93 エンディング①
◇◇◇
パーティの翌日。
ルウは心機一転頑張るつもりで、冒険者ギルドに来た。
――パーティだなんだとお金たくさん使っちゃったので、また貯金から出直しですねえ。
しかしルウには金策のアテがある。バチルダという太い客がついているのだ。
国外に出るためのランク上げも、もうあと少しで完了する。
それにルウのことはライダーが庇護してくれると約束してくれた。
パーティの準備の合間に、ルウはちゃっかりギルド長と秘密の契約をかわしていた。
「『隠密』か、いい才能をもらったね」
彼は大きな本棚から分厚い本を取ってきて、何かを参照した。
「過去の記録によると、武芸、職人スキル全般、商才、芸才に才能が発揮されるらしい。そちらで食っていくこともできるだろう」
「ありがたいです」
ルウが異様に器用だったのはそのせいだとすると、本当にいい才能だったと分かる。
「しかし、冒険者ギルドが『隠密』系統の才能持ちに依頼したいのは、もっと秘匿性の高いスパイ活動だ。そのことは分かるね?」
「はい」
「時には死の危険と隣り合わせの仕事を行ってもらうこともあるだろう」
「もちろんです」
ギルド長は笑顔で手を差し出してきた。
「歓迎しよう。なに、心配はいらない。冒険者ギルドは大陸百五十カ所に支部のある大組織だ。王家からもきっと守ってみせよう」
ルウはわくわくするあまり、盛大なニヤニヤ笑いを抑えきれなかった。
「王子を殴っても、ギルドは守ってくれますか?」
「それは……うーん、どうだろうな……」
ルウは先走り気味に身を乗り出す。
「じゃあ、王子をぎったぎたにやっつけてこの建物まで逃げてきたら、匿ってくれますか?」
「引き渡すことはないね。守り切れるかどうかは分からないが」
「決まりですね!」
ルウはギルド長と極秘の契約書を交わして、特殊な冒険者証を受け取ることにした。これで、ギルド内部にも極秘で直接依頼を受けられるようになるのだという。
サインをするとき、少しだけ考えた。もしも冒険者ギルドがまずい秘密を知ったルウを始末しようとしてきたら、どうすべきだろうかと。
答えはすぐに出た。そんなもの、冒険者証を燃やしてどこかに逃亡すればいいのだ。餌をくれる飼い主はたくさんいればいるほどいい。それがルウの、あちこちを渡り歩く野良猫としての知恵だった。
こうしてルウは冒険者ギルド所属の特殊な冒険者として、登録を終えたのだった。
――もう『隠密』な初仕事の依頼が来てたりして?
ルウはいつもの受付嬢に、愛想笑いを浮かべて近づいた。
「私あての依頼はありますか?」
受付嬢はルウを見るなり、とびっきりの弾んだ声で「お待ちくださいね!」と言った。
「実は新しい方から依頼が来てまして! それがまたすごい方なんですよ!」
依頼主の名前をひと目見るなり、ルウはさーっと血の気が引いた。
「え……? ディーン……様……?」
「そうそう! 聖騎士の方らしいんですけどね、真面目そうでいい方でしたよ! それにすっごいイケメンで! 王子様かと思っちゃいました!」
受付嬢の話などもう聞いていない。ルウは珍しく、慌てていた。
――え? 私が冒険者をしようとしてたの、知られてました?
格好つけて馬車から飛び降りたのに、行き先がモロバレだったなんて、恥ずかしいどころの騒ぎではない。
「あ、ほら! 噂をすれば!」
受付嬢が後方の酒場スペースを見ながら、嬉しそうに手を振っている。そこに誰がいるのか、振り向かなくても分かった。ルウは一か八かで店内を飛び越えていこうかと思いながら振り返り――
ルウはその場に立ち尽くした。
ディーンはいつもの聖騎士の格好で、特に身構えるでもなく、ルウに向かってゆっくりと歩いてきている。なんてことない動きだが、彼が一流の剣士であることは、歩法からも察せられた。
――隙は少ないですが、身軽さでは私の方が上。逃げようと思えば逃げられないこともないです、が……
ルウはこの冒険者ギルド内で問題を起こすわけにいかないのだ。口先でやり込めるべきだろうか。
「こちらの方がルースさんです!」
「もう少し推測されにくい名前を付けた方がいいんじゃないか? あなたは才能に頼りきりで、隠蔽工作が雑すぎてハラハラする」
単純なディーンにダメ出しをされたのがトドメだった。ルウは恥ずかしくて変な声が出た。
真っ赤になった顔を手で隠しながら、恨みがましく睨む。
「あーもー、どうしてここが? クリストファーにもまだバレてないのに」
「誰だそれは」
「正々堂々来るところはディーン様らしいなって思いますけど。クリストファーもそうしてくれればいいのに」
「だから誰なんだ」
ルウはやけっぱちで腕を組んだ。断固として戦う構えだ。
「止めたって無駄ですよ。私はS級冒険者になってドラゴンを狩る凄腕ハンターとしてウソと誇張山盛りの自伝を書いてボロ儲けして印税生活を送るんです」
「それならちょうどいい」
ディーンがいつもの、真面目くさった態度で言う。
「ドラゴンなら私もよく駆逐作戦に駆り出される。ソロでというわけではないが、初心者のガイドぐらいは務まるだろう」
言われて初めてルウは気づく。彼はパーティの壁役にぴったりだ。ルウのように自分の身軽さを活かしてヒットアンドアウェイをするタイプとの組み合わせがいいかどうかは知らないが、身の安全度ははるかに高まるだろう。
「いりませんし、お金も払いませんし」
しかしルウは意地を張った。
「報酬は、そうだな。宮廷の行事にでも来てくれればいい」
「いきませんてば。私は違う国で面白おかしく暮らすんです」
「ソーニー嬢」
ディーンがまっすぐな目でルウを見る。純粋に好意しかないのだ。ルウのために申し出ていると確信しきっていなければ、こんなに綺麗な目にはならないだろう。
「私のような魔獣狩りの経験者を雇うとしたら、いくらくらいするものなのだろうか」
「お調べしましょうか?」
答えたのは後ろで成り行きを見守っていた受付嬢だった。
受付嬢が「勤続年数は?」「ドラゴンの駆逐経験はいかほど?」「得意な魔獣は?」と質問をいくつか飛ばし、ざっと算定してくれた。
驚きの高額報酬を提示され、ルウは思わず舌打ちした。
「エリートがフリーランスに転職したら報酬が何倍にもなるってズルすぎません? 雇用機会の均等化を要求します」
「何の話なんだ……?」
ディーンは生真面目に呟いて、しかしルウから特に返事がないために、話を戻してくる。
「私も聖騎士の仕事があるからいつも手伝えるわけではないが、せめて初心者を脱するまでは手伝ってやりたい。そのぐらいならいいだろう? あなたには世話になったからな」
「私はこの国から出ます。何を言われようとも意見は変えません」
「好きにすればいい」
ルウが目を丸くしていると、ディーンは『何かおかしいことを言っているか?』と問いたげに首を傾げた。
「冒険者ならあちこちを行き来するんだろう? 二度と会えないわけでもない。あなたのしたいことは尊重しよう。それでも拒否する理由はあるだろうか?」
ルウは面白くない気持ちで睨んでいたが、ディーンが純粋に戸惑っているようだったので、肩から力が抜けた。彼は本当に、心からの好意でこれをやっている。生きづらい性格をしていると思ったら、笑いが込み上げた。
――変な人。
「別に、何にも面白いことなんてありませんよ? 私の仕事なんて、しばらくは行商の護衛とかですし」




