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77 顔のない女④

◇◇◇


「……もう買い取れません」


 受付嬢に言われたのは、実に一週間後のことだった。


「しばらくは薬草類は買い取り停止です。薬局ギルドからそう指示がありました。在庫過多であふれかえっているそうです」

「なんですって」


 かくなる上は直接公爵令嬢のところに乗り込んで買ってもらおうか、と思案していると、受付嬢が一段と声をひそめた。


「奥にお越しください」


 その表情は真剣そのものだった。ただ事ではない雰囲気に呑まれて、立ち上がる。


 案内されて入った奥の事務所のような場所に、大きな机と、大きな窓があった。


 どっしりした巨大な執務机にでんと構えているのは、壮年の男性だ。顔に大きな傷があり、歴戦の勇士の引退後といった印象を受ける。


「冒険者ギルドの長、ライダーだ」


 発した声は穏やかで、敵意は感じられない。何の用かといぶかしみつつ、ひとまず様子を見ることにした。


「どうも。初心者のルースです」

「君の戦利品を見たが、とんでもないね」

「ありがとうございます。でも、たまたまですよ。山菜採りは小さいころからしていたので」


 ルウは嘘をつくのに罪悪感がない。結局のところ、本当のことを話すよりもずっとうまく物事が運ぶと思っている。


「いやいや、うちの鑑定士から話は聞いているよ。封印がかかっているのだそうだね」

「そんな話でしたっけ?」


 何か才能らしきものが見えるけど分からない、と言われていたことを思い出す。結局何の収穫も得られなかったが。


「君の『才能』について、鑑定できそうな人間がひとりいるんだ。会えるよう算段をつけておいたから、行ってみないか?」

「それはありがとうございます。でも、おいくらかかるんですか?」

「料金など取らんよ。必要ならうちに回してくれ」

「わあい! 絶対行きます!」


 ルウは紹介状をもらい、その足でとっとと向かった。


 ――王子にも何かと詮索されていますし、ここらへんではっきりさせたいところ。


 何でもなければそれでいい。大したことのない才能なら、素直にそれを告げれば興味も失うだろう。


 ――問題なのは……


 ルウはそこで考えるのをやめた。結論なんか出ないと、すでにわかりきっていた。


 紹介されたのはなんていうこともない民家だった。


 ノックをしてしばし待つ。


 すると勝手にドアが開いた。


 ――入っていいんでしょうか?


 ルウはとりあえず、頭だけひょいっと覗き込んでみた。


 誰かが後ろを向いて窓を眺めている。小柄で撫で肩、少女体型。白くてふわふわした髪は、お年寄りのようにも、また、生まれつき白髪の少女のようにも見える。年代不明のローブ。細やかな刺繍が入っているが、ここ最近の流行りではない。というより、素材からして普通のものではなかった。光沢の具合がまるで違う。何か、魔獣素材の糸だ。


「よく来たね。待っていたよ」


 落ち着いた大人の女性の声だった。


 ルウは招かれていると判断して、ドアの内側に滑り込んだ。


「私はオハル」


 ――変な名前。


「鑑定の前に、聞きたいことがある。お前の母親、名前はなんという?」


 ルウは警戒し、彼女の姿をよく見定めようと、背中を睨みつけた。


 ――鑑定士が私の母に何の用なんでしょうか?


“ルウちゃん、覚えていて。お母さんはね、とても珍しい能力を持っているから、人に狙われやすいの。それはルウちゃんも例外ではないわ。だから、もしも知らない人からお母さんの名前を聞かれても、答えちゃダメよ。”


「母親はいません。顔も名前も知りません」


 ルウがまったくの罪悪感なしに嘘をつくと、その女性はくるりと振り返った。


 ――子ども……?


 小柄な女性は、ほとんど子どものように見えた。起伏の少ないなだらかなおもて、サラサラの長い髪。耳の先が少し尖っているのもあいまってか、妖精のような印象だった。


「小芝居はいいよ。お前はルウ・ソーニー、母親はシビュラ」

「全然違います。私はルース、母親は不明、父に育てられました」

「でたらめを。私の『鑑定眼』で見極められないものなんてない」


 ルウは沈黙した。知ってたならどうして聞いたんだろうか。確認を取って何をしたいのだろう。


「お前が、母親から託された真の名があるだろう? それを聞いているんだよ」


“お母さんはね、本当は、シビュラという名前ではないの。でも、決して誰にも教えてはいけないわ。どうしてルウちゃんにだけ教えるのかは、いずれ分かることでしょう。”


 記憶の中の母親が、口元だけで微笑む。


“お母さんの本当の名前は――”


 ルウが口には出さずに回想していると、オハルはにやりとした。


「そう、それだ」


 心の中でも読んだのだろうかと思いつつ、ルウはまだ平静を装っていた。


「偽名なんて聞いてどうするんですか?」


 ルウは幼心に変な名前だと思ったものだ。この国の名前ではない。響きも可愛らしくないので、本当に女性名かと思ってしまう。


「お前に施された『才能なし』の偽装を解く。その名は、そのための鍵なんだよ。お前が生まれたとき、神託で未来を察知した母親が、才能に封印をするよう頼んできたのさ。私は鍵をかけて、お前が秘密の言葉を言わなければ誰にも解けないようにした」

「へえ……」

「なんだい、反応が薄いねえ」

「荒唐無稽だと思いまして」


 口ではそう言いつつ、ルウは別のことを考えていた。何かの才能があるだろうと人から言われ続けてきた。だから、母親が細工したというのはありそうに思える。もっとも、そのせいで父たちから迫害されたわけなので、並大抵の理由では納得できないが。


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