに行くのは普通だよね。あたしとジェシカは今度一緒に買物に行くことになっているんだけど、アリウス君も付き合ってよ」
「ちょっと、マルシア! 何を言っているのよ! アリウスはそういうことに興味ないって、言っていたじゃない!」
「アリウス君だって、友だち付き合いが嫌だとは言っていなかったよ。あたしがアリウス君の友だちじゃないから、ダメだってことなら。ジェシカと2人でも構わないからね」
マルシアが何を企んでいるのか、解っているけど。俺が恋愛に興味ないことは、ジェシカに伝えたからな。
「まあ、買い物くらいは付き合けど。さっきも言ったけど、俺はもっと強くなりたいから、結構忙しいんだよ。だから俺の時間があるときで構わないか?」
それにソフィアとミリアとは、一緒に遊び行くことになっているのに。ジェシカと出掛けるのを、断る理由はないだろう。
「え……アリウス、本当に一緒出掛けてくれるの? 勿論、時間は合わせるわよ!」
ジェシカは物凄く嬉しそうだし。マルシアはニマニマ笑っている。
結局、マルシアの企みに乗せられた感じだけど。あくまでも友だちとして、出掛けるだけだからな。