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万能才女の悪ふざけ ~悪女のふりはやめました。市井でスローライフします…多才で引っ張りだこでした~  作者: くまだ乙夜


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69 噂の人と出くわしました②


 翌日、調理場のロッカーでホイットニーを捕まえた。


「ちょっとネイルを貸してもらえませんか? 確認したいことがあって」


 幸いホイットニーは持ち歩いていたらしく、ネイルとリムーバー両方をその場で試せることになった。


 まずはリムーバーで赤い爪をオフする。透明な液状のもので、見た目に濁っていたり、腐っていたりする様子はない。もしもこれが目に見えない毒の混入で変質しているのなら、ルウの健康な爪に塗っても変化が起きるだろう。しかし結果は何事もなく落とせた。


「できましたね」


 次に、爪にやすりで大きな深い傷をつける。


「ル、ルウちゃん、それ、痛くないの?」

「表面しかえぐってないので大丈夫です」


 傷ついた爪に、借り物の透明なネイルポリッシュを乗せ、軽く指を叩いてショックを与える。みるみるうちに硬化して、つややかな透明の皮膜を形成した。


 ――実験では、このくらいの傷でもうリムーバーを載せても取れなかったはずです。


 濡らしたコットンでこすり落とそうとしても、今度はまったく取れなかった。


「……公爵令嬢の自己申告通りですね」

「疑ってたんだ?」

「そういうわけじゃありませんが、一応裏は取っておこうと思いまして。あれから爪のお加減はいかがですか?」

「もらった薬を塗って様子を見てるよ」


 ホイットニーは自分の爪をかざしてみせる。爪からは透明なネイルの輝きが失われ、白っぽい地爪と緑色の斑点をさらしていた。指先から爪の中程にかけて、爪が割れて、二枚爪になっている部分が散見される。


「痛かったりしませんか?」

「痛みはないけど、補強がないと指先のところがペラペラするから作業がしにくいかな。二枚爪の補強にいいっていうから奮発したのに、意味なかった」

「この二枚爪が、怪我をしていると判定されちゃったんでしょうね」


 ホイットニーの爪の具合を見ながら、ルウは忘れていたことを思い出した。


「そういえば、魚のにおい消しを色々試してるんですが、匂いつきのハンドクリームが余りそうなんですよ。一本丸ごとは多いので、半分に分けませんか……って言ったら、ホイットニーさん欲しいですか?」

「それって、あそこの薬局のやつ?」

「そう、ネイルの薬局のやつです」

「今度は皮膚が緑色になったりしない?」

「スライム入ってないと思いますが……」

「じゃあもらう。お魚の仕込み担当代わってもらったもんね。ルウちゃんのおかげで、最近ちょっとだけ学校の皆が優しいの」

「それはよかった」


 ルウはそこで前から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


「ホイットニーさんは何の学校に行ってるんですか?」

「読み書きの学校だよ。お金を払ったら誰でも入れてくれるとこ。あんまり身についてないけど、毎日お魚さばいてると辛いから、夢を追ってるの」

「夢を」

「そう。わたしが、見るからに移民の子っていう第一印象から抜け出して、読み書きも話し方もこの国の子と同じくらいできるようになったら、もうイジメられないかもっていうのが、わたしのささやかな夢なの」

「見た目ではそんなの分からないと思いますけどねぇ」

「うん、だから夢なの。移民に対する差別なんて、読み書きや話し方を習ってもきっとなくならない。どんなところからもケチをつけられるものなんだと思う。でも、こうしたらきっと大丈夫、っていう希望みたいなのがないと、辛いばっかりだから」


 ホイットニーはルウに照れ笑いをしてから、空気を変えるように大きな身振りで手を打ち合わせた。


「ところでルウちゃんは? なんかたくさんバイトしてるみたいだけど、公爵家のお嬢様とどういう関係?」

「無関係ですよ。針子のバイトをしてるので、ドレスを作るお客様の噂話もちょっと知ってるってだけです」

「貴族みたいな喋り方は?」

「メイドのバイトで」

「商売についてあんなに詳しいのは?」

「あんなの素人の思いつきですよ」

「ふうん? 教えてくれないんだ。ルウちゃんって隠しごとばっかりだね。たまには何をしてるのか教えてくれてもいいのに」

「隠すようなことなんて何にもないですよ。ペラッペラの中身のない人生送ってるので」


 ルウが風にはためく布を真似て手をひらひらさせると、ホイットニーは付き合いでちょっとだけ笑ってくれた。


「ルウちゃんは何かしたいことってないの?」

「今してます。好きなように面白おかしく暮らしたかったので、前みたいな生活に戻されなければ何でもいいんですよ」

「前みたいな生活って?」


 ルウは適当にけむに巻くときの癖で、ふふっと笑った。


「餌のない鳥籠の生活」


◇◇◇


 翌日、公爵令嬢の家を訪問した。パーティでの首尾を確認したかったのだ。


 彼女はルウにお茶を出してから、しばらくの間無言だった。


 ――悪い報せなんでしょうか。


 ルウが何食わぬ顔でお菓子を食べていると、彼女は静かに話し始めた。


「ギブソン殿下はドレスにとても興味を持ってくださって、わたくしの事情にも親身になってご相談に乗ってくださったの。お陰で殿下のツテから新しいリムーバーを販売できそう」

「わお、よかったですねぇ。薬師ギルドの人たちは何とかなりそうですか?」

「いずれ時期を見て交渉の席を設けるつもりよ。全面的に対立することにはなるけど、負けないわ」


 なんとかなりそうだったので、ルウも一安心だった。


「……でもね」


 バチルダがためらいがちに言う。


「ギブソン殿下はドレスの制作者をしきりと気にしていらっしゃったわ。ぜひ紹介してほしいとおっしゃっていたのだけれど……そういえば、わたくし、あなたのお名前をまだ聞いていなかったと思って」

「いえ、私は名乗るほどのものではありませんので」

「殿下は『悪女の仕業だろうから、よろしく伝えてくれ』って」


 ルウはバチルダの探るような視線にもなんてことないふりを貫き通した。


 ――逃げましょうか。


 相手は深窓のご令嬢。振り切るのにわけはない。逃げ足だけは速いのだ。危なくなったときの逃走ルートを脳裏に思い浮かべながら、ごまかし笑いを浮かべる。


「何か勘違いしていらっしゃるのでは? 私はしがないお針子ですよ」

「ドレスの縫製や、運針に見覚えがあるっておっしゃるのよ」


 ルウは思わず笑ってしまった。


「そんなの、分かるわけないじゃないですか。絶対に何かを勘違いしてますよ」


 ――縫い目には多少の個性が出ますが、さすがに個人を特定できるわけはないでしょう。間近に比較できる作品があるならまだしも、私の縫った服なんて、渡してませんし。


 ディーンの制服が第三王子に貸し出されていることなど、ルウは知らなかった。


 バチルダは頼み込むような仕草を見せた。


「お願い、一度殿下に会ってくださらない? でないと、新しい販路のお話もなかったことにされてしまいそうな圧力を感じたの」

「嫌ですよ。王子様に粗相なんかしたらと思うととてもとても」

「そこをなんとか……わたくしを助けると思って」

「それはバチルダ様がご自分でふんばらないと」

「本当に困っているのよ」


 バチルダはしばし無言だった。しかし、ルウが『分かりました』と言うのを待っているのは感じた。


「会うのは嫌です。だいたい、私は殿下に謁見できるような服なんて持ってないですよ。作法も雑ですし」

「そんなこと気にしなくていいのよ。必要ならわたくしが用立てるわ」


 そこまで食い下がられると、好奇心が湧く。


 ――ギブソン殿下が私に何の用なんでしょうか? 着道楽の仲間でも探しているとか?



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