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万能才女の悪ふざけ ~悪女のふりはやめました。市井でスローライフします…多才で引っ張りだこでした~  作者: くまだ乙夜


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72 追いかけっこが始まりました①

 ルウはとりたてて欲しいものなどなかったが、ふとハンドクリームのことを思い出した。


「じゃあ、魚のにおいが取れる商品とかってないですかね? スライムパワーで吸着するような」

「どうかしら……作ろうと思えば作れそうだけれど」

「それと、魚の匂いがうまく誤魔化せるようなハンドクリームなんかがあったら嬉しいですね」

「なんで魚を……?」


 怪訝そうな顔をされてしまった。


「私、魚の調理場で働いていて、ケアに困ってるんですよ」

「なるほど……」


 バチルダは小さくつぶやくと、ぱっと顔を上げた。目がキラキラしている。


「指先のケアなら、ネイルよりハンドクリームの方が適しているものね。傷口をうまく保湿して、爪の再生を促すような薬用成分を入れて……それに、手を使う仕事の用途別に、耐水性だったり、香りつきだったり、それぞれ違う効果のものを作ることもできるわ」

「とってもいいと思います」


 クリーム色の睫毛がふちどる大きな目を細めて微笑むバチルダは、大層可愛らしかった。


「本当にありがとう。商品ができたら真っ先にお持ちするわ。あなたのおうちはどこかしら?」

「いえいえ、新しく発売してくれれば、そのうち買いにいきますので――」


 するとタイミングよく、部屋がノックされた。


 両開きのドアがいっぱいに開かれる。それぞれのドアノブを別の使用人が押し開けていて、中央に若い男性がいた。


「こんにちは、遅くなってすまない」


 微笑んだ男性には、ぼんやりとだが見覚えがあった。すらりとした身なりのいい金髪の男性。竜のうろこのような深緑の瞳。


「だ……第二王子……!」

「第三だけど」


 似たような色だから分かりにくい王子三兄弟の末っ子ではないか。


 ルウはバッとバチルダを振り返る。彼女は申し訳なさそうに両手を合わせていた。


 ――えらく引き止めると思ったら、そういうこと。


 ルウはハメられたのだろう。


 バチルダは第三王子が来るのを待っていたのだ。


 第三王子はにこりとした。


「やっぱり君だったんだね。あの芸術的なまつり縫い、絶対に君だと思ったんだよ――ルウ・ソーニー」


 ――嘘でしょう?


 縫い目の違いなど、ルウにも分からない。親方とド新人なら分かるかもしれないが、ワッサとトゥワイラの縫い目を見分けろと言われても絶対に無理だ。それを、針と糸など持ったことなさそうなこの男に見分けがつくものなのだろうか?


「何かご用ですか? 私は楽しくやっているので、……殿下のお相手をする暇はないのですが」

「ギブソンだよ。覚えてないなんて、君は面白い子だね」


 なぜバレたのか、ルウは不思議でならなかった。


「もう一度会いたいと思ってたんだ。君のデザインは本当にすばらしかったから。もっと君の服が見てみたい」

「私はお針子ですよ? デザインはやりません」

「いや、やってもらうよ」


 彼の周囲には複数人の聖騎士が控えていた。力尽くでも連行するということだろう。


 ――そういえば、聖騎士団は元々第三王子の管轄でしたっけ。


 しかし、ディーンがいないのはなぜだろうか。彼がルウを捜していることは新聞広告などでも周知されている。第三王子が知らないはずはない。


 ――厄介ですね。この狭い廊下いっぱいに立ち塞がられたら、どう頑張っても通れません。直線上の聖騎士を、最低でもひとり以上倒す覚悟でないと……


「それで、ディーン様と感動の再会――なんてことになるんでしょうか?」


 時間稼ぎに喋ると、ギブソンはにこりとした。


「嫌なら会わなくてもいいよ。私の望みはあくまで君を連れ帰ることだけ。ご両親も心配しているよ。一度顔を見せに帰ってあげてはどうかな」


 ルウはもう少しで噴き出すところだった。彼はルウの父母のことなど何も知らないようだ。


 ――さてはこの王子、適当なことを喋ってるだけですね。


 服を作らせたいというのもどこまで本当だか分からない。信用ならない人間と見做して、ルウはさっさと逃げに入ることに決めた。


 聖騎士は精鋭ぞろいだ。ディーンのように、一見弱そうでも『才能』次第ではとんでもない実力を発揮する。


 ――この中で一番弱そうなのは……


 ルウは思い切って、第三王子にまっすぐ突っ込んだ。


 驚き、止まっている間に、肩に手をかけ、足を乗せて、飛び越えた。第三王子がよろめき、前に倒れた音がする。ルウは振り返らなかった。


「でっ、殿下を踏み台に……!?」

「追え!」


 混乱した声を背後に聞きながら、廊下を突っ切る。


 ルウは庭に出ると、ひょひょいっとレンガの塀に手をかけてよじ登り、細いブロックの上を全力で疾走した。


 塀の下に聖騎士たちがぞろぞろと併走しているが、誰も登ってはきていない。


「すげー」

「なんだあれ、猫か?」

「追いつけませんよ!」

「棒でつついて落とすのは?」


 物騒な相談が始まっているので、適当なところで飛び降りる。目の前にちょうど飛び乗りやすそうな荷物が積まれた低い屋根の家があった。


 聖騎士たちが塀をよじ登ってくるのを待たずに、ルウはタルを踏んづけて樋に飛びついた。するすると登って、屋根に身を乗り上げる。


 テラコッタのタイル屋根を踏み歩きながら、下をざっと見渡す。


 ――彼らを撒くなら、ループ状の細い道が多い右側の地区に入って、ぐるぐる回っていると見せかけてから、王都の郊外に出ましょうか。


 ルウは走り回る聖騎士と道でばったり出くわしたり、遠くで手を振って挑発したりしてから、辻馬車に飛び乗った。王都の外にある農村を告げて、金貨を投げる。


「お母様が急病なんです、急いでください――」


 せかした瞬間、馬車の真後ろから踊るように人が飛び出してきた。金色の髪を辛うじて識別したときには、すでに馬車の中に入り込まれていた。


 ルウは定員いっぱいの車内からとっさに飛びだそうとしたが、腕を掴まれて阻まれ、加えて馬車が速度を上げ始めたので、うかつに出られなくなってしまった。


「追いつけてよかった。君、意外と足が速いんだね」


 ギブソンが何でもないことのように言う。死角から迫って、走る馬車に追いつき、タイミングを合わせて飛び乗る。危険な作業をこなした後にこの余裕は、得体の知れない化け物じみた印象をルウに与えた。


 ――逃げるにしても、入り口を塞がれてたらちょっと。邪魔をされたら着地をしくじりそうで怖いですね。


 さてどうしようかと思案するルウに、王子がうさんくさいほどのんびりと言う。


「ずっと君のことを考えていたんだ。君の不思議な力は、何の才能によるものなのかってさ」

「私に才能はありません」

「そうは思えない。きっと何か秘密が隠されているはず。それで、君の身辺を洗ってみたんだ」


 ――うえ、気持ち悪……


 ルウはあからさまに嫌な顔をしているが、ギブソンは気にした様子もない。


 ――クリストファーといい、なんで勝手に身辺を嗅ぎ回っていることを平気で本人に言ってしまえるんでしょうか。


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