252話:エリクとカサンドラ
エリクの妻で、グランブレイド帝国のルブナス大公。カサンドラ・ルブナスの居城で、俺たちは夕飯を食べている。
メンバーは俺とエリクとサンドラに、バーン。テーブルの上にはスパイスを効かせた帝国のたくさんの料理と、高級酒のボトルが並んでいる。
俺とバーンは結構な大食漢だけど。カサンドラも俺たちと同じくらい食べるみたいだな。テーブルの上に空いた皿が山積みにされていく。
「エリクは、もっと食えよ。そんなんじゃ、全然足りないだろう?」
「バーン、君には何度も言っているけど。僕は少食だし、君たちと違って頭脳派だからね。これで十分だよ」
エリクは少食と言っても、普通に一人前の量を食べているからな。バーンはこういう体育会系のノリが暑苦しいんだよ。
「アリウス、おまえとじっくり飲むのは初めてだな。エリクから話は聞いていたが、この私に平然と物を言うとは。さすがは世界中の反魔族派を敵に回す『魔王の代理人』アリウス・ジルベルトというところか」
カサンドラは上機嫌で、グラスの酒を一気に飲み干す。
「俺もカサンドラさんのことは、エリクから聞いているよ。相手から戦争を仕掛けさせるような真似は、止めて欲しいな」
俺の言葉に、カサンドラは面白がるように笑う。
『アリウス、何を言っている? そのようなことをした憶えは一切ないぞ。だが他ならぬアリウスの言葉だからな。一般論として、肝に銘じておこう』
約束はしないけど、多少は控えてやるというところか。カサンドラは獰猛なだけじゃなくて、強かだからな。
エリクとカサンドラの夫婦だけは、本当に敵に回したくないと思うよ。
「そろそろ、アリウスの話も聞きたいところだね」
エリクが俺に話を振る。
「アリウスと5人の奥さんの惚気話にも、興味があるけど。『自由の国』は魔物の襲撃に、『東方教会』の連中が押し寄せたり。何かと騒がしいみたいだね」
「その辺のことは、アリサが上手くやってくれるから問題ないよ。カサンドラさんがいるから、一応説明するけど。アリサは『自由の国』の運営全般を任せているSSS級冒険者だ」
カサンドラなら、情報収集は御手の物だから。当然知っているだろうけど。
「あとは魔族の移住も順調に進んでいるし。人間の方も、魔族と取引したい商人だけじゃなくて。街で仕事したくて移住して来た連中も、増えているからな。
街の守りに関しても、手練れの魔族をスカウトしたんだよ。魔族と人間が一緒に鍛錬しているところを、おまえたちにも見せたいところだよ」
「SSS級冒険者に、手練れの魔族か。是非一度手合わせしたいところだな」
カサンドラが獰猛な笑みを浮かべる。カサンドラの場合は蛮勇という訳じゃなくて、本当に実力があるからな。
カサンドラがもし冒険者を目指していたら、SSS級冒険者になっていてもおかしくないだろう。
「少し話が変わるけど。魔族との取引についても、エリスが取り仕切ってくれているから問題ないよ。エリスはマリアーノ公爵領の運営も、順調みたいだしな」
「姉上には僕も頭が上がらないよ。魔族の取引と公爵領の運営の両方で、ロナウディア王国に多くの利益をもたらしてくれるからね。
昔から商才があるとは思っていたけど、姉上のマリアーノ商会は、すでに世界屈指の商会の1つだからね」
「エリスとも一度ゆっくり話をしたいところだ。愚か者のドミニクのせいで、グランブレイド帝国は大きな魚を取り逃したようだな」
ドミニクは元グランブレイド帝国の皇太子で、エリスの婚約者だった。俺がエリスを奪うために決闘を挑んだときに、卑怯な手を使って廃嫡されたけど。
カサンドラもエリスのことを評価しているみたいだな。タイプは全然違うけど、やり手同士だし。エリスは度胸が据わっているから、カサンドラと話が合うかも知れないな。
「ソフィアには『自由の国』の建設工事を取り仕切って貰っているけど。ロナウディア王国の公共工事の方でも、ビクトリノ公爵家が活躍しているんだろう?」
「ソフィアが優秀なことは解っていたけど。ソフィアはビクトリノ公爵家を完全に立て直して。今ではビクトリノ公爵家が、王国の公共工事の中心を担っているからね」
「今度はエリクの元婚約者の話か。アリウスの周りには優秀な女が集まるようだな。
アリウスの人としての魅力故だろう。アリウスが強いだけの男ではないことは、私も解っているつもりだ。もしエリクがいなければ、私はどんなことをしてでも、おまえを自分のモノにしただろう」
どこまで本気か解らないような発言だけど。みんなのことを褒められて、悪い気はしないし。
どんな手を使ってでもという部分は、カサンドラならやりかねないと思うよ。
「僕もカサンドラと同じ意見だよ。姉上とソフィアの他にも、ロナウディア王国諜報部のミリアに、魔法省のノエル。もう一人の奥さんも、SS級冒険者のジェシカさんだ。
僕が優秀だと思った女性たちが、今ではみんなアリウスの奥さんだからね。
こうなることは学院時代から予想していたけど。でも僕はアリウスが能力で相手を選んだなんて、全然思っていないよ」
「ああ、勿論だよ。俺はみんなのことが何よりも大切で、どんなことをしてでも守りたいと思うから結婚したんだ。
みんながそれぞれ自分の仕事に、一生懸命なのは尊敬するし。応援するつもりだけど。
エリクだってカサンドラさんと結婚したのは、カサンドラさんの能力とか関係なしに。カサンドラさんと一緒にいたいからだろう?」
「それは間違いじゃないけど。僕とカサンドラの場合は少し違うかな。
僕は能力を含めてパートナーは、カサンドラしかいないと考えていて。カサンドラの隣に立つのに、相応しい力を手に入れようと思っていた。
カサンドラの相手は僕しか務まらないからね」
カサンドラがニヤリと笑う。
「エリク、おまえが惚気るとは思わなかったぞ。確かに私の隣に立つ男は、エリク以外に考えられんな」
カサンドラはエリクの少年時代に、旧ルブナス公国の国王と一度結婚している。
だけどわずか2年で国王は病死。ルブナス公国では王族同士の権力争いによる内乱が起きる。血で血を洗うような激戦の末、勝者となったのがカサンドラだ。
カサンドラと前国王との間に子供はなくて。当然だけどカサンドラにルブナス公国王家の血は流れていないから、カサンドラは女王になることはできなかった。
だけどカサンドラは軍事クーデターを起こして、ルブナス公国の実権を握ると。母国であるグランブレイド帝国に併合した。それが現在のルブナス大公領だ。
ルブナス公国国王が病死したことも、その後の内乱も、全てカサンドラの計略だと噂されているし。帝国に併合するために、カサンドラが血の粛清を行ったのは有名な話だ。
当時何が起きたのか、カサンドラが何をしたのか。本当のところは解らないけど。
ルブナス公国を手に入れたカサンドラは、グランブレイド帝国に、ほとんど完全な自治権を認めさせた。
余りにも権力を持ち過ぎたことと、傍若無人な振舞いよって、カサンドラは『女帝』と呼ばれるようになった。
そんなカサンドラが唯一認めた男がエリクで。エリクはカサンドラがルブナスの国王と結婚した後も、ずっと思い続けて。カサンドラに認めさせるだけの実力を手に入れた。
エリクとカサンドラの関係は、俺とみんなとは違うし。俺には男女のことを語るほどの経験はないけど。
2人がお互いを唯一無二の存在して、誰よりも信頼していることは解るよ。