232話: 新たな日常
『短距離転移』と高速移動を繰り返して。空間を踏め尽くす数の魔力のレーザーを躱しながら、魔物を仕留めていく。
『短距離転移』で移動した場所に、待ち構えるように出現した魔力を集約した巨大な光。俺は多重展開した『絶対防壁』で防ぐ。
今、俺はソロで世界迷宮を攻略している。音速の10倍を軽く超える速度で繰り広げる戦闘は、ゲームやアニメの機動兵器同士の戦いの近いイメージだ。
だけど世界迷宮に出現する魔物はHPとDEFが異様に高い上に、一撃で仕留めないと全回復するから、もっとエグいけどな。
加速する思考で、空間全体を上から見るように俯瞰して捉えながら。攻撃と回避を同時に1秒間で100回以上行う。
魔力のレーザーは速過ぎて、光った瞬間に軌道を予測して躱す必要がある。しかも銃口がある訳じゃないから、魔力の指向性を感知しないと躱せない。
世界迷宮も150階層を超えると、魔物の攻撃がさらにエグくなる。魔物が放つ魔力のレーザーは、正確で速いだけじゃなくて。機動が曲がって、速度が自在に変わる。
レーザーを躱しても追尾して来るし。乱戦状態で放ったレーザーで、魔物が同士討ちすることはない。さらに瞬間移動した先を予測して、置き弾をして来るからな。
それでも数で迫る魔物だけなら、今の俺なら攻撃を躱すことができる。だけど世界迷宮は初めから階層ボスが出現するからな。
「俺にソロで挑むなど、ただの無謀な馬鹿だと思ったが……結構やるじゃねえか」
軍服姿の2本の角を持つ悪魔の姿――クルツ・シュトレーン。
155階層の階層ボスは、余裕で魔神クラスだ。魔神クラスだから強いのは当然として。 クルツが厄介なのは未来を予知できる能力と、予知した未来を魔物にテレパシーで伝える指揮能力だ。
動きを予知されたら、攻撃を全部躱すのは無理だから。ある程度被弾する前提で対処する必要がある。
レーザーの集中砲火に多重展開した『絶対防壁』を破壊されるのと同時に、さらに『絶対防壁』を展開して。『絶対防壁』を突破されたら、ダメージを受けた瞬間に『完全回復』を発動する。
集中砲火を浴びることが解っているときは、ダメージを受ける前に『完全回復』を発動してく。MPのロスはあるけど、俺のMP量なら問題ない。
俺はダメージを食らいながら、戦闘マシーンと化して魔物を仕留め続ける。
1時間ほどで1,000体の魔物を殲滅すると、あとはクルツと直接対決だな。
「よくやったと褒めてやろう……だが俺は別格だぜ!」
155階層の魔物と比べても、クルツの強さは圧倒的だ。だけどこの階層もグレイとセレナと攻略済みだからな。
相手が1体なら空間全体を使って攻撃を躱せるし。予知能力も相手が反応できない速度で、攻撃を繰り返せば良いだけの話だ。
俺は魔力を極限まで集約した2本を、『短距離転移』を連続発動しながら叩き込む。
クルツが放つ魔力の波動が多重展開した『絶対防壁』を突破して、俺のHPをゴッソリ削る。だけど俺の剣もクルツのHPを確実に削っている。
クルツも『完全回復』で回復するから、あとはMP量の勝負だ。こいつのMPが尽きるまで攻撃を続ければ良い。
さらに2時間以上戦闘を続けて、俺はクルツに止めを刺した。
※ ※ ※ ※
結婚式から暫くして、俺たちは『自由の国』に移住した。
俺は相変わらず、毎日世界迷宮に挑んでいいるから、『自由の国』には寝に帰るようなものだけど。国王の俺が『自由の国』に住むことが重要なのは解っている。
みんなも俺と一緒にいたいと、『自由の国』に移住してくれた。みんなもそれぞれやることがあるから、朝と夜を一緒に過ごすだけだけど。
城塞の奥の一角に、俺たちだけの居住空間がある。城塞は緊急時に住民全員が避難できるように大きく造ったから、俺たちが占有してもスペース的に問題ない。
初めは城塞に住むんじゃなくて、街中に家を建てることも考えたけど。今の状況で一番狙われる可能性が高いのは、俺と結婚したみんなだからな。警備のことを考えれば、城塞に住む方が都合が良い。
プライベートを守るために、俺たちの居住空間には『防音』と『結界』を常時発動する魔道具を設置したけど。
『自由の国』の実務はアリサに任せている。だけど国王の俺が決める必要があることも多い。
だから朝はみんなが出掛けた後、俺は仕事をこなして。仕事が終わってから世界迷宮に向かう。
帰りもみんなと『伝言』でやり取りして。最初に誰かが戻るタイミングで、俺も戻ることにしている。みんなと一緒にいたいのもあるけど、一番の理由は何かあっても守るためだ。
アリサを信用していない訳じゃないけど。『自由の国』はロナウディア王国ほど安全な場所じゃない。魔族を敵視する人間や、人間は敵だと考える魔族に『自由の国』が狙われるのは解っているからな。大切なみんなを守りたいと思うのは当然だろう。
心配し過ぎだとか言われても、これだけは譲れない。油断して後で後悔しても遅いからな。
「アリウス、夕食ができたわよ」
特別な予定がなければ、朝飯と夕飯はみんなで一緒に食べることにしている。みんなが作ってくれた料理を、みんなで食べる。
掃除や洗濯は城塞の使用人に任せている。完全に人を締め出してしまうと、信用していないと思われるからだ。
「アリウスはんたちの部屋には、立ち入りたくないわ。甘ったるい雰囲気に当てられそうやからな」
アリサがニヤリと笑う。
「うちも仲間に入れてくれるなら、話は別やけど。アリウスはんの奥さんの中に、うちみたいなタイプはおらんし。うちは優良物件やで」
アリサがどこまで本気で言っているのか解らないけど。俺にその気はないからな。
アリサが有能なのは良く解っている。だけどアリサは利害だけで物事を考えるし、隙を見せたら何をするか解らない奴だ。
だからアリサとは、上手くやっていこうと思う。