41-2(2)話:勇者と魔王
今から300年ほど前に、世界の敵である魔王が、勇者によって滅ぼされたと言われている。
300年の話だから、勇者も魔王も伝説のように語られるだけの存在だったけど。半年くらい前に、新たな勇者と魔王が誕生した。
新たな勇者と魔王について、俺が掴んでいる信憑性が高い情報は3つだけだ。
1つ目は、世界各地の教会関係者が『天啓』よって勇者と魔王の誕生を知ったこと。
2つ目は、イシュトバル王国のアベル王子が勇者の力に覚醒したこと。
そして3つ目は、魔族の国ガーディアルが、魔王復活を宣言したこと。
つまり、勇者と魔王がおそらく実在するだろうということが解っているだけで。勇者と魔王がどんな存在なのか、信憑性が高い情報を掴んでいる訳じゃない。
だけど勇者パーティーのクリスに実際に会ったことで。俺が考えが完全な的外れじゃないことは解ったよ。
「『勇者の心』は狂戦士化させるスキルだし。勇者パーティーに俺を入れるために、ジェシカたち冒険者を痛ぶって居場所を聞き出そうとするとか。おまえたちの方が、魔王よりも悪なんじゃないのか?」
魔王は世界を滅ぼす存在だと言われているけど。新たに誕生した魔王は、まだ何もやっていないのに。クリスがしたことは、明らかに犯罪行為だし。狂戦士化させるスキルを与える勇者なんて、世界を救う存在とは思わない。
「アリウス……ふざけるなよ……」
最難関ダンジョン産の魔導具で、『勇者の心』を封じたから。クリスの言葉には、全然迫力がないし。
イシュトバル王国の兵士たちも、自分たちが犯罪行為に加担したと理解しているらしく、反論できないようだな。
「訊きたいことは全部訊いたからな。おまえたちはカーネルの街の衛兵に引き渡すよ」
イシュトバル王国の兵士たちは証人として、生かしておく価値があるけど。クリスの性格を考えれば、魔力を封じる魔道具を外したら、意趣返しに来そうだからな。ジェシカたちのことを考えれば、殺しておくべきだろう。
「お、おい、アリウス……な、何をするつもりだ……」
クリスが勇者パーティーのメンバーとか、そんなことはどうでも良い。俺は間違ったことをしていないから、勇者を敵に回しても構わないけど――
「ちょっと、待って! アリウスのためにやるなら構わないわ。だけど私たちのためなら、話が違うわよ!」
修練場の扉を開けて、ジェシカが叫ぶ。まあ、ジェシカたちが外で聞いてることは、気づいていたけど。
「そうだぜ、アリウスさん。俺たちのために敵を増やすような真似は止めてくれよ」
アランが真剣な顔で俺を見る。
「こいつには、自分がしたことの責任を取る必要があるが。裁くのはカールネルの街の領主だぜ。それに冒険者をやっていたら、危ない奴に出くわすのは日常茶飯事だからな。今度はもっと上手くやるさ」
ゲイルが俺のことを考えて言っているのは解っている。
「アリウス君。あたしたちを、もう少し信用してよ。今回は不覚を取ったけど、次は好き勝手にさせないからね」
クリスは力押しだから、対策の立てようはあるからな。
「みんな、解ったよ。クリスは衛兵に引き渡す」
俺はクリスに向き直ると。
「なあ、アベル王子に会ったら伝えておけよ。俺は勇者パーティーに入るつもりはないし。相手が誰だろうと、敵に容赦しないって。今回はみんなが言うから見逃すけど。次に仕掛けて来たら、おまえたちを敵として扱うからな」
その後、ようやくカーネルの街の衛兵が来て。クリスとイシュトバル王国の兵士たちを引き渡す頃には、午前1時を過ぎていた。
「俺のせいで、みんなを巻き込んで悪かったな。マスターとギルド職員のみんなも、こんな時間まで付き合わせて済まなかったよ」
冒険者ギルド全体を覆う『絶対防壁』を解除した時点で、他の冒険者たちは宿に引き上げたけど。ジェシカたちとゲイルのパーティー、マスターと一部の冒険者ギルド職員は残っていた。
みんなはクリスが勝手に暴走したんだから、俺のせいじゃないし。むしろ駆けつけてクリスを止めた俺に、感謝していると言ったけど。
「俺のことを庇ってくれたことも、みんなの気持ちも嬉しいけど。今度、俺に用がある奴が来たら、直ぐに連絡してくれよ。俺の問題は俺が解決しないとな」
クリスは俺を探すためにカーネルの街に来た訳だし。俺のせいで、みんなを巻き込んだのは事実だからな。俺はみんなを巻き込みたくないんだよ。
「アリウスが強いことは解っているけど……1人で全部背負うことはないわよ!」
突然、ジェシカが胸に飛び込んで来る。俺の胸に顔を埋めてギュッと抱きつく。
「今日だって……どうして来たのよ? アリウスが助けに来てくれたことは、嬉しいけど……相手は勇者パーティーの一員なのよ? いくらアリウスでも、勇者を敵にしたら……」
ジェシカが俺のことを心配して、『伝言』でカーネルの街に来るなと伝えたことは解っている。
「なあ、ジェシカ。俺は全部1人で背負っているだなんて、己惚れていないよ。ジェシカたちが俺を庇ってくれたように、俺もみんなが困っていたら助けたいんだ」
ジェシカたちもゲイルたちも、良い奴だからな。
「アリウス……その言い方って、ズルいわよ……」
「そうか? 良い奴を助けたいと思うのは当然だろう」
論点を誤魔化した自覚はある。巻き込まないことと、助けることは違うからな。
だけど俺はみんなを巻き込みたくないし。助けたいとも思う。
「アリウス君、あたしは誤魔化されないからね。アリウス君に、あたしの実力を認めさせてあげるよ」
ニマニマ笑うマルシアがウザいけど。巻き込まれて困るほど弱くないと、言いたいようだな。
「とりあえず、こんな時間だし。そろそろ引き上げるか。クリスや勇者絡みで何かあったら教えてくれ」
最後まで残ってくれたマスターとギルド職員たちに礼を言って。俺たちはカーネルの街の冒険者ギルドを後にした。