88 最後の大暴れのその前に
◇◇◇
ルウはしばらく潜伏し、捜索が一通り打ち切られたところで、ディーンを連れてショッピングにやってきた。
簡単な変装をしているだけだが、見つかりはしないだろう。ルウには才能の加護がある。
「あなたの容姿は見るたび違って見える」
「どういうことですか?」
「会っている間はちゃんと見分けられるんだが、別れてしばらくすると、どんな女性だったか思い出せなくなるんだ。記憶操作のようなぼやけた感覚がする」
「それで……」
またしてもいろいろな疑問に納得が行ってしまった。
——―なら、少し出歩いても問題はないでしょう。
ルウはパーティ用の衣装を見繕いにきたのだった。
せっかくの晴れ舞台なので、おしゃれをしたかったのである。
「その制服、着てくれてるんですね」
ルウが勢いで改造した制服だ。あのあとどうなったのだろうと思っていたのだ。
「ああ。第三王子も興味を示してくれて、式典用の服とは別に、実戦用のものを増やそうという動きになっているんだ」
それはよかったとルウも思う。手間をかけたかいがあったものだ。
「パーティもそれで行くんですよね?」
「その予定だ」
ルウはちょっと考えてしまう。
「……そうすると、私は淡い色のドレスを着るわけにはいかないですね」
布の山から流行りのフェミニンな色を除外して、クラシックで落ち着いた大人の色を探す。
「好きな色のドレスを着ればいいんじゃないか?」
「そうもいきません。ディーン様のその制服、今でこそやや砕けた感じになっていますが、もともとは相当にシャープで体の線を強調する……つまり男の人をカッコよく見せる感じなんですよ」
ルウは選び抜いた赤と黒の布たちをさらに厳選して、結局はもっとも無難な黒いシルクを買うことにした。
「はっきり言って、私より目立ちます。パーティで同伴の女性より目立つ男性は野暮ですので、嘲笑の対象になります。ディーン様は女性をエスコートするイメージがないですから、余計に笑われるでしょうね」
ディーンは衝撃を受けたような顔をした。
「か……考えてみたこともなかった」
「その制服の色もまずいですよね。フォーマルなダークカラーで」
「そうか? 無難だと思うが……」
「正確にはディーン様はダメ、という感じです。そのキラキラした銀髪とのコントラストで、びっくりするほど目立ってしまうので!」
背景に溶け込む黒子のダークカラーと、個人を際立たせるおしゃれな黒の装いの境目は定義が難しいが、コントラストの高さは間違いなくひとつの指標になるだろう。
銀に黒、金に黒などは、色がうるさくなって、どうしても人の目を集める。
「これで私がおとなしいお嬢様風のピンクのドレスなど着ようものなら、『ものすごくカッコいい男の人の隣に、なんだか小柄な女性がいるな』としか思われません」
「誰も男の方など見ないと思うが……」
「パーティ会場は、淡くてキラキラした色のドレスが氾濫していると思ってください。迷彩と同じですね。森の中で緑や茶色の服を着ると目立たないように、パーティ会場でピンクのドレスを着ると目立たなくなってしまうんです」
「……そうなのか……!」
勉強になる、とでもいうようにクソ真面目な態度で聞くディーン。ルウは気をよくして、講座を続ける。
「というわけで、私もディーン様に合わせます」
ルウはパーツに使うリボンやレースなども選び出して、一式買い上げた。
布をディーンの隣に並べながら、唇をへの字に曲げる。
「でも、どんな私よりもディーン様の方が目立ちそうでちょっと悲しいです。いっそ坊主にでもしてやりましょうか」
「別に構わないが」
「ウソです、やめてください。ディーン様の唯一の長所がなくなっちゃうんで」
軽い冗談のつもりだったが、ディーンには通じなかった。
ディーンはへそを曲げてしまい、ちょっと口数が少なくなった。
ルウはまだ材料をそろえないといけないので、ディーンに構わず、さっさと買い物を済ませた。
「しかし……その、なんだ。本当に実行する気でいるのか……?」
「王子張り倒し大作戦のことを言ってるなら、そうです」
ディーンは苦り切った顔をしている。
「君が王子に抗議をしたいというのなら付き合おう。彼のしたことは非難されるべきものだ。でも、暴力はダメだ」
「そうですねぇ……」
ルウの中では殴ることはもう確定だが、ディーンに迷惑をかけるつもりはないのだ。
「ディーン様にはわからないところで殴る予定なので大丈夫ですよ」
「何も大丈夫ではない」
ルウは無視をすることにした。ルウの中では大丈夫なことになっているので、取り合う必要がない。
「そうそう、それから、ディーン様の寝取られ男的な噂話だけは払拭したいと思ってます」
「話を逸らすな……寝取られ男?」
「ご存じありません? 私は第三王子に囲われてて、ディーン様は寝取られたんだか何だかっていう変な噂があったでしょう」
「そんなことか。真実ではないのだから、堂々としていればいいことだ」
「そうは言っても、ディーン様は災難でしたねえ。私に目をつけられたばっかりに、上司の不倫相手を押し付けられたの、王子に寝取られたの、かわいそうな噂ばっかり先立って」
本人はこんなに真面目なのに、と思うと、ルウにも多少の罪悪感があった。
「今度こそ最後ですし、記念に私の悪戯に付き合ってあげてください」
ルウがディーンにべた惚れなそぶりでも見せれば、多少はましになることだろう。
——ディーン様に演技力は期待できないでしょうから、真っ正直に迷惑そうにでもしてもらえれば。
はた迷惑な悪女に付き合わされてほとほと困っている姿を見れば、みんなも彼が真面目で堅苦しい騎士だったことを思い出すはずだ。
「ついでに私の宝石も買ってください」
「本題はそっちか」
「あれとあれとあれがあれば最低限見栄えがします。いいでしょ? どうせディーン様は真面目にお金を運用しててため込んでるでしょうし」
「貢ぐと思ったら大間違いだぞ」
ルウはチッと下町仕込みのしぐさで舌打ちし、両手をあげた。
「はいはい、わかりましたよ。貸し宝石店にでも行きましょうか」
「今舌打ちを……?」
「レンタル代はお願いしますね。私もうお金ないので」
「それは構わないが……しかし」
ディーンはショーウィンドウの宝石とルウを交互に眺めると、ケースの中の一点を指さした。
「あなたに似合うのは、あれだと思うんだが。どうして地味な宝石ばかり買わせようとしていたんだ?」
ディーンが指したのは、目の覚めるような赤色のルビーだった。カボションカットの大粒な石は、仰々しい地金に支えられて、胸元を覆いつくす派手なネックレスに仕上がっている。ルウの目の色と同じで、しかも悪女にふさわしく、無難かつ王道のチョイスだ。
「あれもカッコいいですけど、今回のドレスにはコンセプトがあるんですよね」
ルウはファッションショーの気分でいるのだった。




