112話:お節介
「アリウス兄さん、お帰りなさい!」
「アリウスお兄ちゃん、お帰りなさい!」
「ああ。シリウス、アリシア。ただいま」
学院を完全にサボるようになってから。実家に帰る機会が増えた。
それでも週に1回程度のペースだけど。
「アリウス、戻って来たのか。夕飯は食べて行くんだろう?」
「うん。腹減ったよ」
「もう、帰って来るなら事前に教えないさいよ。ご馳走を用意しておくのに。とりあえず簡単なものを作るから、ちょっと待っていなさい」
「母さん、ありがとう。だけど俺はご馳走よりも、普段の母さんの料理が食べたいんだよ」
「アリウス、貴方ねえ。またそんなことを言って、いつも女の子を泣かせてるんじゃ……まあ、良いわ」
夏休みに俺が宰相の地位を継ぐつもりがないと伝えたとき。ダリウスとレイアはアッサリと了承した。
学院の籍だけは残しておけと言われたけど。学院に行かないことも、宰相の地位を継がないことも、俺の好きにして構わないというスタンスだった。
『アリウスが自分で考えて出した答えなんだろう。だったら俺は構わないさ。俺とおまえの考え方が違うのは当然だからな』
『自分の代わりにシリウスとアリシアに押し付けることになるとか。そんなことは心配しなくて良いわよ。貴方たちにジルベルト家を継いで欲しいって気持ちはあるけど。親の希望を子供に押し付けるつもりはないわ』
ダリウスは騎士爵の息子で、レイアは平民出身だ。宰相とか侯爵の身分に拘りがある訳じゃない。
ダリウスはロナウディア王国の役に立ちたくて。レイアはダリウスを支えたくて。宰相と宰相夫人をやっているんだよな。
だけど俺にとってロナウディアは自分が生まれた国ってことと。家族と友だちがいる国ってだけで。特に思い入れがある訳じゃない。
俺が転生者だってことと。7歳の頃からずっと世界中を巡っていた影響があると思う。
勿論、大切な人は守りたいけど。国そのものを守りたいという気持ちは薄いんだよな。
そんなことは起きないと思うけど。もしロナウディア王国が行うことが悪で。他の国の人の命を奪うようなことがあったら。俺は他の国の味方をすると思う。
その日は家族5人で夕飯を食べてから。シリウスとアリシアの鍛錬の相手をした。
12月で9歳になったシリウスとアリシアは、毎日真面目に鍛錬をしているんだろう。魔力操作も身体の動きも以前と比べてかなり上達している。
みんなと一緒に王都の街に遊びに行ったときに、俺が渡した短剣も。今では魔力の青い刃を奇麗に出せるようになった。
「シリウスもアリシアも、良く頑張っているよ。その調子で鍛錬を続ければ、絶対に強くなれるからな」
「うん。頑張るよ。僕もアリウス兄さんみたいな冒険者になりたいからね」
「私もアリウスお兄ちゃんと一緒に冒険してみたいわ」
これは俺の悪影響かもな。だけどダリウスとレイアも元冒険者だし。2人がシリウスとアリシアにも、自分の思うように生きて欲しいと思ってるのは本当だろう。
「ああ。2人がもっと大きくなったときに。本気で冒険者になりたいって思うなら。俺がおまえたちの面倒を見てやるよ」
ジルベルト家の冒険者3兄弟。そういうのもアリだと思う。
※ ※ ※ ※
そして土曜日。約束通り10時に、カーネルの冒険者ギルドまでジェシカを迎えに行く。
今日は久しぶりにグレイとセレナと会うことになっている。
『転移魔法』で向かった先は、キプロス連邦って国の端にあるラウドの街の冒険者ギルド。
ラウドの街の近くには『ガジェッタの大洞窟』って名前の低難易度ダンジョンがあるけど。
俺にとっては、5番目の最難関ダンジョン『精霊界の門』に1番近い街って意味の方が強い。
もっとも、俺は『転移魔法』で『精霊界の門』に直行しているから。ラウドの街に来るなんて、グレイとセレナと攻略したとき以来だけどな。
「グレイさんとセレナさんと、ここで待ち合わせしているのよね?」
「ああ、そうだけど。待ち合わせの時間には、まだ少しあるからな」
2人と約束しているのは11時で、今はまだ10時半。俺たちは飲み物を飲みながら、2人を待つことにした。
「なんか懐かしいわね。アリウスが冒険者になったときには、もう強かったんでしょうけど。私は自分が冒険者になった頃を思い出すわ」
ラウドの街の冒険者ギルドにいるのは、大半がC級以下の冒険者で。デビューしたばかりのF級冒険者も結構いる。
「ジェシカだって1年でB級になったんだろう。デビューした頃から強かったんじゃないのか」
「少しは腕に自信があったけど。私は必死に努力しただけよ。あの頃は1番の憧れだったグレイさんやセレナさんみたいに、強くなりたいと思って」
「グレイとセレナはジェシカの憧れだからな。だけど『あの頃は1番』って。今は1番じゃないのか?」
「それは……今の私が1番憧れてるのは、アリウスだから」
ジェシカが顔を真っ赤にして目を反らす。いや、面と向かって言われると、さすがに照れるんだけど。
「えっと……ありがとう、ジェシカ」
「ちょっと、真面目に応えないでよ。余計に恥ずかしいじゃない!」
俺たちがそんな会話をしていると。
「あの……お話中に申し訳ないですけど。貴方も冒険者ですよね?」
声を掛けて来たのは、10代半ばの女子。
明るい色のショートカット。装備は真新しい革鎧にメイス。いかにも初心者って感じだ。
女子の後ろ。少し離れた場所に、同じように初心者っぽい冒険者が3人。こっちを心配そうに窺っている。
「それに鍛えているみたいだから……たぶん前衛ですよね?」
女子が見ているのは俺の方だ。何となく理由は解る。ジェシカはいつもの青いハープレートで完全装備。装備を見ただけでもレベルの高い冒険者だと解るだろう。
それに対して俺はシャツ1枚にズボンという格好だ。
「まあ、どっちかって言うと前衛だけど」
「もしかして、隣りの人とパーティーを組んでいるとか?」
「いや、俺はジェシカとパーティーを組んでる訳じゃない」
「良かった! だったら私たちのパーティーに入りませんか?」
俺も初心者だと勘違いしているな。
まあ、俺は年齢で言えば初心者でもおかしくないし。武器も装備もなしで冒険者ギルドにいるとか。素人と思われても仕方ないか。
「ねえ、貴方。勘違いしているみたいだけど。アリウスは……」
ジェシカが代わりに否定しようとしたタイミングで。『伝言』が届く。
「なあ、ジェシカ。セレナから『伝言』が来たんだけど。都合が悪くなったから、今日はキャンセルして欲しいってさ」
グレイとセレナがドタキャンするなんて、めずらしいけど。勿論、何か理由があるんだろう。
「え……そうなんだ。残念だけど、仕方ないわね」
ジェシカも2人を信頼しているからな。文句は言わない。
「だったら、アリウス。今日はどうするの? せっかくラウドの街まで来たんだし。2人で街を散策しても良いかなって思うんだけど」
ジェシカが期待しているのが解る。だけど変に期待させるのも悪いからな。
「俺としては『ガジェッタの大洞窟』に行くのもアリだと思うよ」
「……ああ、そういうことね。アリウス、解ったわよ」
すっかり蚊帳の外で。戸惑っている初心者冒険者の女子を見る。
「ああ、話の途中で悪かったな。おまえらのパーティーに入るつもりはないけど。今日1日だけなら、ダンジョン攻略に付き合ってやるよ」
『鑑定』するまでもなく。こいつら全員が初心者レベルで。パーティーのメンバー構成も悪い。
この4人で無理してダンジョンに挑んだら、結構な確率で死人が出るだろう。
お節介なのは解っているし。たまたま向こうが声を掛けて来て。こっちも時間が空いただけの話だ。
だけど俺が関わることで、死ぬ確率が減るなら。俺はこいつらに関わろうと思う。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 16歳
レベル:5,531
HP:58,225
MP:88,970