75 顔のない女②
ルウは初心者の冒険者証を発行してもらい、ポーション用の薬草集めの仕事を紹介してもらった。出来高制なので、取ってきたらいつでも買い取ってもらえ、期限やペナルティなどもないらしい。
――まあ、教会まで住民登録を問い合わせる、とか言われなくてよかったです。
無事に発行してもらえたのだからよしとしよう。
ルウは建物を出て、冒険者の心構えを説いたパンフレットを道すがらに読んだ。
初心者に有益なアドバイスがたくさん載っているが、まずはいっぱい入るというマジカル収納バッグに目がいった。
――お高い、でもこれさえあれば、無茶な冒険はしなくても生きていけそう。
ルウは手足を動かすのが早いので、ものを集める単純作業にはとても向いている。
――それにしても変な鞄ですね。材料は何なんでしょうか。
どうやら体内が亜空間に繋がっている魔獣の革でできているらしい。それなりに強いので、無理に倒そうと思わないようにとの但し書きがあった。
――そのうち挑戦したいですねぇ。
まずは当面の生活費稼ぎをしなければならない。
ルウは初心者用のショップから調達した袋とトングを持って、徒歩で王都の外にある森を目指すことにした。
のどかな畑の並ぶ街道をジョギングで駆け抜けること三十分。膝丈の草ばかりが生える一面の草原に、ぽつぽつとカラフルな花が混じるようになってきた。
――ここが赤色指切り草の野原ですね。青色指切り草と、黄色指切り草も生えてる。
色つきのものは判別がしやすい。しかしこの草は、摘もうとすると葉が鋭利になって、指を切ってしまうので、この名がついたとのことだった。
――葉には触らずに、根元を刃物で……っと。
ナイフで切り落とし、触らないように鉄のトングでつまみあげて麻袋に詰め込んだ。
――よしよし、要領は分かりました。
ルウはすぱぱぱっと目につく範囲の指切り草を切り取って、手持ちの麻袋全部に詰め込んだ。
――あとはそれぞれを結んで、繋げて、ロープで引きずるようにして、おしまいっと。
歩くのに三十分もかかった割に、草刈りは十分で終わってしまった。
――これならお昼には帰れそうですね。
ルウは麻袋を引きずりながらもと来た道を帰る。
「こんにちはー……えぇ!?」
通りすがりの荷馬車の人が何やら驚いていたが、ルウは手を挙げて挨拶してさっさと走り抜けた。
冒険者ギルドに戻ってくるなり、受付嬢が目を丸くする。
「え!? もう集めてきたんですか!?」
「買い取りおなしゃす」
査定の間、ロビーで待たせてもらいながら、お昼をどうしようかと考える。
――走ったらおなかがすきました。
ここはやはり肉を食べるべきだ。挽肉をバリャ麦粉の皮で包んで蒸したバリャ蒸し饅頭などはどうかと思案する。ふんわりした生地にこってりした餡の肉汁が染みていてそれはもう美味しいのである。
呼ばれて報酬をもらうとき、受付嬢が声を潜めて聞いてきた。
「あの、本当に才能なしなんですか?」
「はい」
「これ、絶対なんらかの才能があると思うんですが……一度検査受けてみませんか?」
「何回も受けましたよ。偉い神官様も何もないって言ってました」
「おかしいですよ……! 本来なら泊まりがけのキャンプで取ってくる距離を、たったの三時間で往復してくるなんて」
「鎌とか麻袋を用意するのに時間かかったので、実質一時間ちょっとですね」
「あそこは歩くと半日はかかる場所なんですよ!? 薬草だって硬くて切り落としにくいから一本取るのにすごく時間が」
「昔っから足は速いんですよねぇ。あとはナイフの切れ味と、扱い方の問題じゃないでしょうか? 刃物を使うのも得意なので」
受付嬢は何だか悔しそうな、納得いかなそうな顔で唇を曲げ、「とにかく、お待ちください」と言って奥に引っ込んでいった。
ルウは足をぶらぶらさせながら、懐に隠した銀貨の量を推し量る。もちろん、テーブルに広げたりはしない。難癖をつけられて取られる可能性が高いからだ。
――思ったより稼げませんでしたね。剣一本で金貨数十枚と聞きますし、この調子で稼げば二、三ヶ月くらいで剣と軽装くらいは揃えて出発できるでしょうか。
ともかくも、この国を出なければならない。冒険者はギルドの保証があれば旅券免除で、自由に国を行き来できるらしいが、保証は最低でもあと二ランク上げねばもらえないらしかった。
――でも、新しい職を始めるのってワクワクしますね。
時間はかかりそうだが、楽しいからまあいいか、と思うルウだった。
「幸い鑑定士の方が来てます。一度検査してもらってください」
ルウは受付嬢に促されて、別室に行った。
鑑定士は独特の服を着ているから分かる。レースでできたマフラーのようなものを首に巻いているのだ。
中年の男性は優しそうな雰囲気で、ベテランのオーラを醸し出していた。
「才能なしと神殿で診断された、ということでしたが」
「はい。もう何度もやってもらってます」
「あちらは貴族の鑑定に特化してますから、より庶民的な才能であれば民間で見た方が結果が出たりするんですよ」
――その話も何度も聞かされました。
ルウは辟易しながら、おとなしく相づちを打つ。
「少し見せてもらいますね」
鑑定士は断りを入れて、ルウの目を覗き込んだ。
鑑定士は長いことルウを見ていたが、やがて難しそうに唸った。
「見えにくいですね……一見何もなさそうですが、よくよく鑑定の仕方を変えて見てみると、何かモヤのようなものがかかっているのがうっすら見えます」
「へえ……」
初めて聞かされる感想だ。鑑定にも種類があるなどと、初めて知った。
「この感じ、おそらく隠蔽系統に発揮する能力ではないでしょうか? 力が強すぎて、自身の『才能』も隠蔽してしまっているように見えます」
「そんなのあるんですか」
「でも変ですね。教会なら得意分野のはず……」
首を捻っている鑑定士に遠慮せず、ルウは疑問をぶつけてみる。
「隠蔽系統って、冒険者に役立ちますか?」
「ええ、もちろん。要人を警護するときなどに、隠しておくのに役立ちます」
「思ってたのと違う活躍……」
ルウは魔獣をばったばったとなぎ倒すパワープレイがしたかったのだ。
「じゃあ、薬草をたくさん見つけられたのは?」
「それは分かりません」
「ナイフ投げが得意なのも才能なんでしょうか?」
「うーん……あまり聞きませんけどね」
ルウはがっかりした。はっきりしない鑑定結果だ。この分だと、本当に隠蔽の能力があるのかどうかも疑わしい。
――まあ、いいや。才能らしきものの片鱗が見つかっただけでもよしとしましょう。
「私より詳しい人間がいますから、そちらにまた鑑定してもらえるよう手配しておきます」
「いいんですか? 料金とかは……」
「結構ですよ。レアケースですからね」
――ラッキー!
なんでも無料はうれしいものだ。ルウは浮かれ気分で礼を言い、冒険者ギルドを出たのだった。




