表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万能才女の悪ふざけ ~悪女のふりはやめました。市井でスローライフします…多才で引っ張りだこでした~  作者: くまだ乙夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/94

84 迫る追っ手④

「……なんで?」


 ギブソンの返事が一瞬遅れたのを、ルウは聞き逃さなかった。


「いえ、私のお母様、王妃様とお友達だったそうなので、こんなことが知れたらきっと怒ると思うんですが」


 もちろんルウの大嘘である。その場しのぎの、すきを見て逃げ出す方便だ。


 母親の名前というのは大なり小なり影響力を持つものらしい。


 ギブソンは思わず足を止めた。


 ルウにはその一瞬で十分だった。


 手首を捻り、ギブソンが掴んでいる手の指先――手をわっかにしている境目のところに、手首のくるぶしを向ける。そのまま、親指と人差し指の間をすり抜けるように、思いっきり引っ張った。


 ギブソンの爪に引っかかれ、手首に怪我をしたが、軽傷だ。


 ルウは迷わずギブソンの膝の裏に蹴りを入れた。


「うっ、わっ……!」


 傾斜つきで足場が不安定な屋根の上で姿勢を崩され、ギブソンは盛大に転んだ。片足が瓦の薄い部分を突き破ってしまったのか、陥没し、足首が埋まっている。


 ルウはこれ幸いとばかりに走り出した。


 ――こうなったらひたすら走り回ってやります。


 こうして、鬼ごっこの第二部が開始されたのだった。


◇◇◇


 ルウは疲労困憊で座り込んでいた。懐中時計を確認する。もう一時間は走り回っているだろうか。さすがのルウも体力が尽きてきた。


 ――私の足についてこれる人間なんて、いないはずなんですが……


 ルウはとにかく走るのが速い。普通の人間ならものの一分で見失うくらい距離を空けられる。


 今も、走りすぎて王都はとっくに抜けた。薬草採取のフィールドも越え、荒れた岩山に足を踏み入れている。足場の悪い場所なら身軽なルウの独壇場だと見込んだのだが、甘かった。


 ギブソンが顔色一つ変えずについてくるのだ。


 撒いたと思っても、いつの間にか接近されている。


 ――どうすりゃいいってんですか、これ……


 今もかなり遠くの方で、かすかに砂利を踏みしめている音がする。神経を研ぎ澄ませてその音を拾いつつ、ルウはどうしようかひたすら考えていた。


 走り回ったので、岩山の地理はだんだん分かってきた。細く切り出した人間用の道から外れると

大きな岩がゴロゴロしているが、踏んづけても土砂崩れしない程度には地盤が固い。ところどころに枯れた川があって、そこは比較的楽に行き来できるが、砂利が敷かれているので歩けば大きな音を立ててしまう。


 頂上付近は切り立った崖になっていて、その下は森で覆われているため、様子が分からなかった。


 ――とにかく、やつが川の砂利をジャリジャリ言わせているうちに、川から遠ざかるよう真横のルートを……


 そのとき、遠くから、ジャッ! と強く砂利を踏みにじった音がした。


 派手な砂利の音を立ててすぐそばに何かが着地する。


 ルウが振り向くと、そこに傲然と顎をあげてルウを見下ろす第三王子がいた。


「君、隠れるの上手だね。私はこう見えて目も耳も利くんだけど、全然捉えられないや。いったいどんな『才能』を隠しているんだか――」


 ルウは全部聞く前に、目の前の岩を飛び越えた。ひらりと次の大岩に飛び乗り、岩の上を疾走する。


 ギブソンは面倒くさそうに目を細めて、ルウの方を睨んでいる。その目は雄弁に『無駄なのに』と語っていた。


 ルウは岩を飛び越え、山を駆け上がっていった。高い位置のルウはギブソンにも目視で確認できるらしく、ずっとあの竜のうろこのような目がルウを追っている。


 ルウはとにかくギブソンを撒こうと、遠く遠くを目指していった。


 やがて目の前が開けて、崖が眼前に広がる。


 行き止まりにルウが立ち尽くしていると、後ろからゆっくりとギブソンが近づいてきた。


「鬼ごっこはおしまい?」

「そうですね。そろそろ終わりにしたいところです」


 ルウは荒い息をなんとか整えようと深呼吸を繰り返しつつ、手近に落ちていた木の枝を拾った。


 とたん、ギブソンがおかしそうに笑う。


「そんな棒きれでどうするつもり? まさかそれで私を倒すとでも?」

「言いますね。いつも私にしてやられてるくせに」


 ギブソンは両手を広げてみせた。


「遊んでただけだよ。君が諦めて、自分から来てくれるのが一番だからね。何をしても私に敵わないと思い知ってもらいたかった」


 今度はルウがおかしくて噴き出す番だった。


「裁縫と料理の下ごしらえとナイフと掃除と洗濯と、あとお茶を淹れるのは絶対私の方が上手です」

「いいね、ぜひやってもらおう」


 お断りだ、という気持ちを込めて、手持ちの棒をギブソンに投げた。


 彼は避けようともしなかった。こめかみに枝が当たり、ぽとりと落ちる。疎ましげに片手で汚れを払う仕草にも余裕が感じられた。


 ――頑丈……そして体力もある。ディーン様と同系統でしょうか? でも、異常に力が強いのは?


「ギブソン殿下はどうして私に拘るんですか? おとなしい女の子でも探した方が絶対幸せになれますけど」

「そんなんじゃないよ。君のことはもちろん可愛いと思ってるけどね」


 ギブソンは勝ちを確信した目でルウを見下ろしている。


「王家の伝承を知っている? 始祖王はドラゴンの一族で、人間の娘に一目惚れをして結婚した」


 子どもなら誰でも一度は絵本で読むおとぎ話。冷酷非情なドラゴンの心を動かした、美しいお姫様のお話だ。


 王族は強大なドラゴンの血を引いているから、強大な能力を持っているのだと言う。


「あれが本当のことだとしたらどう思う? 私の才能――『ドラゴンの祝福』は、ほぼ無敵だよ。ただの人間に私は殺せない」


 魔獣との間に子どもができることなどないので、ただの伝説だと思われてきた。


「そして私たちは、惚れ込んだ娘は決して逃がさない。これは私自身にもどうしようもないことなんだ。だから君は諦めてくれないかな? 君さえ納得すれば幸せにしてあげられるんだよ」


 ルウは疲れ切った身体を震わせて少しだけ笑った。


「惚れ込んだ娘へのアプローチが崖っぷちに追い詰めることなんだとしたら、頭が爬虫類ってのは本当そうだなって思いますけどね」


 ギブソンは怒るでもなく、ルウを観察するように見ている。油断しきっているのなら、ルウにもいくらか考えがある。


 ルウは両手を突き出し、構えた。殴り合いを煽るため、拳を繰り出してみせる。


「勝負しましょうよ。それで私が負けたら大人しくしてあげます。勝ったら、もう私に近づいてこないでください」

「もうやめようよ。そんなにボロボロになって……また今度付き合ってあげるから、今日は帰ろう」

「いいえ、今すぐです。好きな娘のお願いごともきけないんですか? 殿下の言うことが本当なら、私には絶対に勝ち目なんてないんですよね?」


 ギブソンは面倒くさそうにため息をつき、両手を広げた。


「これが最後だよ。ちょっと手荒になるけど、君が分からず屋だから、しょうがないね」


 動こうとするのを手振りで制し、腰に下げている剣を指さす。


「ハンデぐらいください」

「いいけど、これで斬っても私は死なないよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新作もよろしくお願いします

ブックマーク&★ポイント評価応援も

☆☆☆☆☆をクリックで★★★★★に

ご変更いただけますと励みになります!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ