146話:冒険者の頂点 ※三人称視点※
人間も魔族も住まない、巨大な魔物たちが蠢く人外の地。
SSS級冒険者序列第1位シン・リヒテンベルガーは、ここに住処を構える。
40年間、シンは自らの研鑽のために世界中を渡り歩いて。この人外の地に辿り着いた。
今、シンの目の前にいるのは、体長40mを超える赤竜。太古の竜と呼ばれる最上位の竜の中でも破格の巨体だ。
人外の地で巨大な魔物に遭遇することなど、日常茶飯事だが。
「お主には悪いが。今日儂に出くわしたことを、運が悪かったと諦めてくれ」
シンが身構えることもなく、赤竜を見据えると。膨大で濃密な魔力が、空気を焼き焦がしながら大地と空を貫く。
赤竜は怒りのままに灼熱のドラゴンブレスを放つが。
シンは最小限の動きで躱すと、魔力を込めた拳を振るった。
只それだけで。赤竜の巨体が粉砕されて。肉片と化す。
「太古の竜如きじゃ、武器を使うまでもないってことか。シンの爺さんは相変わらずだな」
突然現れたのは、漆黒の鎧を纏う隻眼の男。
研ぎ澄した刃物のような眼光。オールバックにした灰色の髪に、一房だけ白いモノが混じる。
現SSS級冒険者序列第2位のオルテガ・グランツだ。
「オルテガ、また儂に挑みに来たのか? グランツ家の人間は、どうしてもSSS級序列1位の椅子が欲しいようじゃな」
オルテガはグランツ家の人間として、SSS級冒険者序列2位になった3人目の男だ。
勿論、世襲でSSS級冒険者になれる訳はなく。オルテガの父は実力で祖父を倒すことで。オルテガは父を倒すことで、SSS級冒険者序列2位になった。
だがグランツ家の前には、決して越えられない壁がある。オルテガの祖父も父も、そしてオルテガ自身が何度挑もうと。シンの牙城を崩すことはできなかった。
「シンの爺さんを倒すことは、グランツ家の宿願だが。今日は別の用件で来た。エイジの奴に聞いたが、あんたは『魔王の代理人』アリウス・ジルベルトに会ったそうだな」
「オルテガ、お主が詮索好きとは知らなかったが。だから何だというのじゃ?」
鼻で笑うシンを、オルテガは睨みつける。
「魔王を危険視するあんたが、たかが序列8位とはいえ。魔王の犬になったSSS級冒険者を、放置したのが解せなくてな」
「アリウスの小僧は、魔族と人間の争いを終わらせると言いおったからのう。誇大妄想も良いところじゃが、アリウスがどこまで我を通せるのか。しばらく見物することにしたんじゃ」
「魔族と人間の争いを終わらせるだと? 冗談にしても笑えないな。そんなことができる筈がないだろう。魔族は人間の敵だ。これは未来永劫変わらない」
「儂も同じ意見じゃが。まだ魔王を倒せるだけの戦力が整っておらんしのう。それまでの間は、アリウスの小僧の好きにさせて構わんじゃろう」
「シンの爺さん……やはり、魔王はそこまで強いのか?」
オルテガの表情が厳しくなる。
「ああ。儂は魔族の国ガーディアルまで行って、『索敵』で探って来たからのう。魔王の力は底が知れんし。周りにいる魔族には、SSS級冒険者レベルがゴロゴロおった。そう言えばシュタインヘルトが魔王に付いたという噂も、本当じゃったな」
シンの『索敵』のレベルなら、魔力の大きさだけではなく。魔力の色を判別することができる。
シンは魔王の巨大な魔力の傍に、シュタインヘルトの魔力を確かに感じた。
「シュタインヘルトも、儂が知っている頃よりは強くなったようだが。儂に言わせれば、まだまだじゃのう」
「魔王の元に下るなど……シュタインヘルトの奴は、何を考えているんだ? 敵に回るなら、殺すだけの話だが」
オルテガも魔王討伐に参加することになっている。
勇者アベルが魔王の配下にアッサリと敗れたことで、冒険者ギルドの背後にいる者たちが本気になったのだ。
「だが俺とシンの爺さんが参戦すら、戦力が足りないなら。シュタインヘルトとアリウス以外のSSS級冒険者を総動員するつもりか?」
「いや、グレイとセレナはアリウスの師匠だから参戦せんじゃろうし。他のSSS級冒険者の大半も、ギルドの依頼を素直に請けるような性格ではないからのう。SSS級冒険者で参戦するのは、儂とお主の他はジュリアとエイジだけじゃ」
「だったら、どうやって戦力を揃えるつもりだ?」
「冒険者だけが戦力ではないからのう。昔の知り合いに声を掛けたんじゃ。知り合い自身はすでに引退しておるが、奴の組織に化物がおってな。性格に問題があるが、実力は正真正銘の化物というレベルじゃ」
「シンの爺さんが認める化物……その組織って『奈落』のことか?」
『奈落』とはどんなことでも金額次第で請け負う非合法組織だが。存在自体が闇に包まれており、実在するかも怪しいと言われている。
しかしオルテガは『奈落』と実際に事を構えたことがあるから。『奈落』が実在することを知っている。
「そうじゃ。さすがにお主は『奈落』を知っておるか」
「だったら『奈落』の創設者が、かつてシンの爺さんとパーティーを組んでいた元SSS級冒険者という話も本当なのか?」
「お主の祖父から聞いておるじゃろう。SSS級冒険者が罪を犯して掃除人落ちしたと、当時は話題になってのう。冒険者ギルドが必死になって揉み消しを図って、奴は死んだことになっておるが。本当のところは生き残って、『奈落』を組織したという訳じゃ」
かつてシンと共に7番目の最難関ダンジョン『神話の領域』に挑んだメンバーの1人で。実力はシンに匹敵するモノだった。
その実力者が手塩に掛けて育てたという化物に。シンは実際に化物に会って、実力を確かめている。
「だが問題は、その化物が本当に参戦するかどうかじゃ。性格に問題があると言ったが、その化物は自分がやりたい仕事しか請けんそうじゃ。しかも今は別の仕事を請けている最中らしく。場合によっては引退した知り合いを、引き摺り出すしかないかも知れんのう」
かつてのシンの仲間は『奈落』を組織した後も、引退した今も研鑽を続けており。年齢的に衰えたとしても、十分戦力になるだろう。
だが本当のことを言えば。魔王を確実に仕留めるためには、かつての仲間と化物の両方を参戦させることが望ましい。
しかし『世界を滅ぼす魔王を倒す代価としては安いだろう?』と、かつての仲間が要求したは金額は、平均的な国の国家予算並みだ。それが2人分となると……
(冒険者ギルドの背後にいる者たちが、それだけの代価を払うとは思えんからのう。こんなことになるなら、儂の資産を残しておくべきじゃったが……まあ、今さらの話だからのう)
シンは6つの最難関ダンジョンを攻略したことで、莫大な資産を築いたが。そのほとんどをある目的のために使ってしまっている。
その目的は、かつての仲間絡みのモノだが。仲間に言わせれば『それとこれは別の話』らしい。
「だったら、なおさらアリウスを放置すれば不味いんじゃないのか? 奴も一応SSS級冒険者だからな。シュタインヘルトのように魔王の元に下ったら面倒だろう」
「オルテガ、儂はしばらく見物すると言った筈じゃ」
突然、シンは獰猛な笑みを浮かべる。
「それにお主はアリウスの小僧を、先ほどから魔王の犬や一応SSS級冒険者などと侮っておるようじゃが……今のお主では、アリウスには勝てんぞ」
シンの言葉にオルテガは本気の殺意を向けて。膨大な魔力の奔流を叩きつける。
「爺さん……今、何て言った? さすがに、そいつは聞き捨てならないな!」
しかしシンは獰猛な笑みを浮かべたまま。
「儂が『鑑定』しても、アリウスのレベルが解らなかった。勿論、奴は『能力隠蔽』スキルを使ったんだろうが。それでもアリウスは、この儂に近いレベルということじゃな」
『能力隠蔽』は『鑑定』に対抗するスキルで。『鑑定』は自分とのレベル差によって、相手のレベルやステータス、スキルなど知ることができるが。
『鑑定』スキルのレベルを上げることでプラス補正が掛かり。『能力隠蔽』スキルのレベルを上げるとマイナス補正が掛かる。
シンは『鑑定』に頼らずに、自分の感覚を信じるタイプだから。『鑑定』スキルのレベルはそれほど上げていない。
だからアリウスが『能力隠蔽』スキルのレベルを上げていれば、相応のマイナス補正が掛かる筈だが。それでもせいぜい数百レベルというところだろう。
「シンの爺さんに近いレベルだと……おい、冗談だろう?」
「いや、儂は本気じゃ」
アリウスの年齢で自分に近いレベルなどと。シンも初めは疑ったが、アリウスのレベルが解らなかったのは事実であり。
そしてシンは決して本気ではなかったが。アリウスはシンの拳を完全に見切って、躱そうとすらしなかった。
(たかが10代の小僧が、この儂に迫るだと……面白いのう!)
それに気づいたシンは、久々に血が滾って。今日出くわした太古の竜を、思わず殺してしまったのだ。