78 公爵令嬢に賠償を要求します①
「お前の母親は王族の未来を占うことで庇護を受けていたが、能力を失った。残ったのは王族の秘密を知る役立たずの女だけ。それがお前の母親の死因だよ。だが、仇を討とうなんて考えちゃいけない」
ルウの母親は馬車の事故で死んだ。それが陰謀だと言われても、事実かどうかなんて確かめようがないので、やはり今は何の感慨も湧いてこない。
「証拠のようなものはありますか?」
「才能が戻ったら、王族の秘密を知らせるように言付かっている。お前の才能は危険だが、王族の秘密を握ることでいくらか活路が見いだせる」
ルウはははっと皮肉っぽく笑った。
「大げさな。私の能力ってちょっとしたスーパーアルバイターってところで、大してすごいように思えませんけど。爆発も地割れも起こせませんよ」
「王侯貴族にとっての脅威はもっとある。それで、名は? 覚えているんだろう? 言ってごらん」
ルウはかぶりを振った。
「才能は知りたいです。でも、王族の秘密はいりません」
「そうかい? どうしてもというのなら止めないがね。『才能』を聞いたら、きっとお前も気を変えるさ」
ルウは『どうも話がうますぎる』と思ってしまった。このオハルこそが王族の手先だったら、ルウはそれでおしまいだ。
“私の名は――”
意味も教わっている。遠い異国の巫女だった。
“いいこと、ルウちゃん。人の秘密を簡単に覗こうとしてはいけないわ。これはお仕事で秘密をたくさん見てきたお母様の実体験よ。”
「――やっぱりいいです。何も聞きたくありません」
ルウの意識はもう、さっさとこの国を出ることに向き始めていた。
「何も知らない方が安全だと確信しました」
◇◇◇
ルウは再び冒険者家業でお金を貯めることにした。
――それにしても、薬草はもう買い取れないと言われちゃいましたし、どうしましょうか。
薬草だけでなく、手当たり次第見つけたものを収穫していたので、もうあのフィールドに行っても得られるものはない。楽だったのに、惜しい商売をなくしてしまった。次なる金策の方法を考えなければならない。
――個人の依頼を受けるか、それとも魔獣からのドロップ品を集めてくるか。
ルウは器用だと自分でも思っているが、魔獣を狩った経験はなかった。いくらルウがすばしっこいとはいえ、それは人間相手の話だ。野生の獣にまで通用するかどうかは試したことがない。
――イノシシ等でも命を落とすことはあるといいますし、せめて何か武器が欲しいところ。
ルウは少し考えて、公爵令嬢のツテを使うことにした。
――会いに行くにはリスクがありますが、一度口止めをしておかないと、大量の薬草の出所を探られたら身バレしかねません。
とはいえ、真っ正面から乗り込めば目を離したすきに王子を呼ばれてしまいそうなので、不意をつくことにした。
少し様子を窺っているうちに、バチルダが定期的に馬車に乗ってお出かけしているのを突き止めた。オープンカー形式で、後部にも使用人が乗れるスペースを作ってある。ルウはちょっと後を追いかけてみて、そこにならラクに飛び乗れそうだったので(使用人は馬車に併走しつつここに乗り降りするのだ)、足音を殺して乗り込んだ。
「バチルダ様、お久しぶりですー」
後ろから声をかけ、手をひらひらと振ってやる。彼女はお化けに会ったかのように悲鳴をあげた。驚いて馭者が馬車を止める。
ルウはそのすきにさっさと馬車の座席に乗り込んだ。
「何をするの!? 心臓が止まるかと思ったわ」
「こないだこの馬車ジャックを第三王子にやられたもので、ちょっと試してみたくなったんですよ」
バチルダは怪訝そうな顔をした。ルウは口を挟む間を与えず、すかさずにっこりした。
「よくも私を売ってくれましたね。私もびっくりして心臓が止まるかと思いましたよ」
「それは……ごめんなさい。でも、いいことだと思ったのよ。殿下に目をかけてもらえるなんて幸せなことだと思わない?」
「馬車に無理矢理乗り込んで自宅に監禁しようとする男にですか?」
「……本当に殿下がそんなことを?」
「だいぶ怖かったですね」
とは言いつつ、ルウはさほど気にしていなかった。これは単に、バチルダの過失を責め立てたいから大げさに吹聴しているのである。
「私の話をしてもいいですか? ダメだと言っても聞いてもらいますが」
馬車はずっと停止している。馭者が様子を窺っているが、バチルダは『何でもない、少し止めておいて』と返して、ルウに向き直った。
「私の正体はもうご存じだと思いますが」
「……ええ。わたくしも驚いたわ」
「私が失踪しようと思った理由を説明してませんでしたね」
ルウは何度となく繰り返した身の上話をして、最後にこう締めくくる。
「――というわけで、父の身勝手な恋のせいで冷や飯を食わされた私が、殿下のように身勝手な方を一番嫌うというのは、ご理解いただけると思います。私は嫌ですが、一般に名誉なことだということは知ってます。私にも常識くらいはありますんで。それは分かった上でそれでも嫌なんです。どうですか? 分かってくれますか?」
バチルダは案外素直に聞いてくれ、最後の方にはすっかりしょげていた。
「そう……それは申し訳ないことをしたわね。わたくし、あなたの事情も考えずに、あんな」
「分かっていただけて何よりです。ダメなら二度とお会いしないつもりでした」
ルウは意識的に怖い顔を作る。
「私は今、殿下に追われてとても困ってます。誰のせいとは言いませんが」
「ご、ごめんなさい……」
「撒くために、少し力を貸してもらえませんか? 私、この国の外に出たいんです」
バチルダはびっくりして目を見開いた。
「わ、わたくしに何をしろっていうの?」
「とりあえず薬草買ってください。それと、この国を出るための許可証が欲しいんです」
「許可証……?」
ルウは懐から冒険者ギルドの身分証を出した。
「依頼をこなせば、旅券なしでも街を出入りできるようになるそうなんです。というわけで、私に依頼をしてください。カラの依頼を繰り返して、とっととランクを上げます」
「不正なのでは……?」
「とにかく一刻も早く出ないといけないんです。手段を選んでられません。それとも、偽造の旅券を手配してくれますか?」
「無理よ、そんなの」
「じゃあ依頼をしてもらわないと。報酬は負けときます」
バチルダはしばらくびっくりした顔をしていたが、やがて頭を抱えてしまった。
「あなたって、悪知恵がすごいのね……次から次に法の抜け穴を探してくるじゃない?」
「それほどでも」
「褒めてないわよ」
「まあ、私、これでも悪女ですからねぇ」
おほほほ、と、すっかり板についた悪女笑いを繰り出すと、バチルダは完全に負けたとでも言うように、両手をあげた。
「分かったわ、言う通りにする。でも、殿下から本気で狙われたら、逃げ切れないと思うわよ」
ルウは目をぱちくりさせた。バチルダは純粋に心配してくれているようだが、いやに断定的な口調だ。
「王族の秘密を知っていて?」




