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89 ひと暴れしてやります①

◇◇◇


 冬はパーティイベントが目白押しだ。


 毎日のように何らかのパーティがどこかで行われている。


「今日は『厄災の魔獣』を倒した記念日だから、騎士団員が全員招集されているんだ」


 ルウは詳しく知らないが、昔、『厄災の魔獣』という名の魔物がいたらしい。


 およそ二百年以上も前のことだが、退治にまつわる英雄譚を語り継ぐのがこの日の恒例となった。毎年、劇団を招集してショーを見せてくれる。ルウも何度か参加したことがあるが、参加者の人数が多すぎて、いつも端っこでちょっと見るだけだった。


 演劇は固定の席が用意されているわけではなく、行き来自由なので、ずっと別室で違うことをしている人たちの方が多い。


 ディーンはいつものように聖騎士団の制服を一分のすきもなくきっちりと着ていた。糊のきいた真っ白な襟、美しく整えられたカフス、そして丁寧にセットされた銀髪。


 対してルウは、真っ黒なシルクを少々露出度の高いドレスにしつつ、飾りは控えめに、髪型もごくシンプルにまとめるだけにした。


 むきだしの胸元を覆うのは黒い地金のデコラティブなネックレスで、宝石も黒玉で統一している。


 ディーンは面食らったようだった。


「葬式かと思った」

「甘いですねぇ。よくこの胸を見てください」


 とルウが黒いレースのショールをはだけてみせると、そこには真っ赤な薔薇が飾られているという仕掛けだった。


「もっとこの状況にぴったりな花言葉のお花でもよかったんですけど、やっぱり黒地の赤は目立ちますし、それに赤い薔薇なら会場のほぼ全員が花言葉に思い当たりますからねぇ」


 ――情熱的な愛。


 ――あなたを熱烈に愛しています。


 ディーンでもそのくらいは知っていたのか、目を丸くした。


「この薔薇、長時間だと萎れちゃうんで、実は水筒も一緒にセットしてあるんですよ」


 秘密の仕掛けを自慢しようと、ドレープの奥に巧妙に隠してある裏側をちらりと見せると、ディーンは慌ててルウのショールをかき寄せた。


「やめろ、人に誤解されるだろう」


 何のことかと思ったが、どうもくっつかれるのが恥ずかしいらしい。


「あー……すみません。ちょっと馴れ馴れしすぎましたね」


 ディーンがクソ真面目な騎士としての職分を越えないせいで忘れていたが、一応は彼も男性だ。女友達にするような感じに接してしまったのはよくなかった。


「でも今日は我慢してもらわないと。恋人同士ってことになってますし、ちょっとはそのフリをしてもらうつもりなので」

「恋人同士でも節度を守れと言ってるんだ!」


 ルウは怒鳴り声を聞きながら、何とも郷愁に満ちた気分になった。


「ディーン様に怒られるのも今日が最後と思うとちょっと寂しいですね」


 ディーンはそうでもないようで、厳しい顔でルウを睨んだだけだった。


 ルウはなんとなく腹が立ったので、無理やりにディーンの腕を取り、絡みついた。


「さあはりきって見せつけてまわりましょうか!」

「やめろ、おい、離せ!」


 ルウはディーンをあちこちに引きずっていき、彼の知り合いに行き当たるたびに白々しく自己紹介した。


「失踪? いえ、まさか! ディーン様がぜーんぜんわたくしに靡いてくださらないので、傷心旅行に出ておりましたの。でもディーン様がわたくしを捜していると聞いて、慌てて戻ってまいりましたのよ」


 大大大好きな意中の男にまんまと構ってもらえてご満悦の、軽そうな悪女。


 ルウはそのコンセプトに基づき、人目も憚らずにディーンにくっついた。今日は無礼講だ。少なくともルウの中では無礼講なので、ディーンが怒ろうとも関係がなかった。


「こんなことをして何の意味がある? ウソをついてまわって、あなたは何がしたいんだ?」

「意味?」


 ルウはけらけら笑った。


「意味なんてないですよ。『楽しい』それだけです」


 人を化かすのは楽しい、というのがルウの趣味だった。嘘のつけないディーンには悪いが、ぎこちなくルウに振り回されているのも密かに面白いと思っている。彼の同僚たちも噂のルウ・ソーニーと遭遇して何やら嬉しそうだし、紳士淑女の皆様方もディーンとルウのでこぼこカップルを物見高く見物できて満足しているようだ。


「ディーン様は楽しくないですか?」


 元々彼が笑っていることの方が少ないが、そのときはいつもより機嫌が悪そうだった。


「一時しのぎの嘘を積み重ねても、結局あなたはいなくなるつもりなんだろう? なら、意味がないじゃないか」

「だから意味はないですよ。楽しいかどうかを聞いてるんです。ディーン様は、自分のことを散々寝取られ男と馬鹿にした人たちに、事実は違うって思い知らせてやれて、すっきりした気分にならないんですか?」

「ならない」

「そうですか……」


 ルウまでつられてテンションが下がってしまった。


「ディーン様は寝取られ男だと思われることに喜びを見出してたんですね」

「だからどうしてそうなる!」

「じゃあなんだっていうんですか? 文句ばっかり言ってないで、ちょっとは自分から盛り上がるようなことをしてみたらどうなんですか。せっかく楽しかったのに、私まで嫌な気分です」


 ルウはちょっと拗ね気味に腕を組む。


 不機嫌なディーンと睨み合っていると、ちょうど目立つ大男が歩いてくるのが見えた。


 聖騎士団のトップにあたるその男は、今日も隣にお付きの聖騎士を伴い、いかにも重鎮というそぶりでルウに手をあげてみせた。


「やあこれはソーニー嬢! ご無事でしたか!」

「アルジャー様!」


 このときほどアルジャーがありがたく思えたことはない。


「いや、心配しておりましたよ。事故に遭われたというような話を聞いておりましたものでね。何でも、崖から落ちたとか……」


 最後の方は声を潜めて、ディーンとルウにだけ聞こえるように囁いた。


「ええ、そうなの!」


 しかしルウは逆に、周囲にも響く大声を出した。


「でも、ディーン様が助けてくれたのよ! 崖の隙間に奇跡的に引っかかったわたくしを見つけて、危険も顧みずにそこまで降りてきてくださったの!」


 ルウは事実誤認をペラペラ喋りながら、ディーンの二の腕にねっとりと絡みついた。ルウはもう気兼ねなくディーンにベタベタ触れるくらい彼のことを舐めきっていたが、ディーンはぎくりと身体を硬くした。


「あのときのディーン様、本当に素敵だったわ!」


 ルウがうっとりした顔で見上げると、ディーンはなぜか頬を赤らめた。元の色が白いので、少し赤面しただけでピンク色に染まって見える。


 ――あれ? 照れてる?


 アルジャーがそんなディーンの様子を見ながら、「ははあ」と意地悪く笑った。


「いや、分かるぞ、ディーンよ。愛するソーニー嬢を助けたくて必死だったんだろう?」

「違います!」

「自分でも無茶をしたと思っているんだろう。照れることはないぞ」

「わ、私はただ、人命の救助を……!」


 からかわれているディーンが辛そうだったので、ルウはさりげなく話題を変えることにした。


「それにしても、聖騎士様がたくさんいらっしゃったわね。あれって、アルジャー様が差し向けたのではないわよね?」


 ルウはアルジャーの周辺に侍る聖騎士たちをじろじろと見ながら言う。一段と数が多いのは、今日が聖騎士たちにまつわる祭典だからだろうか。


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