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万能才女の悪ふざけ ~悪女のふりはやめました。市井でスローライフします…多才で引っ張りだこでした~  作者: くまだ乙夜


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91 ひと暴れしてやります③

◇◇◇


 ルウは廊下の角に身を隠しつつ後をつけ、物陰からギブソンが自室にひとりで入っていくのを確認した。


 ぐるりと反対側のバルコニーに回り、手頃な足場を探す。王宮の手すりは細かな彫刻がたくさん入っていて、しかも足をかけても頑丈なので、よじ登るのに苦労はしなかった。


 目だけ出して様子を観察する。中は薄暗く、人の気配がしない。おそらくひとりだろうと見積もって、ルウは堂々とバルコニーに降り立った。


 窓から身を滑り込ませ、今しも上着を脱いでくつろごうとしているギブソンに元気よく挨拶した。


「ギブソン殿下、こんばんは!」


 割になさけない声をあげ、彼は飛び退いた。ルウの顔を見るなり、彼はすぐに落ち着きを取り戻す。


「そっか、君、才能が判明したんだね」

「分かるんですか?」

「竜の目には鑑定眼もついているんだよ。なのにずっと君だけぼんやりしてて見えにくかったから、気持ち悪くて」

「なら、もう分かったんで私に用はないですよね? 別に私、殿下と愛し合うつもりはないですけど、命を狙うつもりもさらさらないので」


 ギブソンは苦笑する。


「私の寝所に忍び込んできた賊は、その場で斬り殺さないとマズいと思うけど、どうしようか?」

「その前に私が殿下の急所を突きます」


 ルウは隠し持っていたナイフから鞘を払った。王族が皆強い、というのはおそらく本当なのだろう。でも、これまでことごとく彼がルウにだけ出し抜かれていたのは、きっと――


「これが竜の呪いってやつなのかな」


 ギブソンはどこか投げやりだった。


「こんな状況なのに、君に抵抗する気が全然起きないんだ」

「自分を殺せる才能持ちの女性には惹かれてしまう。難儀な呪いもあったもんですね」


 ルウは感情のない声で総括し、ゆっくりとギブソンに近づいていく。


「こんなことを言っても君にしてみれば言い訳するなという感じだろうけど」


 ギブソンはルウがすぐそばでナイフをつきつけるまで、だらりと手をたらしたまま、指一本動かさなかった。


「正気じゃなかったんだと思う」

「そうでしょうね。お察しします」

「君を害するつもりはなかった」

「言い訳ですね」

「うん。だから、好きにしたらいいよ」


 ルウはギブソンを手にかけられる位置で、ナイフを構えた。


 もう彼に用はない。ここで消えてもらおう。逃走経路も確認済みで、ディーンの馬車もすぐ発車できるよう指示してある。十割の確率で逃げ出して行方をくらませられるだろう。


 ルウはナイフをふるいかけたが、手を止めた。


「私の今後を考えたら、即座にこのナイフをお見舞いするところなんですが」

「そうだろうね。でなければ私はまた君を狙うよ。それが呪いだからね」

「ディーン様は呪いの対象ではないですよね?」

「……まあね」

「じゃあ、ディーン様に手を出さないでくれるなら、ちょっとだけ負けてあげてもいいです」


 ギブソンは呪いの影響下にあるからか、少しぼんやりしているようだった。ややあって、面倒くさそうな返事が返ってきた。


「彼にもすまないことをしたと思ってるんだ。何もしやしないよ」


 ルウは足元から鞘を回収して、丁寧に袖口へナイフをしまい込んだ。


 ――やっとこのときが来ました。


 ルウはずっとずっとこの瞬間を待っていたのだ。


 ルウは拳を握り締めて、微笑んだ。


「ではギブソン殿下、歯を食いしばってください」


 利き手を鋭く、内角をえぐるように打ち出した。


◇◇◇


 ルウは全力疾走していた。


 物音に驚いた衛兵が部屋の中に飛び込んできたので、ルウは慌ててバルコニーから飛び降りることになった。呼び子が鋭く鳴り、衛兵が走り回る庭をルウはぐるぐると三周もしてなんとか切り抜けた。しかし庭を出る最後の最後という瞬間に、走り去る姿を目撃されてしまい、こうして追われることになったのだった。


 ルウは背後から聞こえる『なんて早さだ』といったような罵倒を聞き流しながら、ディーンの馬車を見つけて飛び込んだ。


「どうした? そんなに急いで」


 ルウはその日一番と言ってもいいぐらいのいい笑顔で答える。


「やってやりました!」


◇◇◇


 ルウはディーンをせかしてとっとと帰ることにした。


「もういいのか?」

「王子は殴ってきたので」


 あちゃあ、と顔に手を当てるディーンを差し置き、ルウは馭者に出すようお願いした。


「いやー、すっきりしました! 自分でもこんなにストレスになってたんだなって驚くくらいでしたよ! あはははは!」


 やけくそでテンションがあがってしまっているルウを、ディーンがじっと恨みがましく見つめる。


「指名手配が回ってきたら突き出した方がいいのだろうか」

「どうぞどうぞ。もうこんな国とはおさらばですんで!」


 ルウがムフーと自慢げに鼻を鳴らすと、ディーンはハッとした。


「自暴自棄になってはいけない。きちんと罪を償えば数ヶ月で出てこられるはず」

「王子の寝所に忍び込んでぶん殴る危険分子は断頭台の露と消える運命ですが」

「なぜ早まったんだ……!」


 真面目に嘆いているディーンがおかしくてけらけら笑うルウだった。


「ご心配なく。『隠密』の『才能』があれば国外脱出も簡単ですので」

「外に出て、その後どうする? 絶対にやめた方がいい」

「でも、他に行き場もないですから」


 証拠を残さず犯罪を犯せる才能持ちなど危険でしかない。たとえば鉢植えが盗まれたとか、近所で飼われているミャーちゃんに誰かが餌をあげすぎて太らせたとかいった重大事件が起きたとき、真っ先にルウが疑われるだろう。


「たとえば社交界で某紳士が実はカツラだという噂が流れたとしますよね。そこに人の秘密を掴んでばら撒くのにうってつけの才能を持った女がいるとします。出所にされそうじゃないですか。私はそんなことしない……しな……」


 ディーンが微妙な顔になった。


「……あなたならやりかねないからな……」

「まぁ私も、自分でそう思いました」


 それはともかく、とルウは話を戻す。


「それでなくとも、私には変なイメージがつきすぎました。悪女だの、失踪しただの、王子の囲われ者だの。私と仲良くしたい貴族がいるとは思えません。もう詰みです」


 ルウは両手をお手上げ状態にした。


「街でぶらぶらしながら冒険者稼業をした方が私は幸せになれると思います。ルウ・ソーニーは、今夜、この国から姿を消します」


 ルウは宣言するなり、髪留めを抜き取って、まとめていた髪を下ろした。ゴテゴテして重たいアクセサリー一式を外し、わきに避ける。


 ルウは今度こそ悪女のふりからきっぱりと足を洗うつもりだった。


「ディーン様ともお別れです。お元気でいてくださいね」


ルウは心からの気持ちで微笑んだ。いつの間にかディーンには友情めいたものを感じるようになっていた。出会いは最悪で、好きになれない相手だと思ったのに、話せるところもあったなと思うくらいには愛着が湧いていた。


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