87 思わぬ介入②
「“王家は竜に呪われている。”だそうだ」
ディーンの説明はこうだった。
現在伝わっている王家の伝承は真実ではない。本当の始祖王は竜を殺して財宝を奪った人間の男だったという。竜は最後の力を振り絞って、呪いを残した。男の一族は、竜のような心と体を得て、無敵に近い能力を得るが、必ず愛した女性の手にかかって死ぬ。竜を殺せる強い『才能』を秘めた女性にほど強く惹かれ、その女性が大切にしているものを奪い取る本能を植え付けられたのだ。
それを哀れに思った神が与えてくれた祝福は『真実の愛』。
本当に心を通わせる女性が現れたとき、竜の呪いが解かれて、人間に戻れるのだという。
思い返せば、王子はルウに逃げられれば逃げられるほど追いかけてきていた。あれは呪いを解こうとしての行動だったのかと、ルウはやっと腑に落ちた。
「好きな女性を逃がさない――とはよく言ったものですね」
実際には、殺されるのが怖かったのだろう。
「ここからは真偽不明だが、どうやら王家はそれ以来、気に入った女性を片っ端から誘惑して、呪いが解けなければ殺される前に殺す、ということをしていたらしいと言われた」
「うへえ……」
とんでもない闇があったものだ。よくそれで今まで王家が存続していたと思うぐらいの横暴である。
「上の王子二人は首尾よく呪いが解けたが、第三王子だけはうまく行っていない。それが女好きの噂の主な原因だろうとのことだった」
「……ちなみに殿下の周囲に失踪者とかいます?」
「そこまでは分からなかった」
ルウは嫌なことに気がついた。できれば知らんぷりしてそのまま国外に出たかったようなことだ。
「……ていうことは、私が国外に逃げても、また次の誰かが狙われるかもしれないってことですよね」
「そういうことになる」
ルウはキリッとした顔のディーンが憎たらしくなって、眉を跳ね上げた。
「余計なことを教えてくれましたね。知らなければ国外に出て逃げられたのに」
「知ったら放っておけないのか」
「いえ、逃げますよ? 自分の命より大事なものなんてないです」
でも、とルウが思ってしまうのは、まだ望みがあるからだ。
「……私の『才能』って、結局何だったんでしょうか」
もう、知らぬ存ぜぬで通せる時期はとっくに終わっている。
「ギブソン殿下と話してて一番思ったのは、この人本当に私のこと好きなのかな、ってことなんですよね。好きにしては、情がなさすぎる気がして」
ギブソンは聖騎士たちが束になっても敵わないくらい強いというが、それならなぜ、ルウが落下したときに、身を挺して助けようという気にならなかったのだろう。
ディーンなど、おそらく持ち前の正義感だけで突っ込んできたというのに。
「竜の呪いとやらが、的確に呪いの対象を殺してくれそうな女性に向かっていく、自殺衝動のようなものを植え付けているのだとしたら、私への感情もそれに近いのかも知れない、って、なんだか納得できました」
どちらにしろ、ルウはギブソンを好きになれないので、お相手は務まらない。ギブソンがルウを恐れて殺すというのなら、迎え撃つ覚悟がいる。自分ひとりだけなら逃げればいい。
しかし、王家の秘密を不用意に知った人物が、ここにもうひとりいる。
ルウはディーンをちらりと見た。この馬鹿正直な聖騎士様に、主君を裏切るような真似ができるだろうか? いいや、できない。死ねと命じられれば死ぬだろう。彼はそういう種類の、ルウにはとうてい理解が及ばない真面目な種族だった。
ルウは決心した。
「私の才能を調べに行きましょう」
やるかやられるかが人生だ。
◇◇◇
オハルの家への道中、ルウたちは何人もの聖騎士たちを見つけた。遠くに発見するたびにルウがディーンを引きずってでも隠れるようにしたので、幸いまだ見つかってはいない。
「逃げも隠れもする必要は……」
「あるんです。捜索されてるってことは、まだ王子が私を怖がってる可能性があります。死体を見るまで安心できないのかも」
「単に聖騎士団長閣下が部下の私を心配して捜索してくれているだけということも」
「この天然愛され部下め」
ルウはディーンを王都で解き放とうかとも思ったが、第三王子と遭遇したらややこしそうなのでやめることにした。彼なら真っ正面から王子に「もうこんなことはやめるべきだ」とかなんとか言いかねない。その結果懲戒処分を食らおうとも悔いはないと言うだろう。それではルウが決まり悪いので、もうしばらく連れて歩くことにした。
ルウはうろちょろと迂回しながら、オハルの家にたどり着いた。
「こんにちは」
真っ白な髪の小柄な女性は、前回と同様、背を向けて、何かを眺めていた。
「オハル様、気が変わったのでまた来ました」
彼女は短く尋ねる。
「真の名は?」
ルウの母が、子にだけ伝えた真実の名。それは――
「イタコ」
「クチヨセの巫女か。あの娘らしい」
オハル様はくるりと振り向き、年齢を感じさせる思慮深い笑みを見せた。
鑑定士の深い青の双眸が神秘的に光る。
「符丁よ回転せよ――星辰よ、正しき姿を見せよ」
ルウはいつの間にか、星の海にいた。
中央から波紋のように光が広まり、個々の星を照らす。
大勢の人間が行き交う雑踏に、顔を隠して佇む神官の女性が見えた。瞬く間に場面が変わり、女性の姿が薬師に変貌する。もう一度切り替わると、修道女になっていた。
流しの職人、商人、曲芸師、冒険者、騎士・町人。
さまざまな服を着ながらも、巧妙に顔を隠して歩き回る女性は、すべて同じ人に見えた。
また別の場面では、人混みに紛れて宴会場に侵入し、話を聞き出していた。さらに別の場面では、壁を越え、屋根を伝ってどこかに忍び込んでいる姿も見えた。
そしてまた別の場面で――
人目を忍ぶ黒い簡素なドレスを着た女が、ナイフを逆手に持ち、誰かの首を絞めている。
――暗殺者みたい。
ルウがぼんやりそんなことを思ったとき、幻覚が解けた。
オハルの部屋が視界に戻ってきて、変わらない姿を見せる。
「お前の才能は『隠密』だよ。姿形を変える変装術と、どんな職業にもなりすませる芸百般、人目を忍んでの潜入活動、それから要人の暗殺なんかに加護がある」
ルウはとりわけ最後の項目に絶望しつつ、うめいた。
「要人の、暗殺」
「お前の母親がお前に『才能なし』の烙印を押してまで隠し通そうとした理由が分かったろう?」
「よく分かりました」
そんなもの、知れた瞬間に王家に人身御供として差し出されていただろう。王子の呪いを解ければよし、解けなければ危険人物として処分する。
「王家の秘密を握ったくらいで何とかなるんですか、これ?」
オハルは心配ないとでもいうように、手をひらひらさせた。
「ライダーが欲しがるだろう。詳しいことはあいつに聞きな」
――ああ、冒険者ギルドのギルドマスターさん。
冒険者ギルドなら、王家からの追っ手をかわすのにぴったりだ。後ろ盾にもなってくれるだろう。
それならば早速やりたいことがある。
「ということは、私、合法的に王子を殴れるわけですね!?」
「ソーニー嬢!?」
「殴る行為がそも違法だよ、お嬢さん」
ルウはもう話なんて聞いちゃいなかった。何日も何日も煮え湯を飲まされ、そろそろルウの我慢も限界に達しようとしていた。
「他に方法がなさそうだったんで国外に逃亡しようと思ってましたが、命の保証があるのならもう怖くありません。最後に一発殴ってやります!」
ドン引きするふたりに、ルウはテンション高く言いつのる。
「というわけでディーン様、私をパーティに連れてってください!」
彼は何がなんだか分からないという顔で固まった。




