159話:魔王の力
バイロンの黒い魔力に触れて。虚ろな目になったジュリアが、バイロンと同じ黒い魔力を帯びる。
「バイロン、お主……トチ狂ったか? そのような真似を許した憶えはないぞ」
シンがバイロンを睨むが。
「貴様は何を甘いことを言っておる。此奴も魔王を倒しに来たのだろう? 儂が上手く使ってやるわ」
虚ろな目のジュリアが加速して、魔王アラニスに突っ込んで行く。
「付与魔法……という訳じゃないみたいだね。魔力が侵食しているのか」
ジュリアの武器は刺突剣。黒い魔力を帯びた高速の突きが、アラニスに襲い掛かる。黒い魔力の影響だろう。ジュリアの魔力が強くなっている。
だけどアラニスにすれば、それなりに強くなっただけだ。
ジュリアが参戦したことで、5対1になったけど。戦況は全く変わらなかった。5人の攻撃の間を、アラニスは余裕で擦り抜ける。
「チッ……こんなモノでは届かぬか。おい、貴様の魔力をもっと寄こせ!」
バイロンの全身から黒い魔力が噴き上がると。突然、バイロンは苦しそうに呻き声を上げる。
「き、貴様……どういうつもり『人間風情が我の魔力を使おうなどと思い上がるからだ。我がおまえの身体を使ってやる』」
バイロンの目に怪しげな昏い光が宿って、口元に歪んだ笑みを浮かべる。
このとき。バイロンのレベルとステ―タスが大幅に上昇した。
「魔王如きが……我の力を見せてやろう」
バイロンの身体から黒い魔力の触手が無数に伸びて、アラニスに襲い掛かる。
その速度はこれまでのバイロンの比じゃない。触手はどこまでも伸びて、全方向からアラニスに迫る。
それでもアラニスは全ての触手を躱しながら、縦横無尽に動き回る。
「なるほどね……この男は自分を依り代に君と契約して、魔力を使い過ぎて飲み込まれたってことか。だけど人間の身体が、本気の君の魔力に耐えられるとは思わないけどね」
アラニスは冷ややかな目でバイロンを見る。確かにバイロンの全身は血管が浮き上がって、そこら中から流血している。
アラニスが言ったことを、全部理解できた訳じゃないけど。大よそのことは想像できる。
神に力を与えられた勇者や魔王がいる世界なら、こういう奴がいても不思議じゃないからな。
「ほう……どうやら貴様は、我が誰か解っているようだな。だがこいつの身体が持つうちに、貴様を殺すだけの話だ」
アラニスが触手を躱し続けると。躱した触手がそのまま伸びて、シンたちに襲い掛かった。
「てめえ……どういうつもりだ!」
ガルドは全ての触手を躱し切れずに、戦斧で受けようとする。
「ガルド、迂闊に触るな! 魔力に侵食されるぞ!」
シンの言葉に、ガルドは大きく跳び退いて触手を躱す。
「おい……バイロン、洒落にならねえぞ! 俺はてめえの道具になった憶えはねえ」
「何、これくらい躱せぬ愚鈍なら。我が操ってやろうとしたまでだ」
ガルドとバイロンが睨み合う。
「ガルド、此奴は最早バイロンではない……」
「クソ爺、どういうことだ?」
「バイロンは禁呪を使って魔界の存在と契約したんじゃ。だが制御できずに、飲み込まれおった……今の此奴は魔界の存在そのものということじゃ」
やっぱり、そういうことか。ダンジョンの魔物じゃなくて、本物の登場って訳だ。
だけど魔界の存在だろうと。実体があるなら――
「君のやり方は気に入らないね。そろそろ躱すのも飽きたから、終わりにしようか」
アラニスはまるで物を見るように、バイロンだった存在を見る。
「終わりにするだと? 魔王とはいえ、所詮は魔族風情が――」
バイロンだった存在が、言い終わることはできなかった。
突然、何かに圧し潰されたように。その身体がミンチになって、地面に広がったからだ。
魔力を見ることができる俺には、アラニスが何をしたのか解った。
膨大な魔力で、バイロンだった存在を押し潰しただけだ。
勿論、俺にはそんなことはできないけど。
バイロンだった存在が消滅したことで。ジュリアから黒い魔力が消えて、糸が切れた操り人形のように倒れる。
「彼女はもう大丈夫けど。君たちはまだ続けるのかな?」
勝てるとか勝てないとか言うレベルじゃないことは、シンたちも解った筈だけど。
「勿論じゃ……儂に魔王を放置して逃げ帰るという選択肢などない」
「そういうことだぜ……魔王、掛かって来いよ!」
シンとガルドは、まだ戦意を失っていない。
シンが引けない理由は解る。自分が引けば他の冒険者が犠牲になると思っているからだ。
だけどガルドは……引くことを知らない馬鹿なんだろう。まあ、俺は嫌いじゃないけど。
「シンの爺さん……」
「オルテガ、お主が付き合う必要はない。魔王も歯向かうことを止めた者まで、殺すつもりはないじゃろう」
「ああ。それで構わないよ。誰かが私と戦うことの意味を、愚かな者たちに伝える必要があるからね」
「魔王よ……一応、礼を言っておくぞ」
シンとガルドが再び魔力を漲らせる。膨大な魔力が大地を貫いて、上空に噴き上がる。
シンとガルドは同時に動いた。全てを懸けた渾身一撃。
アラニスは2人の攻撃を躱さなかった。
だけど攻撃が直撃しても、アラニスが微塵も傷つくことはなく。逆にアラニスの魔力に貫かれた2人は、光を失って崩れ落ちる。
「私は討ち取った相手の首を、晒すような趣味はないからね」
アラニスの膨張した魔力が、2人を飲み込んで消滅させる。
「では、君たちには退散して貰おうか。君たちの雇い主が、これで諦めることを期待するよ。無駄な血で大地を汚したくないからね」
アラニスが巨大な『絶対防壁』と『転移阻害』を解除すると。
青ざめた顔のオルテガは、無言のままジュリアを抱えて『転移魔法』を発動した。
2人がどこに転移したのか。アラニスは世界中の魔力を感知できるから解るだろう。
「さてと、アリウス。バイロンって奴は殺したけど、問題ないだろう?」
「ああ。自業自得だし。バイロンのことは、俺も庇うつもりはなかったからな」
アラニスが『領域』を展開すると、シン、ガルド、エイジの3人が現われる。
『領域』とはアラニスが使う『収納庫』のようなもので。生き物すら異空間に収納できる。
アラニスは3人を魔力で消滅させたフリをして、『領域』に転移させた。
殺さないで欲しいという、俺の頼みを聞いてくれたことになる。
「『時間停止』を解除するから、直ぐに傷を治した方が良いよ」
「アラニス、ありがとう。助かったよ」
エイジも無傷じゃなく。『時間停止』を使っていなかったら、死んでいた。
アラニスは無策で挑んだことの代価を、エイジに払わせたんだろう。
俺は3人を『完全治癒』で回復させる。
「……魔王、てめえ!」
ガルドが意識を取り戻して、暴れようとするから。アラニスが再び『時間停止』を発動して動きを止める。
「エイジを殺さない理由はないんだけど。アリウスの頼みだからね。今回は貸しにしておくよ。
まあ、死んだことになった彼らが、これからどうするか。私にとっては、どうでも良いことだけどね」
アラニスは面白がるように笑った。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 16歳
レベル:6,898
HP: 72,582
MP:111,031