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80 総出の捜索

 何度目かに仕立屋を訪ねたとき、茜色の髪をした若い娘が近寄ってきて、そっと話しかけてきた。


「ねえ、私、あんたが捜してるコ、知ってるかも」

「本当か!?」

「でも、友達だから、あんたが悪いやつだったらヤだなと思ってさ。皆で黙ってたんだよ」


 若い娘の視線がディーンの全身を厳しく査定する。


「あんた、どこの誰? 職業は? どうしてそのコを捜しているの?」

「ディーン・ウィラード、聖騎士団所属。彼女は突然失踪したんだ。ルウ・ソーニーという名を知っているだろうか」


 少女は両手で口元を抑えて、少し後ずさった。


「ウソぉ……あの子が?」

「少し特殊な『才能』を持っていて、今はちょっとまずい人物に追われている。助けてやらないといけないんだ」


 少女は何か思い当たる節があったのか、空中で視線をさまよわせている。


「……最近あの子、全然来なくなっちゃったんだ。何かあったのかも」

「危ない目に遭ってないといいが。他に行き先の心当たりはないだろうか」

「どうだろ……ルウ、結構何でもできたからなぁ。すごい蹴りとパンチ出すし、ナイフも使うし」

「本当に武術の心得があったのか……」


 少女は思いつく限りルウのことを話して、『見かけたら連絡する』と約束してくれた。


 ディーンは新たな情報をもとに、もう一度頭をひねる。


 ――身軽さを活かした職業……ナイフの技が大道芸でないのなら、あとは実戦か?


 そんなとき、ふと目に入ったのが、冒険者ギルドの看板だった。


「新規のご依頼ですか?」


 受付嬢は不案内なディーンにもシステムを分かりやすく説明してくれた。


「指名をしたいんだが、黒髪、赤いネイル、ピアスが三つの女の子はいるだろうか。名前は確か、ルウ……いや、違うかもしれない。よく覚えていないんだ」


 ディーンは嘘が苦手だ。内心気が気ではなかったが、必死に平静を装っていた。


 受付嬢は「お待ちくださいね」といい、冒険者の登録リストを確認しにいった。すぐに帳簿を片手に戻ってきて、にこやかに言う。


「お探しの女性はルースさんですね! うちの期待のルーキーなんですよ!」


 ――当たり……なのか?


 ディーンは信じられない思いで、帳簿を確認させてもらった。数週間前に登録したばかりだ。時期的には矛盾がない。失踪して、しばらく経ってから登録したのだろう。


「依頼をするのなら早くした方がいいかもしれませんね。ルースさん、国外に出る予定があるって言ってましたから。早くランクを上げて旅券なしの通行証が欲しいって言ってたので、依頼をかけてあげたら喜ぶと思いますよ」


 そして登録を眺めているうちに、ふとあることに気がついた。


「『才能』に、『短刀術』の記述があるんだが、彼女の才能はもっと別のものじゃなかったか?」

「ああ、それは、仮登録ですよ」


 受付嬢はにこにこしながら懇切丁寧に教えてくれる。ルウの才能が通常の鑑定士には見破れなかったこと。先日ギルド長が凄腕の鑑定士を紹介したことなどを。


「ものすごい方なんですよ。未発見の特殊な『才能』をいくつも見破った方なんです」

「へえ、そんなにすごい鑑定士なのか。一度診てもらいたいな」

「あれ、お客様も才能が判明していないんですか?」

「私……ではなく……そう、婚約者が!」


 ウソがつけないディーンはしまったと思ったが、受付嬢は特に怪しまなかったようだった。


「ご紹介しましょうか? ギルド長の紹介があれば、いけると思いますが」


 ディーンは即決した。


「ぜひ頼みたい」


◇◇◇


 クリストファーは当惑していた。


 突然第三王子を名乗る者が押しかけてきたかと思えば、邸の家探しをさせろ、というのだ。


 第三王子ギブソンのことはクリストファーも伝聞で知っている。金髪碧眼、服装にこだわりあり。突然訪ねてきたこの男は、少なくとも身なりは本物の王族だった。


 王族はどの人間も癇が強く、いったん怒りに触れたら容赦しないとの噂を聞いていたので、クリストファーは少々気を引き締めた。


 加えて傲慢そのものだとも聞いていたが、ギブソンの第一印象は慈悲深そうな好青年だった。


「ルウ・ソーニーの残した私物はすべて見せてほしい」

「何も残っておりませんが」


クリストファーはそのままルウの部屋に案内した。離れにある粗末な部屋は、わずかに残っていた薪やシーツ類も撤去され、がらんどうだ。


「ここが部屋? 冗談だろう」

「そう言われましても、これには事情が」

「へえ? とぼけるのがうまいね。これもソーニー侯爵家の血筋かな」


 クリストファーは嫌な予感がしてきた。


「あの……うちのルウが何かやらかしましたか?」


 弁償できる範囲であればいいのだが、第三王子がこうまで血相を変えているからには、取り返しのつかない大惨事なのかもしれない。ビクビクしているクリストファーに、第三王子が冷たくせせら笑う。


「うちのルウ?」


 その言葉の何が気に障ったのか、第三王子は手近な窓の桟を握りつぶした。手形がくっきりと残り、パラパラと粉が舞う。クリストファーはぞっとした。異常な怪力については聞いたことがあったが、想像をはるかに超えている。


「彼女をこんなところに閉じ込めておいて、うちの、とはよく言ったね」


 クリストファーは青ざめて頭を垂れる以外にない。


「ルウ・ソーニーはどこに?」

「ここにはおりません。失踪したと新聞にも出ていたはずですが」


 そこでクリストファーはようやく思い出した。


 ――そうだ、確かルウはギブソンに囲われているって噂が出回っていたんだっけ。


 当の王子が否定しないので、かなり広く出回ってしまっていたが、妹のヘルーシアを領地の片隅に追いやったら沈静化した。ヘルーシアのでたらめだとばかり思っていたが、故なきことでもなかったのだろうか?


「隠すとためにならないけど」

「知りませんよ。ルウがいたら私がこの家を継ぐこともなかったはずです」

「では、君が追いやった? 邪魔だったから」

「そんなことはしていません」

「では彼女の『才能』については? 記録は残っているのだろう? どこにある?」


 ギブソンの矢継ぎ早の質問に、クリストファーは口ごもった。


 ――どう考えても様子がおかしい。ルウに何の用だろう?


「ないのか?」

「ある……あります。お持ちします」


 そのことは周知の事実だから、教えても問題はない。目につく範囲を見せて、納得してもらおう。

クリストファーは保管庫から書類を持ってきて、渡した。


 「こちらです。どうぞ」


 署名を見れば、国内有数の神殿で調べてもらったことはすぐに知れる。しかしギブソンはちらりと一瞥しただけで、クリストファーに視線を戻した。


「手際がいいね。ちなみに君の『才能』は?」

「政務に関係しています」

「ああ、いい才能だね。うちにもたくさんいるよ。彼ら、能力は高いけど、いったん悪さをし始めたらなかなか尻尾を出さないから、才能以上に素行調査が欠かせないんだ」


 クリストファーは嫌な予感に逆らわず、即答する。


「誓って隠し事などしておりません! 私が信じられないなら、ご隠居の前ソーニー侯爵などに話をうかがってはいかがでしょう? 彼女の妹も、おそらく私と同じように答えるはずです」

「そっちを調べる必要もありそうだね。でも……」


 第三王子は入り口に控えさせていた聖騎士たちに合図をした。


「ちょっと手荒になるけど、徹底的に洗わせてもらうから覚悟して」



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