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257話:ルシアーノという男


 癖のある長い黒髪と顎髭の男は、左右の腕を露出度の高い女子の腰に回したまま。ルーレットのテーブルにつく。


「とりあえず、名前くらい名乗れよ。俺はルシアーノだ。おまえは?」


「アリウスだ」


 俺の周りにはみんなが座って。俺が勝つことを確信して見守っている。

 さすがにハードルを上げ過ぎだと思うけど。


「アリウスって……どこかで聞いたような名前だな? まあ、別にめずらしい名前じゃねえが」


 ルシアーノは鋭い眼光を向けて、ニヤリと笑う。俺の正体に気づいているのか?

 ルシアーノが葉巻を咥えると、左の女子が魔道具で火をつけて。右の女子がグラスに入ったカクテルを差し出す。


「じゃあ、アリウス。勝負はシンプルにルーレット10回で、どちらか多く儲けるかだ。金が足りないとかしけた話はなしだぜ」


 ルシアーノが金が詰まった袋を店員に渡すと、『10』と書かれた金貨1枚と同じ価値があるチップが、テーブルに積み上げられる。

 金貨1枚が日本円で約10万円。200枚はあるから、2,000万円以上だ。


「解ったよ。俺も金をチップに交換してくれ」


 俺は『収納庫(ストレージ)』から金貨300枚を出す。

 ルシアーノより多くチップに換えたのは、別に見栄を張った訳じゃない。


 この店のルーレットは『0』と『00』があるアメリカンスタイルだ。

 ディーラーがウィールと呼ばれる回転盤を回して、縁を回転するようにボールを投げてると、ルシアーノがチップを賭ける。


 ルシアーノの賭け方は、シフトベットという方法で。回転盤を4分割して、予想したエリアの数字に賭けるやり方だ。

 『0』か『00』を含むエリアだと10箇所、含まないエリアだと9箇所に賭ける。


 ルシアーノが賭けたのは『赤の3』から『赤の7』の『0』と『00』を含まないエリアだ。

 9箇所の数字が書かれた枠に、『10』と書かれたチップを5枚ずつ積み上げる。


 俺はここまで2時間ルーレットをして、このディーラーの癖と傾向は把握している。

 ボールが落ちた回転盤の位置から予測して、予測した数字と前後の3つの枠にチップを積み上げる。それぞれ100枚ずつだ。


「「「「「え……」」」」」


 ミリアとノエルと、ルシアーノの左右の女子が同時に声を上げる。

 周りの客たちも、テーブルに高く積み上げられたチップに歓声を上げる。


「アリウス、なかなか良い賭けっぷりじゃねえか。俺と同じ場所に賭けるのも、抜け目もねえしな」


 ルシアーノがニヤリと笑って、グラスの酒を飲み干す。

 確かに俺が賭けた場所は、ルシアーノが賭けた9個の数字のうちの3つだ。


「だがな、そんな賭け方をしたら、直ぐに金が尽きるぜ。簡単に勝負がついたら、詰まらねえからな」


 ルシアーノの本気で『大人の遊び方』

を教えるつもりなのか。俺に忠告して来る。


「ルシアーノ。そういう台詞は結果が出てから言えよ」


 そしてボールが止まったのは『赤の9』だ。

 俺が予想したのは『黒の28』で、文字盤だと『赤の9』の隣りだ。

 俺は前後の3点賭けだから『赤の9』にも当然賭けている。

 倍率は36倍だから、俺の手元に『10』と書かれたチップが3,600枚戻って来る。


 差引き3億3,000万円の儲けだな。

 俺が大勝ちしたことに気づいて、周りの客たちが集まって来る。


「ビギナーズラックって奴か。アリウス、運が良かったな」


 ルシアーノは俺が大勝ちしても平然と葉巻を咥えている。

 ルシアーノも『赤の9』に賭けたから、差し引き135枚のチップを手に入れた。


「まあ、何とでも言えよ。ルシアーノ、ゲームを続けるよな?」


「ああ、当然だぜ。だがこれじゃ、おまえと勝負するにはチップが足りねえな。おい、追加で換金してくれ」


 ルシアーノは懐から、金貨が詰まった袋を幾つも取り出す。

 とてもジャケットのポケットに入る大きさじゃないけど、こいつが『収納庫』を使えないことは『鑑定(アプレイズ)』したから解っている。

 ポケットがマジックバッグになっているのか。


 ルシアーノの前に『10』と書かれたチップが3,000枚積み上げられる。日本円で3億円分、チップに交換したことになる。


 俺の前にも3,600枚以上のチップが積み上げられているし。何事か始まったのかって感じで、カジノ中の客たちが集まって来る。


「アリウス、続きを始めるぜ。今度はおまえから賭けろよ」


 ルシアーノと同じ場所に、賭けさせないことが狙いだな。

 ディーラーが再びウィールを回して、ボールを投げ入れる。

 俺は『0』を予想して、両隣の『黒の2』と『黒の28』つの枠にチップ100枚ずつを積み上げる。


 ルシアーノは渋い顔をして、さっきと同じようにシフトベットで賭ける。

 今度は『0』を含むエリアで、10箇所の数字が書かれた枠にチップを100枚ずつ積み上げる。

 つまりルシアーノと俺の予想は重なったという訳だ。


 結果は『0』で。今回も俺とルシアーノは勝ったことになる。


 俺の前に積み上げられる6,900枚のチップ。

 ルシアーノも勝ったけど、賭け方が違うから、今回も増えたのは2,600枚だ。


「アリウス。おまえ、まさか見えて(・・・)いるのか?」


 ルシアーノの眼光が鋭さを増す。


「さあね。只のビギナーズラックじゃないか?」


 勿論、嘘だけど。

 ディーラーは一定の力で、ウィールを回して。同じフォームでボールを投げる。正確な動きで狙った場所に入れるのが、プロのディーラーだ。


 どこに落とすか狙わないときも、やり方は同じだ。毎回同じ動きをしないと動きがブレれて、正確に狙えなくなるからだ。

 だからボールを投げ入れたときの文字盤の位置が解れば、落ちる場所は予測できる。


 まあ、このディーラーはピンポイントで狙えるほど正確じゃないことも解っている。

 だから俺は予想した場所と前後の3点に賭けているんだよ。


 今までポーカーフェイスを決め込んでいたディーラーの顔が真剣になる。

 さすがにこれ以上負けられないからな。


 3回目のゲームが始まって、ディーラーがボールを投げると。ルシアーノは賭けないで、俺の様子を窺っている。

 俺がどうやってボールが落ちる位置を予測しているのか、見極めようとしているんだろう。


 俺が再び3点賭けで100枚ずつチップを積み上げる。

 そして結果は『赤の5』で、今回もまた俺の勝ちだ。


 この瞬間。ディーラーが明らかに動揺した。理由は解っている。このディーラーは狙ってボールを(・・・・・・・)落とす場所を変えた(・・・・・・・・・)のに、俺の予測が的中したからだ。


 だけど俺はこのディーラーを2時間も観察していたからな。こいつが落とす位置を変えられることも把握している。

 だけど落とす位置を変えるときは、指の動きが少し変わるんだよ。

 そして指の動きを変えると、どこに落ちるのかも、当然解っている。


 これで俺の前に積み上げられたチップは10,000枚を超えた。


「お客様、少々お待ちください……」


 どうやらディーラーが交代するらしい。

 たった3ゲームで10億円以上負けたんだから、カジノとしては問題だろう。

 ルシアーノのに勝つためと言っても、さすがにやり過ぎたか。


「アリウス、おまえ……」


 ルシアーノが面白がるように笑う。こいつもディーラーが動きを変えたのに、俺が当てたことに気づいたのか?


「ルシアーノ、まだ続けるのか? ディーラーを変えれば、少しはおまえが有利になると思うけど。もう勝負はついているだろう」


 ルシアーノもディーラーの動きで、ボールが落ちる場所を予測するようだけど。俺のように3点賭けで的中させるほど精度は高くないみたいだし。


 替わったディーラーの動きや癖も、ルシアーノは解っているだろうけど。

 俺も一度ディーラーの動きを見れば、全く同じ動きをしたときにボールがどこに落ちるのか予測できる。


 つまり初見と、さっきのディーラーのように投げ方が複数ある場合に、その投げ方を初めて使うときは、俺はボールが落ちる場所を予測できない。

 だけどそのときは、賭けなければ良いだけの話だ。


 ルシアーノは考え込む。毎回ディーラーを替えれば、ルシアーノが勝つ確率は高くなるけど。このカジノがプロのルーレットディーラーをそこまで抱えているとは思えないし。

 もしいたとしても、そんなことをしたら、カジノがルシアーノに肩入れすることになる。それで勝負がせいりつするのか?


 新しいディーラーが登場して。ディーラーがウィールを回してボ―ルを投げると。その動きが明らかに雑なのが解る。

 見習いのディーラーでも連れて来たのか? だけどこれじゃ、本当に運任せの只のギャンブル(・・・・・・)だな。


「ルシアーノ、俺はこのディーラーが投げているうちは賭けないからな。好きに賭けてくれよ」


 ルシアーノはディーラーを睨みつける。


「まったく、興ざめだぜ。おい、ルシアーノが素人のディーラーを使うな文句を言っていたと、店長に伝えておけよ」


 ルシアーノは立ち上がって、握手を求めるように右手を差し出す。


「アリウス、俺の負けだ。デカい口を利いて悪かったな。だがおまえも人が悪いぜ。なんでこれだけギャンブルの才能まで(・・)あるのに、さっきはチンタラ賭けていたんだよ?」


 俺はルシアーノの右手を握る。ルシアーノは俺と勝負しただけで、勝負に何か賭けた訳じゃないし。こいつにそこまで悪意は感じないからな。


「俺は勝つことが目的じゃないし。ギャンブルをしたのは、今日が初めてだからな」


「マジかよ、おまえ。ギャンブルの天才じゃねえか! ホント、面白れぇ奴だな!」


 ルシアーノはニヤリと笑う。


「なあ、アリウス・ジルベルト(・・・・・・・・・・)。俺はおまえが気に入ったぜ。これから時間はあるよな? 俺の店に行こうぜ。おまえの女たちにも奢るからよ。

 こう見えても俺は港市国家モルガンじゃ、ちょっとした顔なんだぜ。ギラーネファミリーのルシアーノと言えば、知らねえ奴はいねえからな」


 ルシアーノは俺の正体に気づいていた訳だ。それにしても、ギラーネファミリーって。モルガンで最大勢力のマフィアだよな。



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