281話:春になって
4月になって。学院を卒業したシリウスとアリシアは、予定通りにグレイスとミーシャとパーティーを組んで。冒険者としての活動を本格的に始めている。
俺の方は、グレイとセレナと世界迷宮の攻略を続けながら。『自由の国』の運営に関わる日々だ。
『自由の国』では、細かい問題は起きているけど。大抵は俺が何かする前に、アリサが勝手に解決しているし。ヒュウガやアリサの弟のセイヤに、シンまで移住して来たからな。戦力的には問題ない。仮に俺がいないときに街を襲おうとか考える奴がいたら、後悔することになるだろうな。
シンは死んだことになっているし。自分から死んだ筈の元SSS級冒険者序列1位だと、名乗り出るつもりはないみたいだけど。噂を聞きつけた現SSS級冒険者序列1位で、冒険者ギルド本部長のオルテガが『自由の国』にやって来て。シンと何か話していたけど。
「シン・リヒテンベルガーは死んだ。あとはオルテガ、お主の仕事じゃろう」
シンに無下にされて、オルテガは肩を落として帰って行った。冒険者ギルド本部で孤軍奮闘しているオルテガが、ちょっと可哀そうな気もするけど。
世界迷宮の方は241階層まで攻略したけど、まだ終わりが見えない。新しい階層に行く度に魔物が強くなるから、俺が強くなるためには都合が良いけど。いったい何階層まであるんだよ?
「アリウス。おまえは少し見ぬ間に、また強くなったようだな」
天空に浮かぶ城塞。閉ざされた空間にある巨大なドームのような部屋で、神王アルテミシアが面白がるように笑う。
神王アルテミシアは、まだ俺のことを諦めていないようで。度々『伝言』で天界に来いと誘って来る。
ちなみにアルテミシアから『私の男になれ』と言われたことは、みんなに話してある。俺にその気はないし。みんなに隠し事をするつもりはないからな。
それでも俺が神王アルテミシアの誘いに応じたのは、『RPGの神』や天界の動きを探るためだ。
『RPGの神』はフレッドの勇者の力を、まだ利用するつもりらしく。アルテミシアに『魔道具破壊』が効かない魔力を封じる腕輪を、絶対に俺に渡すなと何度も言って来ているらしい。
他にも『RPGの神』はアルテミシア以外の3人の神王たちに、何か甘言を言っていると噂になっている。というか、噂の出所は神王本人たちらしいから。噂じゃなくて事実なんだろう。まあ、今のところは誰も『RPGの神』の言葉に耳を貸すつもりはないらしいけど。
※ ※ ※ ※
「ロレック商会としても十分に利益が得られていますし。本当に良い取引をさせて貰いましたよ。アリウスもエリスさんも、私が思っていた通りに誠実な方ですね」
「ガルシアさん。私たちとしても、ロレック商会が魔族との取引に加わってくれたことは大きいわよ。世界一の規模を誇るロレック商会が関わることで、魔族に対する見方は確実に変わるわ」
俺とエリスは、みんなで旅行に来た港市国家モルガンで。ロレック商会のガルシア・ロレックと、奥さんのミランダに会っている。
旅行に来たときに『自由の国』への協力を申し出でくれたガルシアとは、すでに取引を始めていて。こうして定期的に情報交換をしている。
「ガルシア、ミランダ。次は『自由の国』に来てくれよ。俺が『転移魔法』で送り迎えするから、時間的には問題ないだろう?」
「そこまでして貰うのは申し訳ありませんが、是非伺わせてください」
「私も魔族の人とお話をするのは楽しみだわ」
只の社交辞令じゃなくて。ガルシアとミランダは本当に『自由の国』に来ることになった。2人も忙しいけど、せっかく『自由の国』に来るならスケジュールを調整して、纏めて時間が取れるタイミングということで。日程は2週間後の週末に決まった。
「ところで、話は変わりますが。アリウスはマバール王国の事件について、詳しい話を聞いていますか?」
「ああ。例のヴァンパイアがアンデッドの軍勢を率いて、ローアン地方を占拠したって話だろう?」
マバール王国は港市国家モルガンの近郊にある小国で。東方教会の影響が強い国の1つだけど。かつて戦争によって滅亡した国あったと言われる『死者の森』から溢れ出したアンデッドの大群によって、王国東部の地域を占拠された。
この世界でアンデッドは、めずらしい存在じゃないけど。アンデッドの大群が一国の地方を丸ごと占拠するなんて話は、初めて聞いた。
「それでは、そのヴァンバイアとアンデッドの軍勢が、一夜にして消滅したという話もご存知ですよね?」
世間話をするような感じだったガルシアの雰囲気が微かに変わる。
「ああ。ヴァンバイアは、うっかり日の光でも浴びて消滅したんじゃないか? 他のアンデッドはヴァンバイアの支配が解けて『死者の森』に帰ったんだろう」
勿論、ガルシアがこんな馬鹿げた話を信じるなんて思っていない。どうせガルシアは気づいているんだから、誤魔化す意味がないだろう。
俺だって勝手にアンデッドの軍勢を消滅させたら、内政干渉になることは解っている。だけどマバール王国は、ローアン地方を見捨てるという最悪の選択をしたからな。俺には助けられる奴を見捨てるなんて、選択肢はないんだよ。
「なるほど、そういうことですか。合点がいきましたよ」
ガルシアも確証を持つために訊いただけで、追及するつもりはないんだろう。
「アリウスは『自由の国』の国王として正式に、マバール王国に招かれたそうですね」
「ああ。ヴァンパイアとアンデッドの件が片づいたから、他のことに目を向けるようになったんだろう」
偶然にしてはタイミングが良過ぎるし。そもそもマバール王国は、東方教会の影響が強い国だから。人間と魔族が共存する『自由の国』の国王を正式に招待するなんて、本来はありえないだろう。
つまり俺がヴァンパイアとアンデッドの軍勢を消滅させたと、勘ぐっている奴がマバール王国にいて。そいつは俺と会うことに、東方教会を無視するだけの価値がると思っているってことだな。
「アリウスならマバール王国の内情についても、当然知っているでしょうが。地理的に近く、マバール王国と取引もしている私たちの方が、詳しいこともあると思いますので。差し支えなければ、説明しましょうか?」
「ああ。ガルシア、頼むよ」
やっぱり、ガルシアと友好関係を築いたのは正解だな。
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