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9 悪女の装いを見せましょう②

 やがて、前方の人垣が割れた。フロアにたむろす人たちが一斉に頭を下げ、ドミノ倒しのようにお辞儀の波が広がっていく。


 中央からまっすぐに歩いてくる若い男性がいる。


 ヘルーシアとルウは慌ててお辞儀の姿勢で静止した。誰だかは知らなくとも、この一連の反応だけで、非常に身分の高い相手だということは分かる。


 ルウは腰を折って目線を下げていたので、男性の足元だけが見えていた。ブラウンの革靴から生える仕立てのいいズボン。細身で、おそらく若い男性。手入れの行き届いた靴はシャンデリアを反映して真っ白に輝き、エナメルと見まがうほどだった。


「こんばんは、美しいお嬢さん方。今日は素敵な衣装の方がいらっしゃっていると聞いてね。私も拝見しにきた。どれ、私によく見せてくれないかな」


 お声がけをもらったので、ルウとヘルーシアは顔を上げた。静止していた周囲の人々も次々と息を吹き返し、華やかなダンスのステップが会場を満たす。


「ギブソン殿下……!」


 ヘルーシアが少しうわずったような声で名を呼んだので、ルウもうっすら思い出した。


 ――えーと、第三王子だか……第二王子だかでしたっけ。


 一生懸命記憶を掘り起こすうちに、プロフィールを思い出した。


 ――確か、着道楽の遊び人で……美しく着飾った女性に目がないんでしたか。


 ルウは針子のバイトをしているので、多少は着道楽の王子の噂も聞いたことがあった。何でも、近所のお店にお忍びで注文を出しに来ることがあるのだとか。服の仕立屋が並ぶ通りで、紋のない高級馬車から王子が降りてきた――という情報はお針子の間でもよく流れていた。しかしそれが本当に第三王子だったかというと、あまり自信がない。もしかしたら第一王子だったかもしれないし、第二王子だったかもしれない。


 ――だいたい、王族の男子ってみんなカラーリングが同じなんですよねぇ。


 金髪と、緑の瞳。いや、青い瞳だったかもしれない。しかも全員が似たような美形とあっては、見分けろという方が無理だった。


 ギブソンはふたりを交互に見やると、華やかな笑顔で微笑んだ。


「ああ、噂は本当だったんだね。すばらしいドレスだ。まるで祖母の時代が蘇ったかのようだね」

「ありがとうございます」


 微笑み、賛辞を受け取るルウに、ヘルーシアがかすかに眉を動かした。対抗意識のにじむ仕草で、ほほほと優雅に笑う。


「お姉様の格好には驚かされましたわ。古物市場で仕入れてきたみたいなドレスなんですもの。うちが贔屓にしている服飾店がこのようなドレスを作るとは寡聞にして存じませんから、本当に姉が掘り出してきて自分で縫ったとしか思えませんわ。とても信じられない話ですけれど」

「ああ、では、これは君のセンスというわけか」


 ルウはこのドレスに自信を持っていたので、胸を張って答える。


「さようでございます、殿下」

「本当に素晴らしいよ。これほどおしゃれな女性は久しぶりに見たな」

「いやですわ、殿下ったら。あまりお姉様をいじめないでくださいまし。今日は皆様から笑われて、十分に堪えたでしょうから。これ以上は酷というものですわ」


 妹のくすくす笑い。甘く優雅で心地よく耳をくすぐるこの声でからかわれると、たいていの男性は目尻を下げる。


 しかし、なぜかギブソンは、一瞬だけ笑みを消した。


 すぐに柔和な笑みを取り戻し、ルウに甘い口調で語りかける。


「まず袖のレースが素晴らしい。手織りのニードルポイント・レース、しかもフィオレド産のスミレ柄なんて、今ではもう手に入らないだろう?」

「……ええ……お付き合いのある方のドレスから、もう着ないからといってお譲りいただきました」


 古着から外してきたのだから、だいたいそんなようなものだろう。そう考えて、ルウは微妙に合っていない回答をしれっと返した。今日が最後の舞台だと思っているルウに、もはや怖い物など何もない。無敵の彼女は王子にも恐れを抱かなかった。


「しゃれたことをするね。きっとその人も素敵な方なんだろう」

「わたくしのお手本ですわ」


 ドレスを改造する上で大いに参考にさせてもらった。だから間違ってはいない。


 ギブソンはルウの適当極まりない回答で気をよくしたのか、上機嫌だった。


「今はもうみんな機械織りのレースに代わってしまったから、知る人も少ないけれど。大昔の、手で織ったレースは『糸の宝石』と呼ばれるほど貴重だったんだ。古着から新しいドレスに付け替えて、何度でも貴婦人の身体を飾ったものなんだよ。今でもそうしている方がいるとは思わなかった。君はとても服に精通しているようだね」

「恐れ入ります、殿下」


 妹が信じられないものを見るような目つきでルウを見ている。


 ルウは涼しい顔で両者の視線を受け止めながら、心の中で平然と返す。


 ――いえ、そんなこと知りませんし。


 正直に言って、ルウもそんなに価値のあるものだとは知らなかった。ただ、普段から針子のバイトをしているため、ちょっと変わった柄だとは思っていた。柄物というのは侮れないもので、見ればどのぐらいの年代に流行したものか、普通の貴族には分かってしまう。そのため、直近で流行った柄を選ぼうものなら、一発で古着のリメイクだとバレてしまう危険性があった。それでこの年代不詳の古物を採用したのである。


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