240話:苦悩
※フレッド視点※
『恋愛』自体は、一応プレイしたって程度だが……主人公のミリアは、俺の推しキャラなんだよ。
『恋学』をプレイする前に、キャラクターデザイナーが描いた『恋学』のコミックスを、たまたま読む機会があって。俺はミリアというキャラが一発で好きになった。
ミリアの見た目も性格も、俺のストライクゾーンど真ん中なんだ。
ミリアが出て来るから『恋愛』をプレイした。乙女ゲーそのものをプレイするのも俺は初めてだった。
ネットでミリアのイラストや動画を漁り捲って。ミリアの声優が歌ってるキャラソンも訊き捲った。
気がついたときには、前世の俺の部屋は、ミリアグッズで埋め尽くされていた。
一応言っておくが、俺は二次元に嵌るようなタイプじゃない。だけどミリアだけは特別だった。
まあ、俺も大学生だったから。ミリアは俺の嫁みたいな発想はなかったけど……
だけどミリアがリアルにいるなんて、まさに神だろう! ミリアと話せるなんて、本当に夢みたいだ……
いや、冷静になろう。今、俺が考えるべきなのは、ミリアのことじゃないだろう。最悪の状況で、どうすれば生き残れるかだ。
ここが『恋学』の世界で、『魔王の代理人』アリウス・ジルベルトが『恋学』の攻略対象だということは理解した。
『恋学』のアリウスが魔王に匹敵する実力者なんて、全然イメージが合わないが。『恋学』のアリウスはインテリ眼鏡キャラだったからな。
だけどここが『恋学』の世界だからって、俺が置かれている状況が変わった訳じゃない。
俺は勇者の力で、魔王とアリウスに加えて、2つの大国まで撃ち滅ぼせと無茶振りされている。
平民である俺には拒否権がないし。家族が人質に取られていることも、何ら変わりはない。
アリウスは、この最悪な情況を打開すると言った。
俺が勇者の力に目覚めたときに、頭の中に直接的響いた声。その声の主の目的を教えれば、俺に勇者を辞めさせた上で。俺と家族の安全と、アーチェリー商会の利益を保証すると。だが本当にそんなことが可能なのか?
俺もこの世界に転生してから23年経つから。この世界の常識は理解しているつもりだ。ここが『恋学』の世界だとしても、個人が国に逆らって生きられるとは考え難い。
『フレッドさん。信じられないと思うけど、アリウスにできないことなんてないわ。アリウスは貴方と貴方の家族のことを必ず守ってくれるし。貴方たちの商会のことだって、アリウスなら何とかしてくれるわ』
ミリアはそんなことを言っていたが……いや、俺は何を考えているんだ。だからミリアは関係ないだろう。
それにミリアは転生者だって話だから、中の人は俺が好きなミリアじゃないからな。
アリウスのことは、初めは本物かどうか疑ったけど。俺が会ったのは本物の『魔王の代理人』アリウス・ジルベルトだろう。
俺を騙すつもりなら、わざわざ王宮に潜入して、自分が『恋学』の攻略対象に転生しただなんて言う筈がない。情報が多過ぎて逆に疑いたくなるからな。
だがアリウスが言ったことを、全部信用するつもりはない。
『鑑定』してもレベルが解らなかったし。ブリスデン聖王国の王宮に平然と侵入できる時点で、実力があるのは確かだろう。
それでも俺や家族の安全や、アーチェリー商会の利益を、どうやって保証するつもりなんだ?
結局のところ、アリウスも俺を騙して利用しようとしている。そう考えると一番しっくり来るが……全部信用するつもりはないが。どういう訳か、アリウスが言ったことが全部嘘だとも思えない。
俺は交易商をやっていたから、人を見る目に少しは自信がある。
俺の感覚だと、アリウスが情報を聞き出すために人を騙すようなタイプには見えない。フェアな取引を好むタイプだな。
だが俺の感覚を頼りに決断するには、今回の問題は重過ぎる……いや、待てよ。アリウスは俺にブリスデン聖王国を裏切れと言った訳じゃない。
アリウスが欲しいのは情報だから。俺は情報を提供するだけで、勇者を辞めないなら問題ないだろう。
情報を提供する見返りとして、アリウスと協力関係を結ぶのが落としどころか?
ブリスデン聖王国とアリウスを天秤に掛けることになるけど。そもそも俺はあの声が行ったことを公言するなと口止めされていない。
敵であるアリウスと繋がる時点で、裏切り行為だから、屁理屈なのは解っている。
だけど約束していない以上は、グレーゾーンだ。狡猾に立ち回るのは、商人の鉄則だからな。
よし、考えは決まった。俺は今の最悪な状況を打開するために、ブリスデン聖王国とアリウスを天秤に掛けてやる。
「フレッド様、何を考えているんですか? さっきから、心ここにあらずって感じですね。素人の癖に戦いを舐めてるんですか? もっと真面目にやってください」
教育係のノアの辛辣な言葉が響く。
俺は中難易度ダンジョン『ランクスタの監獄』に戻って、勇者の力を使いこなすためにダンジョンを攻略しているところだ。
1,000を超える今のレベルと、4桁のステータスなら、ここの魔物くらい力ずくで勝てるが。考えごとをしながら戦っていたら、確かに訓練にならない。
「ノアさん、申し訳ない。戦いに集中するよ」
「はい、是非そうしてください。フレッド様に付き合って、時間を浪費する私の立場を理解して貰えると嬉しいです」
「ノア、そこまで言うのは言い過ぎだろう。フレッド様、まあ好きにやってください。フレッド様が強くならなくても、そこは自己責任ですから」
言いたい放題に言われても、苦笑するしかない。俺が集中していなかったのは、事実だからな。
「ノア、ゼスタ。おまえたちも相変わらずだな」
突然、割り込んで来た声。俺は振り向いて、唖然とする。
アリウス・ジルベルトが、忽然と姿を現したからだ。




