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79 公爵令嬢に賠償を請求します②

「いえ……」

「彼らは特別な『才能』を持っているけれど、その才能については近しい立場の者しか知らないことになっているの。でも、わたくしは断片的に見聞きしたことがあるわ」

「あ、そういうのでしたら結構です」

「――え?」


 ルウはさっさと退場するつもりで、席を立った。


「何だか皆さん王族の秘密を私に教えようとしてくるんですが、知らない方が幸せなことってあると思うんです」

「でも、知らないと対策が後手に回るかも――」

「大丈夫ですよ。逃げ切れなさそうだったら、諦めるまでぶん殴る予定なので」

「待って」

「最後に信頼できるのは暴力そしてパワーですよ」

「だからそれも無理だという話なのよ。殿下はとても強いわ」

「じゃあ、凶器でぶん殴りましょうか? で、殿下の持ってる権力財産地位名誉なんて暴力の前には何の意味もないのよって言ってやります」

「どうしても殴りたいの?」

「どんなケモノにも通用する最古の意思表示ですので」

「あなたさっき常識があるって言ってなかった?」

「ええ。常識があるので、合法的に殴る方法を考えたいと思います」

「そもそも暴力が違法よ?」


 ルウは適当に喋ったあと、バチルダに依頼をお願いして、帰ることにしたのだった。


◇◇◇


 同僚から話を聞いてさらに数日。


 ディーンはルウを探し回りつつ、手をこまねいていた。彼女が同僚の推測通りに特殊な『才能』を持っているのであれば、早く保護しなければまずい。それこそ第三王子に取り押さえられる前に。


 ――きっと捕まらないと思っているのだろうが、相手が悪すぎる。


 詳細は伏せられているが、王族が異常な怪力を持つことは騎士団内でも知られており、第三王子がトーナメント常勝の聖騎士を吹き飛ばしたという噂もある。また過去には、暗殺者に狙われ、大けがをした王が、数ヶ月後に何事もなく復活したという伝説もあった。


 ディーンも一度だけ目にしたことがある。


 狩猟のイベントで馬に乗る第三王子の警護をしたとき、ちょうど誰かが間違って放った矢に撃たれかけたことがある。事件性はあったが、とにかくその場では偶然で片付けられた。


 なぜなら、第三王子その人が、向かってくる矢を生身で受けたはずなのに、無傷だったからだ。ディーンなら矢傷ぐらいどうということもないが、ギブソンが同等以上に頑丈で、しかも怪力まで持ち合わせているのなら、もっと上位の強力な才能を有していることになる。


 ――とにかく見つけてやらなければ。


 洗脳を解く才能持ちの人間を訪ね歩き、ルウのことをできる限り思い出そうとしたが、やはり彼女の容姿に関する情報は曖昧模糊としていて、考えれば考えるほどぼんやりしてくる。


 ――何か……何かないだろうか。彼女の身体的な特徴……


 黒髪であったことは覚えている。でも、髪はいつでも染められるから、当てにはならない。小柄で可愛らしい感じだったことも覚えている。あの悪女らしくない容姿で、周囲の人間を騙し切れたのも、変装が巧みだったという以上に、才能がものを言っていたのかもしれない。


 ――彼女は自分についてなんて言っていた?


 会話であれば思い出せるのだ。蜂蜜だらけの紅茶が好きだと言っていたこと。赤いネイルがお気に入りだと言っていたこと。それから――


 ディーンはそのとき、ようやく思い出した。


◇◇◇


 ルウは着々と依頼をこなしていた。


 公爵令嬢の護衛の依頼、という体で、カラの依頼を繰り返してもらっているのだ。


 ――報酬はもらえるし、その間別のバイトもできるしで、おいしすぎますね。


 ルウは小躍りしつつカフェのバイトでテーブルとテーブルを行き交い、「あらご機嫌ねえ」とマダムたちから愛でられて、いつも以上にチップをもらった。


 受付嬢の話によると、護衛などの難易度の高い依頼をこなすと、比較的早く上がれるらしい。


 このペースなら、二週間ぐらいですぐに王国の外まで警護ができるようになると、受付嬢からも太鼓判をもらった。


 あとたったの二週間。逃げ切ってみせる自信がルウにはあった。


◇◇◇


 ディーンはあちこちを尋ね歩いていた。もう広告などに頼ってはいられない。いくら人に尋ねても正確な目撃情報など上がってこないと分かった今は、おのれの足で地道に稼ぐしかなかった。


 手がかりは少ないが、確実に覚えていることがある。


「裁縫が上手で、黒髪で、赤いネイル。さらにピアスが三つの若い女の子?」


 ――ソーニー嬢は、貴族の令嬢に見られるのが嫌だと言っていた。


 だからピアスを空けたのだとも。だとすれば、貴族と関わりのある場所などにはきっと出入りしていない。庶民の間に溶け込むのが目的だとすれば、潜伏しているのはこの周辺の可能性が高かった。


 仕立て屋が多いという通りで針子業に励む女性たちを捕まえ、聞き込みをかけること数日。


「知らないねえ」

「見たことない」


 そのうちのひとり、茜色の髪の少女が小さく手を挙げた。


「珍しくない容姿だし、これだけじゃなんとも言えないけどさ、もっと目立つ特徴とかってないの?」


 ディーンはしばし考え、視線をさまよわせた。裁縫をしている女性たちの風景が漫然と目に入る。思い思いのコップで飲み物を飲んでいる女性陣に、ふと閃いた。


「――大量のはちみつを入れて紅茶を飲む癖がある」


 少女は戸惑ったように、口をつぐむ。


「その子とどういう関係なんだい、あんた?」


 年長の女性が腰に手を当てて、うさんくさそうにディーンを見る。


「婚約者だった」

「こんやく!」

「えー、なに、貴族?」


 女性たちが集まってきてめいめい勝手なことを口にする。


「それ、もしかして私かも!」


 茜色の髪の娘が急に挙手した。


「ね、ほら、私もピアス空いてるよ!」

「えー、あんた一個じゃん! 実は私がそうなんですよ!」

「あんただって一個だし、黒髪じゃないし」

「絶対私のことですよ! 私のことじゃなかったとしても、私のことだったことにならないですか!?」


 きゃいきゃいと騒ぐ少女たちにけむに巻かれ、年長の女性たちには厳しい顔で始終睨まれて、その日は徒労に終わった。


 ――あとは、メイドの仕事と、それと、トランプ投げもできたんだったか。


 身軽で、塀の上を猫のように走っていたという証言もある。よくよく思い返してみると、小さな頃、鬼ごっこで対決したときも、ルウはとにかく素早かった。


 メイドの斡旋所に声をかけてみたり、手品や大道芸の興行師に話を聞いて回ったりしたが、やはり成果はなかった。


「新手のナンパ?」

「お兄さんが言うんだったらピアスくらい空けてあげるよ」

「まあ可愛い。若いのねえ。お姉さんが遊んであげましょうか?」


 ディーンは行く先々で女性たちにからかわれ、ほとほと嫌な思いをしながら家路につく毎日を送った。


 ――よくこんな治安の悪いところで暮らせるものだ。


 男のディーンでも嫌な思いをするのだから、若い娘ならその数倍以上はトラブルに巻き込まれているだろう。貴族令嬢をこんなところに置いておいてはいけないという使命感にかられ、捜索に当てる時間は日に日に増えていった。しかし手がかりらしきものは一向につかめなかった。

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