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68 噂の人と出くわしました①

◇◇◇


 ルウはいつものお針子通りで、ネイルの評判を聞き込んでいた。


「何か、手に怪我をしてると取れなくなるって噂を聞いたんですが」

「そうなのかい?」


 するとそばにいたトゥワイラが反応した。


「それ、聞いたことある。弱っている爪の補強にいいって聞いた子たちがつけたら落ちなくなったってやつ。落ちなくても問題はないらしいんだけど、緑色のカビが生えちゃったって子もたまにいるって」

「うわぁ、怖いですねぇ」

「ルウは爪が頑丈そうだからいいんじゃない? たまにいるよね、薄くてすぐ剥がれちゃう子」

「長く伸ばしても割れてこない丈夫な爪をしています」

「いいなー。スクエアの爪ってかっこいいよねぇ」


 ふふん、と空にかざした手には赤いネイルがきらめいている。


 きれいな色だ。ルビーの名前がついているのもうなずける。


「あ、ルウちゃんって瞳の色赤いんだね。爪とお揃いだ」

「えぇ……まぁ」


 この会話も何回目だろう。人の印象に残らないのは逃げ隠れする上で役に立つが、ちょっと寂しいなと思うルウだった。


 さらに何時間か仕事に没頭したあと――


 ちょうど馬車が服飾店の前に止まった。


 降りてきた女性は化粧っ気のない人だったが、髪と肌が少女のように潤っており、人目を引いた。


 ワッサがルウを手招きして、ひそひそと言う。


「あのお客さん、お前さんの好きなアレの人だよ」

「アレって?」

「ネイルさ。薬師ギルドのギルド長さんだよ」


 バチルダからネイルの権利を取り上げようとしているという、悪徳ギルド長だ。


「へえ……女性だったんですね」


 感心して眺めていると、女性は何やら怒りながら出てきた。


「どうしたんでしょうか?」

「何でも無茶振りをするせいでどこからも断られているって話だよ」


 ワッサの話によると、この国では身分にふさわしい装飾というのが暗黙の了解で決まっており、貴族にしか使えないパーツというのが案外多い。たとえば金糸や、本物の宝石をちりばめたドレスは平民が着てはいけないことになっているのに、彼女は注文を出すという。服飾店としても、ドレスコードを無視したドレスを客の注文だからといって作るようではプライドがないと見做されて顧客からも敬遠されてしまうため、引き受けることはないのだということだった。


 また違う店に入っていくが、やはりすぐに出てきてしまう。


 ルウはちょっと思いついたことがあり、馬車に戻る薬師ギルド長の後をつけた。


 馬車は庶民用の高級住宅街に入り、メルヘンなおうちの車庫へと吸い込まれていった。


 家を確認したルウは、いったん自室に戻り、ディーンの家からくすねてきたメイド服を身につけ、マチ針の刺さった針山を手首につけたり、メジャー入りの鞄を用意したりして、あたかも服飾師のように装った。


 適当な辻馬車を拾い、正面から堂々とメルヘンな家に乗り付ける。


「わたくし『メゾン・ド・ブラン』の服飾師でございます。奥様がドレスをお求めとのことでしたので、ぜひわたくしどもにご注文をお任せいただきたいと思いまして」


 ルウは特に怪しまれることもなく、部屋の奥に通された。


 ルウはにこにこ顔でギルド長と握手をした。


「奥様、わたくしどもはどんなドレスでもお作りいたします」

「ゲラルディンよ。夫なんていないの。奥様なんて呼ばないでちょうだい」

「これは失礼をいたしました。貴族のように風格がおありなので、お若いうちからご結婚をなさったのだろうとつい早合点を」


 貴族のように、という世辞に、ゲラルディンは分かりやすく反応した。


「ふん……まあいいわ。ドレスが作れるの?」

「もちろんでございます。わたくしどもは受注を受け、外国のメゾンで服をお作りしてお送りする形式を取っております。ですので少々、この国のドレスコードからは外れたドレスができあがることがございまして。ああいえ、もちろん最終調整はいたします! 納得が行くまで何度でもやり直しをお命じくださいませ」


 暗に『貴族のようなドレスも仕立てる』ということをほのめかすと、ゲラルディンは即答した。


「いいわ。来月のパーティに着ていくドレスを作ってちょうだい」

「まずはご希望を――」


 ルウはしめしめと思いながら、ゲラルディンと楽しく雑談に持ち込んだ。


「あの薬局のオーナーなんですか!? 私大ファンなんです! この間もアーモンド石鹸を買わせていただきました! とてもいい香りがするので持ち歩いているんです!」


 ほら、とサシェを取り出してみせると、彼女はルウの赤く塗り直された指先を見た。


「それもうちの商品ね」

「はい! すっごく綺麗でお気に入りなんです! あ……でも、買うときに変なことを言われました」


 ゲラルディンの注意を引くように、わざともったいをつける。


「何でも、毒が混入している商品が出回っているとか」


 ルウはゲラルディンの顔をよく観察してみた。彼女は眉ひとつ動かさない。何も感じていないのだろうか。首や手のしわからするといい年齢のようだったが、つるりとした肌はむきたての卵のよう。髪も爪もつやつやで、少女といっても通りそうなくらい手入れがされている。ネイルはおろか、アクセサリーすらつけていないのは、薬を扱う職業柄だろうか。


「そうなのよ。開発した方が不注意で調合を間違ってしまって、危険な成分を混入させてしまったの」

「商品の回収はなさったんですよね?」

「事情があるのよ……手がけた方が、とても高貴なご令嬢だったの。醜聞なんてとんでもないということで、手をつけられずにいるわ。調合の技術が甘い方だから、商品の製造・開発からは手を引くようにお願いしているのだけれど、なかなか同意してもらえなくて。販売中止にしようにも圧力が強くて難しいのよ」

「ええ……それは怖いですね」


ルウは相槌を打ちながら驚いていた。公爵令嬢の説明と全然違う。ちょっと聞いただけではどちらが本当のことを言っているのか分からない。


 ──一度調べてみた方がいいかもしれませんね。


 ルウはドレスの注文を聞き取って、その日は深追いせずに帰宅した。

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