126話:ガーディアルの戦士
次の日。アリサから魔族の反撃が始まると『伝言』が来て。
俺たちは勇者アベルが占拠している魔族の城に向かった。
城に迫る魔族の軍勢。反撃に出た魔族は500人ほど。魔族の戦士は最低でも50レベル。100レベル超えもゴロゴロいる。
さらには魔族が使役する魔物の数は1万を超えていて。人型や獣型の魔物が大半だけど。飛行能力がある魔物や、全長5m超の大型の魔物もいる。
それに対して城を占拠するアベルの軍勢は5,000人ほど。勇者パーティーの連中と、2割ほどを占める冒険者と傭兵を除けば、イシュトバル王国軍の兵士の練度はそこまで高くない。
勇者パーティーの活躍次第だけど。全体の戦力としては魔族の方が有利だ。
「だけどこれくらいの戦力差だと。城を落とすのは厳しいだろう」
俺は『認識阻害』と『透明化』を周囲に展開して戦況を窺う。
みんなを守るための『絶対防壁』も発動済みで。『索敵』の反応から、俺たちの存在に誰も気づいていないことは確認している。
「それにしても……もしかしてアリウスって、マッチョに憧れているの?」
ミリアが呆れた顔をする。今のミリアの姿は、大きくは変わらないけど。魔族特有の尖った耳で、髪の毛の色も青味掛かっている。
俺が用意したマジックアイテム『変化の指輪』で、魔族に化けているんだよ。
他のみんなも『変化の指輪』で魔族の姿になっている。『変化の指輪』くらいのアイテムなら、俺の収納庫に大量に死蔵しているからな。グレイとセレナは自分で魔法を発動して、魔族の姿になったけど。
話を戻すけど。ミリアが呆れている理由は、俺も『変化の指輪』で魔族の姿になったんだけど。みんなと違って、明らかに姿が変わっているからだ。
身長2m超で筋骨隆々の巨漢の魔族。これが今の俺の姿だ。
「いや、俺は勇者たちに顔バレしているからさ。全然違う姿にならないとバレる可能性があるだろう」
「でもそんなマッチョにならなくても。顔を変えれば十分じゃないの」
俺より有名なグレイとセレナは、顔を変えているだけだから。ミリアが言いたいことも解らなくはない。だけど全然別人の姿になった方が、バレる確率が減るからな。
まあ、俺は『恋学』の攻略対象のせいか。いくら鍛えても細マッチョ体型のままだから。マッチョになってみたいと、少しは思っていたけどさ。
「私はワイルドなアリウスも格好良いと思うわよ」
ジェシカが頬を赤く染める。ジェシカはマッチョが好みなのか?
ジェシカも『変化の指輪』で魔族の姿になっていて。装備もハーフプレートとバスタードソードという、いつものスタイルだけど、指輪の力で色を変えている。
「私は普段のアリウスの方が良いわね。ソフィアはどう思うの?」
エリスは揶揄うような笑みを浮かべる。
「私は……どちらのアリウスも素敵だと思います」
言いながらソフィアは真っ赤になる。いや、照れるなら、そんなこと言う必要はないだろう。
「わ、私も……アリウス君はどんな姿でも、か、格好良いと思うよ!」
ノエルも頑張って宣言するけど。頑張って言うようなことじゃないよな。
こんな風に、俺たちはとても戦場にいるような雰囲気じゃないけど。別に気を抜いている訳じゃない。むしろ戦場の空気に緊張している気持ちを解すために、軽口を言っているんだよ。
「アリウス、動き出したみたいだぜ。だが……マジかよ!」
魔族の姿のバーンが告げる。褐色の肌で長身のバーンは、魔族の姿がサマになっている。
まあ、バーンが驚くのも無理はない。動き出したのは魔族の方じゃなくて。城の門が開いて、勇者アベルが兵を率いて出てきたからだ。
籠城した方が有利なのは解り切っているのに。外に出て戦う意味があるのか?
まあ、理由はだいたい想像がつくけど。アリサが言っていた、勇者アベルが覚醒した新しい能力に関係があるんだろう。
「人類の敵である悪しき魔族を滅ぼすために、私は神より勇者の力を授かった」
白馬に跨る勇者アベルは、煌びやかなアダマンタイト製のフルプレートを纏っていて。光を放つ剣を引き抜くと、高らかに宣言する。
「我に付き従う正義の戦士たちよ。おまえたちに勇者の力を分け与えよう――『勇者の軍勢』!」
アベルがスキルを発動すると。剣が放つ光が、アベルが率いる軍勢全体を包んで。兵士たちの魔力が上昇する。
『鑑定』するとステータスも大幅に上がっていて。兵士たちの目つきも変わっている――まるで戦いに飢えた狂戦士のように。
俺の『鑑定』のレベルなら、発動したスキルを解析することもできる。
『勇者の軍勢』はステータスを大幅に上昇させて狂戦士化する『勇者の心』と同じような能力を、一時的にだけど数千人単位で与えることができるスキルだ。
狂戦士と化した兵士たちは、自分の生死なんて省みないで死ぬまで戦い続ける。
アベルが魔族の城を落としたときに、イシュトバル軍にも多くの犠牲者が出たのは、このスキルのせいだろう。
暴走した兵士たちが、我先にへと魔族の軍勢に迫る。『勇者の軍勢』で確かにステータスは上がっているけど。元々の力は魔族の方が上だし。魔物も1万体以上相手にするんだから。戦力的には、せいぜい五分というところだ。
だったら城に立て籠って戦った方が被害が少なくて済むし。高レベルな勇者パーティーの力で魔族の戦力を削れぱ、確実に勝てるだろう。
それでも、わざわざこんな戦い方をするのは。勇者アベルが自分の力を見せつけるためで。奴は兵士を消耗品としか考えていないんだろう。
まあ。そんなことは、させないけどな。
「セレナ。しばらくの間、みんなのことを頼むよ」
「ええ、解っているわよ。アリウス、好きに暴れて来なさい」
みんなを『絶対防壁』の中に残したまま、俺は自分だけ短距離転移する。
互いに迫る2つの軍勢の中間地点に転移すると。俺は2つ目の『絶対防壁』を発動する。
普段は球形に展開するけど。最大の魔力を込めて、薄い壁状に拡大していくと。2つの軍勢を分断する巨大な光の壁が出現した。
怒涛のように迫る両軍は、突然出現した光の壁に激突する。光の壁を壊そうと攻撃するけど、そんなモノで『絶対防壁』が破れる筈がないだろう。
「なんだ、これは……おい、アリサ。何が起きているか説明しろ!」
後方に待機したままのアベルは、怒りの声を上げる。
「アベル様、魔法だと思いますけど。こんな巨大な壁は、うちも見たことがありまへんな。魔族にも相当な力を持つ魔術士がいるってことや。アベル様、警戒した方がええと思いますで」
アリサが適当に応える。まあ、アリサにも俺が何をするかは教えてないけど。
俺は『絶対防壁』を背にして、『認識阻害』と『透明化』を解除する。
突然出現した巨漢の魔族。周りにいる狂戦士化した兵士たちが、切り掛かって来るけど。
「俺は魔王アラニス陛下に仕えるガーディアルの戦士。欲に眩んだおまえたちに、魔族の領域に踏み込んだことの愚かさを教えてやろう」
アラニスの許可は貰ったからな。俺は魔王の配下であることを宣言すると。
兵士たちの攻撃を完全に無視して、押し退けながら突き進んだ。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 16歳
レベル:5,632
HP:59,305
MP:90,604