【書籍発売記念】番外編・その後のふたり
ディーンは公爵家の出とはいえど長男ではなく、聖騎士として俸禄をもらっているとはいっても、そう収入が多いわけではない。身の丈に合った生活を堅実に送るタイプである彼の住処は、貴族の館にしてはこぢんまりとしており、裕福な市民のものとそう変わらない設備が備わっている。
若く年輪の浅い杉を切り出して量産されたコーヒーテーブルの上で、ルウは行儀悪く頬杖をついた。
「ディーン様って、つまらないですよね」
向かいの執務机に座っていた青年――ディーン・ウィラードは、書類からゆっくり視線を上げた。顔にはありありと不快そうな色が浮かんでいる。美形で世間から騒がれている男だというのに、当人はまったく自分の外見に頓着していないため、こうして渋面で台無しにしてしまうのだ。
「失礼な人だな」
「だって全然構ってくれないじゃないですか」
せっかく遊びに来ているというのに、この男ときたら、ルウに紅茶を淹れさせるだけ淹れさせて、ずっと仕事にかまけているのである。
「来るなら先に言ってくれないだろうか。私にも予定というものがあるんだが」
「ほら。ほらほらほら、つまんない! せっかく来てくれたんだから、友達と遊ぶ方が大事だなぁ、とか思わないんですか!?」
「あなたと友達になった覚えはない」
「ひっど! もういいです。このクッションの中身を全部出したら帰りますんで」
「そういうペットのような抗議の仕方はやめてくれ。せめて大声で騒ぐとかにしてくれ。できれば人間の言葉で」
「ソファとスリッパもダメにしてやりましょうか?」
ルウは本当にやろうかなとも一瞬思ったが、一応は人間らしく、むう、とむくれてみせる。
「ペットみたいに暴れられたくないなら、ちゃんと人間扱いしてください」
「人間以外として扱ったことは一度たりともないんだが……たとえば?」
「そうですね。面白い話のひとつくらいしてくれたっていいじゃないですか。友達なら」
「人の仕事を邪魔するのは友人としてどうかと思うが……まあいい」
ディーンはしばらく考えるように万年筆をクルクルしていたが、やがて万年筆置きに差し込んでしまうと、両手を合わせて、口を開いた。
「……知人に、園芸をしている男がいてな」
「園芸?」
「植物は愛情をかければ絶対に美しく咲く、が持論の男だ」
「出だしからもうつまらなさそうなんですけど」
趣味の園芸からどうやって話を広げるというのだ。どうせ季節外れの薔薇が咲いたとか、植えた覚えのない花が咲いたとか、その程度の世間話だろう。
早くも失望して聞く気を失っているルウに、ディーンが慌てるなとでも言いたげな表情で手のひらを向けてくる。
「その男が、ある日、新種の植物を見つけたと言ってきた」
「新種ですか……変わった色をしてる、とか?」
「ああ。面白いから、ぜひ見に来てくれ、と。歴史に残る発見かもしれない、とな。まあ、見事な花だった。大きなラッパ型の花弁を持っていて、そうだな、百合の花に似ていた。美しかったよ」
やはり面白くなさそうだ。だいたい、口頭でどんな花なのか説明されたところで色も形も分からず、想像するにも限界がある。なんてつまらない話題を選んできたのだ、この男は。
「それで?」
「それで、その花が」
投げやりな相づちを打ったルウに、ディーンはもったいつけて、一拍置いた。
「大きな花弁のついた茎を、こう、うねうね動かしていたんだ」
ディーンがその動きを手首で再現する。花に見立てた手のひらを、くねくね、くねくねと踊らせた。
「私の見ている前で、花がびゅっと素早く動いたかと思うと……筒型の花弁で包み込んで、ネズミを捉えていたんだ」
「それ魔獣じゃないですか?」
「れっきとした植物なんだそうだ。虫を捕らえる『食虫植物』というのがあるんだが、それとまったく同じ構造をしているというんだよ」
「いや絶対魔獣でしょう?」
「その人が言うには、植物型の魔獣は魔力を食らうが、その花は魔力を食ってはいないんだそうだ」
「じゃあ、違いますねぇ……」
なるほど、それは確かに新種なのかもしれない。どうでもいいことだが。
「最初は虫を捕らえる程度だったらしい。だが数ヶ月かけて少しずつ成長して、ついにネズミを捕らえるようになったそうだ」
「よしんば魔獣じゃなかったとしても、それは植物擬態の動物とかじゃないんですか?」
「消化器官がないから、動物ではないというんだ」
「なら、違いますねぇ……」
「しかも、ネズミを捕らえたときだけ、妙に嬉しそうに――ニコニコするらしい」
「植物が?」
「植物が。ただ、人間から見ると笑っているように見えるだけで、実際は脳や表情筋が存在するわけではないそうだ」
「あぁ……ありますよね、そういうの。しっぽをパタパタさせてるから嬉しいのかなって人間なら思うけど、猫は嫌がってる、みたいなの」
要は勝手な人間の自己投影だ。
しかし、それにしても気味の悪い植物である。
「それで、また別の日に、うれしそうに私に報告してくれたんだ。手塩にかけたあの花が、とうとう――」
ルウはいつの間にか、身を乗り出していた。
「……とうとう?」
「温室に入ると、自分を見てニコニコするようになったらしい」
ディーンは、にまーっと、気味の悪い笑顔を浮かべてみせた。
「自分がいつも世話をしているから、覚えてくれたんだろう。きっと友情が芽生えたんだ、と、彼は言っていたんだが」
「脳ないって言ってましたよね?」
「ああ。しかし、植物も愛情を込めて育てれば、必ず答えてくれるというんだ」
ルウは怖気を覚えつつ、ぶるぶると首を振った。
「……違う。絶対違う、と思います」
「私もそう言った。だが、まるで聞く耳を持たない。それで、その日は説得を諦めて帰ってきた。しかし、放っておくのもマズいと思ってな。次の日も訪ねていったんだ」
「絶対マズいですね。それで?」
「……次の日、そいつは……」
ディーンはふと、何か嫌なことでも思い出したかのように、うつむいた。
「どうなったんですか?」
「……」
「え、どうなったんですか?」
ディーンは答えない。ただ静かに気まずそうな顔で机を見つめているだけだ。
「な、なんですか!? そこまで言って黙るのやめてくださいよ!」
つい声を荒げると、ディーンはほんの少しだけ口元を緩めた。
「私はつまらない人間だからな。あなたが気になるような話はできないと思って」
「え?」
「忘れてくれ」
数秒遅れて、ルウはようやく気づいた。
からかわれたのだ。真面目一辺倒で、面白みのないディーンに。
「え!? じゃあ、食べられそうになってた人なんていないんですよね? そうなんですよね!?」
「さあ、どうだろう。ああ、そういえば昔、人を食べる植物型の魔獣は退治したことがあるが、少し似ていたかもしれない」
「え!? うそ、実在するんですか!?」
ディーンは涼しい顔で紅茶を飲んでいる。悔しいけれど、ルウにはどこまで本当なのか、全然読めなかった。
悔しい。悔しいけれど。
その悔しさの奥で、胸が少しだけ高鳴っているのを、ルウは否定できなかった。
「……ディーン様」
「なんだ」
「意外と面白いですね」
悔しさ半分で、少しだけルウの笑顔も引きつってしまう。
「見直しました」
そのときのディーンの誇らしげな顔。ルウはちょっとほっぺをつねってやりたくなったが、我慢した。面白い話を聞かせてくれたのだから、少しくらいは調子に乗らせてあげてもいいだろう。
本作の書籍版が今日発売です。
詳細は活動報告にまとめておきました。
よろしくお願いします。




